10 奇数チーム 2:2 偶数チーム
自身が放ったシュートが、ゴールネットを揺らした。その瞬間は、とても久しぶりであった。
動くスコアボードのカウントに、自分がしたことの重大さ。その全てを、責任も、感動も、とうの昔に、置いてきたはずの忘れ物が、今になって自分の元に届けられたかのような、不思議な感覚。
学校の体育の授業のお遊びのはずだ。そんなことは百も承知のはずなのに、やはり心は強く、そっして激しくどうしようもなく揺さぶられてしまったのだ。
(俺は、諦められていなかったのか……?)
自分のそんな振り子のような感情の変化に、涼宮透は激しく動揺する。悪い意味ではなく、良い意味で。
「ナイスー!」
蓮見翔が大声で声を掛けてくる。
「くそ!」
御子柴達樹が悔しそうな声を上げている。
「いいぞー」
鷲田純平がこちらを見て拍手している。
そしてその他、クラスメイト達が今この瞬間、一斉にゴールを決めた透を見て、賞賛の声を上げている。それは紛れもなく、ほんのわずかでも、今まで透明だった自分が誰かの記憶の一部に色濃く刻まれることができた瞬間だった。
「……やっぱり、楽しいな」
透は自身の純粋な気持ちを自覚し、微笑む。
そして味方である偶数チームの声援に応え、小さくガッツポーズを返した。
「時間も時間だし、ラストワンプレーだな」
鷲田が腕時計を確認しつつ、そう声をかけてくる。
「いける、いけるぞ!」
「大事にしよう」
「お、おう。てか涼宮お前、めっちゃ人格変わってね?」
「そうか? そうなのかも!」
翔がやや引いているようだが、今の確実にエンジンが入った透も、自覚あるところだった。
「逆転負けなんて最高にダサいからな。絶対に勝つ!」
達樹も体育の授業であるかを忘れ、まるで現役さながらのプレーヤーとしての心意気で、最後のボールを蹴り出してくる。
「今度こそ突破してやる!」
そんな意気込みとともに、再度透に向かって、達樹は直進してくる。
そのすがすがしいまでの真っ直ぐな心意気を感じ取り、透も真正面から対峙する。
「お前、中学はどこ中だ!? ポジションはどこだった!?」
「南中学校。卓球部だった! 強いて言えばポジションはベンチ!」
「馬鹿にしてんのか!」
「本当だ!」
大きな身体を割り込ませるようにして、こちらに背を向けつつボールをキープする達樹に、透は負けじと身体を押しつけ、彼の進行を阻む。
達樹もさすがに真正面からではなく、透の動向を伺うかのように、巧みなボールキープを見せる。
「じゃあどうしてあんなに上手く俺からボールを奪った? DFだったのか?」
「いいや、FWだった。小学校の時に、ちょっとだけやってたんだ」
「っち、真面目に教えろって!」
「いたって真面目だ!」
透の抵抗もあり、達樹は突破を諦め、上がってきた味方にボールをパスする。
しかしそれをインターセプトし、パスカットしたのが、助けに来た翔であった。
「しまっ!?」
驚く達樹を置き去りに、透は走り出す。
翔はすぐに透に向けてパスを出してきた。
あっと驚く透は、しかしすぐにドリブルしつつ、横を駆け上がる翔に向けて。
「自分で上がらないのか!?」
「俺、ドリブル下手だからさ!」
「自信をもって言う事かそれ!? 俺だって得意なわけない!」
「嘘つけ! さっきの上手かったぞ!」
「たまたまだって!」
「じゃあどうするんだよ!」
「おらー!」
後方から猛然と迫りくる達樹。今度は同じ手は通用しないだろう。
「来てるぞ、涼宮!」
言われなくたって、目の前に次々と立ちふさがる相手DFたちを睨み、透はバックパスを選択する。
「はっ!?」
まさかここでバックパスを選択するとは思わなかったのだろう、自身の真横に向けて転がって来たボールに、達樹はやや驚愕する。
「――今だ、思い切り蹴り飛ばせ!」
声を張り上げた透。
それを受けて思い切り足を振り上げたのは、後半開始時に透に依頼を受けていたクラスメイトの男子だった。
「うおーっ!」
叫び声を上げながら、彼が思い切り蹴り飛ばしたボールは、奇数チームの奥深くへと飛んでいく。
その落下点に、透は素早く走りこんでいた。
「ナイス!」
落ちてくるボールを目線で追いかけながら、透はボールを足元に収めると、一緒に駆け上がった翔にラストパスを送る。
「決めろ、蓮見!」
「うおおおおおお!」
ゴール前はがら空き、いるのはすでに試合放棄をしているような相手GKだけ。
翔が気合とともに放った渾身のシュートは――明後日の方向に、ぴょいーんと効果音でもつけるかのように、飛んで行った。
「……」
「……」
「……」
「はーい試合終了ー」
この試合で紛れもなく本気を出した、透と翔と達樹の背後から、鳴り響く無情な笛の音。
ボールはばむっ、ばむっ、と音を立てて、校舎の花壇に落ちていく。
こうして、涼宮透の¨復帰戦¨は2-2の引き分けで幕を閉じたのであった。




