26 駒野場高校 1:2 陽光白崎高校
神宮司奏多のドッピエッタによって、前半のうちに逆転を許され、試合はハーフタイムを迎えた。
前半を終わってみれば、駒野場側の枠内シュートはたった1本のみ。その一本も、相手DFによるブロックにより軌道が変わってたまたま入ってくれたゴールの一本のみで、チャンスらしいチャンスは殆どなきに等しかった。
挑戦者である駒野場高校イレブンはみんな汗を垂らし、前半のうちに大きく消耗してしまった。何よりも最悪なのが、連携が上手くいかなくなっていること。個の力で勝てないのであれば、連携プレーで勝利をもぎ取るのは、鉄則だ。無論陽光白崎の激しい攻守の切り替えの上手さや、決勝戦と言う舞台と言う緊張感もあるのだろう。しかし、それ以上に。
「……っ」
その原因を作り上げてしまったと言っても過言ではない、本日唯一の1年生スタメンの御子柴達樹は、ロッカールームを出てトイレへと向かう。
「御子柴――」
度會が心配そうな顔を見せて彼の後を追おうとするが、それを止めたのは、涼宮透だった。
「度會先輩、ここは俺に任せてくれませんか?」
「涼宮……。頼んだぞ」
「はい」
度會からの確かな信頼を受け、透は達樹を追ってトイレへと向かった。
陽光白崎のロッカールームに併設された男子トイレの洗面所の前で、達樹は項垂れるようにして立っていた。
「涼宮か……」
「よく気配がなくて驚かれるんだけど、すぐ気づいたんだな」
「まぁな……」
トイレに入って用を足す素振りをした透に、達樹は俯いたまま力なく声をかけていた。
素振りだったので、透はすぐに達樹をじっと見つめる。
「どうしたんだ御子柴。ピッチ上で神宮司と何かあったのか?」
「……ああ」
達樹は顔を上げて、鏡をじっと見た。汗まみれの自分の顔が、自分をじっと見つめている。
「神宮司に勝つ為に、努力していたつもりだった。だけどあいつから、スタメンの座を奪えないから弱小校に逃げたんだろ、って言われちまった。自分が気持ちよくなりたいがため、自己中だ、ってな」
無機質なタイル張りのトイレの外からは、ハーフタイムだと言うのに、陽光白崎サイドの歓声が聞こえてきて、ますます駒野場は後がない状況だと思い知らされる。
「その時俺は、何も言い返せなかった。その通りだったんだ。中学の時の神宮司に、サッカーで何をしても勝てなかった。だから俺は、陽光白崎でアイツと一緒にサッカーはする気はなかった。いや、出来なかったんだ。アイツの一緒のチームだと、俺は、スタメンになれないから……」
それは、いつもどこか強気で、自分のプレーに絶対の自信を持つ男にしては、あまりにも寂しい姿であると、透は感じた。
「でも一番悔しかったのは……駒野場が、弱小校だって言われたとき、言い返せなかったことだ」
振り向いた達樹は壁に背を預け、ぎゅっと握り拳を作る。
「悪かったな、みんなの足を引っ張って……。監督に言ってくるよ。前半で下げてくれって。後半からは、頼んだ……。お前なら、なんとかチャンスは作れるだろ、涼宮……?」
そう言って、トイレから出て行こうとした達樹のユニフォームの袖を、透がぐいと引っ張って、引き寄せていた。
「涼宮……?」
普段物静かな彼からは想像もできない力強さで、達樹は透の腕を離そうとしても、離すことが出来なかった。
「諦めるな……駒野場サッカー部の御子柴達樹。ベンチで御子柴を見ている仲間や、ベンチにすら入れなかったメンバーだっている。そんな人たちの夢を、勝手に終わらせるな」
「でも俺は神宮司には……っ!」
気づけば、達樹の目には涙が零れていた。汗と涙が混じるその様相は、お世辞にも綺麗なものとは言えないが、同時に、汚くも恥ずかしいものでもない。
「言ったはずだ。俺は御子柴とサッカーできて嬉しいと。御子柴と味方で良かったと。御子柴のプレーを、練習の時から近くでずっと見ているのは、俺や、駒野場サッカー部の仲間たちだ。神宮司に勝ちたいから、駒野場に来たんだろ?」
「でも結果は、アイツには……」
いつまでも迷いを見せる達樹に、透の語気も上がる。純粋に負けたくない気持ちと、友を奮起させたい。そんな思いが頭の中で混ざり、真っ白になりかける頭が、言葉を次々と浮かび上がらせ、彼に届けと口を動かす。
「まだ試合は終わっていない……! 後半戦があるだろ! 過去の自分に勝て、御子柴!」
「お前……っ。何でいつも静かなのに、サッカーになると、そんなに熱くなるんだ……!?」
「同じだ、御子柴。俺は御子柴と一緒でサッカーが好きで、そして負けず嫌いで、何よりも仲間が苦しんでいるのを見ていられないんだ!」
血流激しく鳴る心臓の音にだけが響く、一瞬だけ、その場がしんと静まり返る。
気づけば、達樹の胸倉をつかんでいた透、そんな透を半泣きの表情でじっと見つめる達樹。
「――ふん、ふーん」
そんな空気を切り裂くようにして、なぜか鼻歌を歌いながら蓮見翔がトイレにやってくる。
「うわ、びっくりしたなにやってんのお前ら?」
達樹の胸倉をつかんで壁に押し当てていると言う透の姿に、翔がぎょっとして小さく飛びのく。
「は、蓮見こそ……。こういう時、空気読んで、来ないだろ普通」
「し、しょうがねぇだろ生理現象なんだから……」
翔はどこかバツが悪そうに、顔を赤くしながら言っていた。
次に翔は、泣き顔を見られたくなく、咄嗟に顔を隠している様子の達樹を見た。
「にしてもなんだ御子柴あの前半のプレイは? せっかくスタメンなのに、全然ダメじゃんかよ!」
「う、うるせ……」
「俺のライバルがあんな様じゃ、やっぱ俺が駒野場のエースストライカーだな!」
「……うるせーって……」
何の気なしに翔が便座の前に向かう中、達樹は力ない声で言い返しており、気づけば彼の表情は、どこか吹っ切れているようで。
「悪い……すぐに戻る」
透にそう、言っていた。
「わかった。待ってるからな」
「……あぁ。約束だ。絶対に」
透は今一度、達樹に力をこめるように、彼の肩に手をぽんと添えてから、その場を去っていた。
先に追いついてきたのは、後からやってきたはずの翔だった。
「狙ってたのか、翔?」
透が翔に問う。
「うん? いや、別に……だけどさ」
翔はしらを切りつつも、歩きながら、真正面をじっと見据える。
「このまま終わりたくないんだ。俺たちの夢を」
「……ああ、そうだな」
自身の拳をじっと見つめ、そう呟いた透は、徐にその拳を翔に向けて突き出す。
一瞬だけ、翔は戸惑っているようだったが。
「やろう蓮見。御子柴の為にも、俺たちの夢の為にも、絶対に後半で勝つんだ」
「ああ……涼宮がそう言うんなら、絶対に出来るな。俺たちならさ」
透と翔は、拳を突き合わせていた。




