18 駒野場高校 0:0 北平高校
主審の笛が長く鳴らされる。インターハイ予選トーナメント初戦、前半戦終了のホイッスルだ。スコアは0-0。下馬評では前半から北平高校がリードすると思われていた試合であったが、駒野場のDF陣、主に度會の奮闘もあり、どうにかスコアレスに出来たと言った具合だ。しかし試合内容は、それ以上に絶望的な様相を物語る。
「ハァハァ……」
ハーフタイムのため、いったんロッカールームに引き下がっていく選手たち。その瞬間でも疲れ果て、消耗している駒野場イレブンと比べて、北平イレブンは汗こそかいているがその表情には余裕が全然あると言った状況だ。
駒野場に用意されたロッカールームでは、前半戦を終えて火照った身体のままの選手たちが一同に狭い空間に入れられ、強烈な熱気と湿度を誇る。
全員息も切れており、汗を拭くタオルはすぐに絞れるほどになっていた。
「くそ……全然攻めらんねぇ! これが連続無失点記録の守備か!」
椅子に座るFWの選手が悔しそうにして言う。
「ディフェンスは悪くない。よく持ちこたえてる」
「中央に絞ってプレーできそうか?」
「難しい。土佐のラインが硬くて行けねぇ」
「三國をもっとフリーにさせねぇとやばいぞ」
三者三様、ロッカールームに様々な意見が飛び交い、しかしそのどれもが実現と根拠も虚しく、流す汗と共に霧散していく。
一方で鷲田は、衝撃的な言葉を口にするのだった。
「後半の戦術だ。まず、三國を下げる」
「「「え……」」」
この場の誰もが予想にしなかった発言に、一瞬だけ時が止まったような静寂が、部屋を支配した。
当の三國も、信じられないような面持ちで、下げていた頭を上げて鷲田をまじまじと見つめる。
「正気ですか、監督」
いの一番に声を上げたのが、度會だ。彼もまた、信じられないような面持ちで鷲田を見上げていた。
鷲田は努めて冷静に、ともすれば冷酷に、うんと頷いていた。
「後半は頭から蓮見くんを入れる。そして、FWの二人は中盤あたりに降りてきて、蓮見くんのワントップだ」
「は、はぁ!?」
思わず声を荒げてしまう前半戦を戦った駒野場イレブン。
名指しされた翔も、さすがに驚いているようだ。
「納得できません! ただでさえ攻撃の起点は三國でしたし、実際前半のチャンスは全部三國からだった。怪我もしていないですし、まだやれます。それを前半で下げるって、どういうつもりですか!」
狼狽する度會からすれば、勝負を捨てているように見えたのだろう。何よりも三國の実力をよく知っているからこそ、交代を告げられた三國自身ではなく、三國の良き理解者である自分から声を上げているようだった。
「どうするもこうするも、このままじゃ後半にいずれ失点することは目に見えている。だから守備を厚くするんだよ」
「だったら三國を下げなくても! 三國の守備負担が増えているのであれば、三國をワントップにすればいいはずです! これじゃあ勝負を捨ててるようなもんだ!」
言葉の途中から試合中並みにヒートアップしていく度會に、鷲田はどうどうと、両手で抑えるようなジェスチャーを繰り出す。
ハッと思い至った、度會は、しかし納得はしない面持ちのまま、引き下がる。
「度會キャプテン。何も俺だってこの試合、負けたいとは一ミリも思っていない。勝つ為には、そうするしかないんだ」
「俺だって、勝ちたいですよ……。北平に……土佐に勝ちたい……」
自身の震える拳をぎゅっと握りしめ、度會は力なく言う。でも勝機は見えない。それも事実であった。
度會の振り絞ったような、心からの魂の叫びに、駒野場イレブンは、神妙な面持ちとなる。
交代を告げられた三國も、悔し気に頭を下げていた。
「じゃあ蓮見。後半頭から頼むよ」
次に鷲田は、翔に向けて言う。
「は、はい! 頑張ります!」
ド緊張の面持ちで、翔は返事をしていた。
「攻める時は臆せず自由に攻めていいから。みんなは前半同様、なんとしても北平の攻撃を防ぐんだ。0-0に持ち込んであわよくば延長戦、そしてPKで勝負を決めるって手もある」
ああ、終わった……。一年生の、経験のためや思い出作りだ……。
この場の誰もが、今のこの瞬間は、そう感じていたに違いないだろう。
「う、うう……! 緊張、するー!」
「がんばれ、蓮見」
武者震いをする翔の両肩に手を添えてやり、透が言う。
「お、おう。涼宮も後半、出番きたら頼むぜ?」
翔からすがるような面持ちをされた透は、一瞬の間をとってから、こくりと頷く。
「うん。まだ俺も……全然諦めていないから」
そんな二人のやり取りを、鷲田は横目でじっと、見ていたのであった。




