12 新入生チーム 0:3 駒野場高校
芝生の上でサッカーをするのは、何年ぶりだろう――。
最後の記憶で思い出すのは、父親に連れて行ってもらった、ジュニアユースの大会の賞の一環として、プロチームの会場でプレイさせて貰った時だった気がする。
これがプロの選手が戦う舞台。多くの汗や血、そして悔し涙や嬉し涙が流れ、染み着いているのだと、子供心ながらに感動した思い出がある。そこで転がしたサッカーボールの感触は、プロのサッカー選手に先導して渡してもらったもの。
それが今は、自分の思い通りに、フィールドを駆け回れる。
そんな感動を胸に、涼宮透は、駒野場高校のピッチの上を走っていた。
(三國先輩。さすがだ、自分がマンマークされていることに気付いている。悟られないようにしているつもりだったけど、見事だ)
横目でちらりと、駒野場高校の背番号10を見つめ、透は内心で呟く。
試合再開の数分前、御子柴達樹とのやり取りを思い出す。
「――駒野場は三國先輩を中心に攻撃を組み立てている。そして、彼へボールを主に供給しているのは度會キャプテンだ。つまり駒野場の心臓は三國先輩。脳みそは度會先輩ってことになる」
「……いちいち臓器に例える必要あったか……?」
ぼそりと言う透に、達樹がおどろしく突っ込む。
「人間と同じく、どちらか片方でもその機能が阻害されれば、生命活動は著しく失われる。駒野場の息の根を止めよう」
「いやだから怖ーって!? もっとどうにかならねえのかその例え!?」
真顔で言う透に、達樹は絶叫していた。
そして透が選んだのが、駒野場の心臓部の循環の停止――つまり、三國の封殺だった。
「……っ!」
ただ、それが単純かつ簡単ではないことは、達樹もわかりきっている事だった。
「三國先輩を止めるって、言うのは簡単だが、正直言ってレベルが違いすぎて……」
「ああ。あの人にまともに挑んでも、勝算は薄い。だから、心臓に繋がる動脈を絶つんだ」
「まだするのかその臓器の例え……」
「三國先輩本人じゃなく、その周囲を抑え、あわよくば三國先輩に向けられたパスを奪い取るんだ」
しかし、それが成功したところで結局は相手の攻め手を絶つことにしか繋がらず、攻撃を抑えることはできても牙城――CBにて立ちふさがる度會を超えられなければ、ゴールへの道筋は依然としてないままだ。
「だから、今度は脳――度會先輩を崩す。あの人が指示を出すのならば、その末端神経に異常事態を伝えればいい。そうすればいつかその脳はパンクする」
「異常事態……」
「例えば、体に変なウイルスが入って来たとか」
「ウイルスか……。確かに防衛本能っていうか、免疫が暴走してどうとかって話は聞いた気がするが……」
達樹があごに手を添えつつ呟くと、ふと、翔と目が合う。
達樹と目が合った翔は、ぱぁーっと天真爛漫な笑顔を見せるが、達樹は閃いたように手をポンと叩く。
「なになにー、どうしたの?」
「つまり蓮見はバイ菌って事か!」
「ねぇ人をバイ菌呼ばわりするのはいじめだって言われなかった!?」
急転直下、悪気のない達樹の発言に、今度は翔が突っ込んでいた。
「三國!」
ドリブルコース、パスコースを塞がれた相手FWが、たまらず三國にパスを出す。
「貰った!」
そのパスを狙っていたかのようにインターセプトし、カットしたのは透だった。
「っ!」
三國がすぐにボールを奪いこんでくる。
その前にすでに、透は前線へ向けてパスを出す。
透からのパスを足元で受け止めた達樹はさらに、前線へ向けてドリブルを行った。
「度會!」
三國が後方で叫ぶ。
言われなくてもと、度會が達樹に向かって立ち塞がるようにするが、後方から駆け上がって来た透が入違いざまに達樹からのパスを受け取った。
透はそのまま中央ではなく、敢えてサイドに向かってドリブルを行って前進していく。
「サイドかっ! 止めろ安藤!」
「おう!」
SBの安藤が透の前に立ち塞ぐが、透は意気込んで大きく構える彼の癖をすでに見抜いており、股下を潜らせてボールを通過させ、自身も安藤の背後に素早く回り込み、彼を容易く突破した。
「な!?」
後ろの方から驚く声が聞こえるが、透の意識はすでに中央――猛スピードで奔りこんでくる、翔の姿を捉えていた。
「ははは! やっぱすげぇぜ、涼宮! お前の思い通りに行ってやがる!」
「サッカーは頭も使わないとね!」
透は右指で自身の頭をこんこんと叩いて見せながら、敵陣深くまで侵入する。
「急いで戻れッ!」
度會以下、相手チームの先輩たちが一斉に自陣に戻ってきて、陣形を立て直す中でも、唯一いびつな動きを見せる彼の姿を、透は見逃さない。
「頭……ああ分かったぜ、涼宮!」
「行け、蓮見!」
コーナーフラッグ付近から、透は鋭いクロスボールを上げる。
「うおおおおお!」
「な!? コイツ正気か!?」
驚くのは、相手GKだ。
ゴールポストや接触が怖くないかとも思う勢いで、翔が身体を宙に浮かす。その跳躍力は、彼の身長以上に高く跳び、まるで身体がバネのようで。
透が上げたクロスボールに反応した翔が、ヘディングで合わせ、ボールは相手GKが反応できない隅の方へワンバウンドして入っていく。
ピーと言う音が鳴り、新入生チームに得点が入った。
「よっしゃあ!」
「よくやった蓮見!」
ガッツポーズをして喜ぶ翔に、達樹も駆け寄って褒めている。
「嘘だろ!?」
「……くそ!」
悔しがる相手チームの面々。
一方で、コーナーフラッグ付近に立っていた透は「頭ってそっちの意味じゃなかったんだけど……」と苦笑しているのだった。




