第8話 初めてのデート
ある日の午後
菊理は居間のソファで身体を預けダラダラと寝転がっていた
「…………暇だぁ」
この狭間の世界に来て早数日
菊理は暇を持て余していた
(娯楽が何もないのは辛いなぁ…………)
ここでは現世のようにスマホもなければテレビもない
では家事をしようと思っても、使用人達に止められやることが無いのだ
何もする事が無いというのは想像以上に退屈だった
「菊理」
不意に聞き慣れた声が飛んできて、菊理は勢い良く起き上がる
「はい!……ってあれ?おかえりなさい。お仕事はどうされたんです?」
いつもより早い嗣臣の帰宅に、菊理は不思議そうに尋ねる
「今日は思いの外、早くに終わったんだ」
「そうですか。で、なにが御用でした?」
首を傾ける菊理に、嗣臣は真顔でこう答えた
「買い物に出かけよう」
「へ?」
まさかの提案に気の抜けた声が漏れる
しかし嗣臣は菊理の反応を気にすることもなく更に続けた
「菊理の着るものを調達したいからな。いつまでも使用人の着物では嫌だろう」
そう言われ、菊理は自分の着ている着物を見る
確かにシンプルで地味ではある
しかしそれを気にしたことも不満もなかった
「今から?」
「今からだ」
「急すぎません?」
「今思いついた」
菊理は呆れたように嗣臣を見つめる
「……嗣臣さんっていつもこうなんですか?」
「慣れろ。俺は昔からこんなだ」
ブレない嗣臣に、菊理は渋々付き合うほかなかった
こうして買い物と言う名の初デートをする事になった
――――――――――
それから数分後
嗣臣に連れられ菊理は繁華街のような場所に来ていた
「うわぁ……なんかレトロな雰囲気ですねぇ」
大正時代のような和と洋が融合している街並みに、菊理は目を輝かせて見渡す
「ここは霊力の弱い黄泉人達が集まる都市の商店街だ。穢鬼や穢神が入ってこないように結界が張られている。だがここ以外は危険だから裏通りには出るな」
そう言って嗣臣は菊理に腕を差し出した
「え?えっと………」
「見失ったら困る。腕に掴まれ」
菊理は戸惑いながらも嗣臣の腕を組むと、彼の体温を感じる
(腕組みしたの初めてだぁ……いや一応夫婦だから変な事では無いんだけど)
ふと嗣臣の顔を見る
三白眼の目、高さのある鷲鼻、そしてほどよい薄さの唇――
顔色の悪さで見落とされがちだが、よく見ると整っている彼の顔を見て、菊理は思わず見惚れてしまう
(意外にイケオジなんだな嗣臣さんって)
アイドルのように線の細い男より、渋さのある男の方が好みな菊理は少しだけときめいてしまう
すると嗣臣が立ち止まった
「ここで着物を買おう。入るぞ」
そう言われ嗣臣の目線の先を見ると、そこにはいかにも格式高そうな呉服屋が構えていた
落ち着いた外装、そして上品な香の香りがほのかに漂っている
「え!?なんかいかにも高そうですけど……」
「着物はそういう物だ。行くぞ」
怖気づく菊理をよそに、嗣臣は迷う事なく暖簾をくぐった
「いらっしゃいませ。これは比良坂の旦那様。今日はどのような物をお求めで?」
呉服屋の店主らしき人物が嗣臣に尋ねる
「妻に合う着物を選びたい。いくつか出してくれるか?」
さらりと妻と呼ばれ菊理はなんだかこそばゆい気持ちになる
「おお!再婚なされたのですか?それはおめでとうございます。では少々お待ちくださいませ」
店主が嬉しそうに奥へ捌ける
しばらくすると何種類もの着物が丁寧に運ばれてきた
「――――お待たせ致しました。どうぞお選び下さいませ」
畳に広げられたのはどう見ても上質そうな着物だった
どれを見ても一般人に手が届くような安物なものは一切ない
「ええ……どれも高そうだし華やか過ぎる……」
あまりに上品で華やかな着物の数々に、菊理は気後れしてしまう
並べられた着物を見渡すと、ある着物に目が行った
(………あ、これが一番マシかも)
上質そうではあるが、この中では柄も少なくシンプルで自分に合いそうだと菊理は思った
くすみ色の緑の色合いも綺麗だ
手を伸ばし手に取ろうとしたその時
「待て。それでは俺が買う意味がない」
嗣臣が菊理を止めると、代わりにある着物を手に取った
「これにしろ」
そう渡されたのは大柄の菊の花があしらわれた、先程とは対照的な藍色の着物だった
「ええっ!?でも私が着たら浮きそうなんですが……」
菊理は今まで選んだことの無いタイプの柄に戸惑いを見せる
「なら簡単に合わせてみましょうか?見るのと着るのではまた印象も違いますよ」
すると店主が助け舟をだした
「では頼む」
(私の意見は………?)
勝手に話が進み苦笑いしつつ、渋々ながらも嗣臣の選んだ着物に袖を通す
「いやぁ………やっぱ派手すぎません?私こういうの似合わないんですよ」
落ち着きなく視線をキョロキョロさせながら嗣臣に尋ねる
「そんな事は無い。菊理に合っている」
「旦那様の言う通り、とても良くお似合いですよ奥様」
2人にもて囃され菊理はまたむず痒くなってくる
「ではこれを買おう。後これも」
そう言ってさり気なく着物の追加をされたのを菊理は横目で見つめる
(半ば強引に決められてしまった)
複雑に思いながらも、嗣臣が自分の為に着物を選んでくれた事が菊理はほんの少し嬉しかったのだった
―――――――――――――――――
着物を買い終え2人はまた商店街を歩いていた
先程買い取った反物は有無を言わさず嗣臣が持っている
「……えっと次はどちらに?」
恐る恐る尋ねると、嗣臣は前を見たまま答えた
「仕立て屋に行く」
「ええ!?まだ服買うんですか!?」
あれで終わったと思っていた菊理は思わず立ち止まり驚きの声を上げる
そんな彼女を嗣臣は不思議そうな顔で見つめる
「洋装もあった方が良いだろう?菊理はむしろそちらの方が良いのではないのか?」
「そうですけど……」
嗣臣の言うことは御尤もだが、それよりもお金の事が菊理は気がかりだった
「仕立てるまでに時間がかかる。それまでこの着物を着てればいい」
迷う事なく言い切ると、嗣臣はまた歩みを進めた
(買い方がブルジョア過ぎる………)
ここに来て金銭感覚の違いを知り、菊理はただただ唖然とするほか無かった




