第7話 癒えない心
食事を済ませた菊理は嗣臣の書斎へと向かった
朝起きた時よりも、窓ガラスから刺す光が眩しい
『―――寿美の事について話しておきたい』
―――どのような気持ちで聞けば良いのだろうか
やや緊張の面持ちで書斎の扉の前で立ち止まる
そして一呼吸置いてからノックをした
「中に入れ」
書斎から嗣臣の声が聞こえ、菊理は意を決してドアを開けた
「お待たせしました」
「いや、そんなに待っていない」
そんな短い言葉を交わしながら、嗣臣は机の一番上の引き出しを開け、ある物を差し出した
「写真と……簪?」
それは1枚の古びた写真とつまみ細工で作られた梅の花があしらわれている簪だった
写真には1人の女性が写っている
「その写真に写っているのが前の妻、寿美だ」
そう言われ菊理は改めて写真を見つめる
そこに写っているのは長い黒髪の可愛らしい女性が写っていた
「綺麗な方だったんですね。それでこの簪はなんです?」
「それは寿美の遺品だ。元々俺が結婚の申し込みをした時に寿美に贈った物だ。いたく気に入ってたようでよく身に着けていた」
懐かしそうに簪を見つめながらそう語る嗣臣を見て、菊理は聞きづらそうに『あの事』について問いかける
「………寿美さんは10前に亡くなったと聞きましたけど……事故か何かですか?」
一瞬嗣臣の顔が曇る
そして低く押し殺した声でこう答えた
「……………殺されたんだ。穢鬼に」
「え………」
まさかの答えに菊理は絶句する
「10年前、ある穢鬼を始末する任務があったんだ。その時に既の所まで追い詰めたが、あと一歩でその穢鬼を逃してしまった」
淡々と話を続ける嗣臣だが、机に置かれた手が無意識のうちに強く握られていた
「己の本能のみで動く亡者と違い、穢鬼は知性がある。致命傷を負わせた俺を恨んだのだろう。その腹いせの為に寿美は襲われ亡くなった」
「そんな……」
菊理は思わず口を覆った
「俺が駆けつけた時には既に穢鬼は寿美の首元に齧り付いていた。寿美はそのまま喰われ、この簪しか残らなかった」
「……酷い」
話が終わり一瞬僅かな沈黙が流れたが、嗣臣が更に言葉を続けた
「…………寿美の事を隠すつもりでは無かった。ただ単に、言う機会を逃して―――――」
そこまで言うと嗣臣は言葉を止め、首を横に振った
「――いや、違うな。俺は君を利用したんだ。再婚する気の無かった俺に父がしつこく縁談を持ち込んで来るのにうんざりしていてな。そんな時に菊理と出会った…………『利用出来るのでは』という思いが頭をよぎらなかった訳では無い」
まるで自身を責めるかのように、そう自虐した
「最早弁明の余地はないだろう。殴るなり罵倒するなり好きにしていい。離縁はしないしても君が離れて暮らしたいと言うのならどこかに屋敷を用意して―――」
「その必要ありませんよ」
菊理は迷うことなくその言葉を遮った
「私は嗣臣さんとこのまま住みます」
嗣臣の目が思わず見開かれる
そこには強い意志が宿っていた
「いいのか?……俺は君を――」
「いいんです。私は嗣臣さんを許します」
菊理はそう言って笑みを浮かべる
「最初から嗣臣さんに別の思惑があったとしても、あの時私の無理な願いを叶えてくれた。嗣臣さんは私を生かしてくれた恩人です」
あの時―――
『死にたくない』という強い思いを嗣臣が汲み取ってくれたことを、菊理は感謝していた
人ではなくなってしまったが、そこに後悔はない
「所謂愛は無いのかもしれない。でも違う形の絆で結ばれた夫婦になればいい。私はそう思います」
菊理は思うままに本心を告げた
しかし急に照れくさくなり、笑いながら話を続けた
「あ、それにね!うちの祖父母がお見合い結婚だったらしいんですけど、結婚するまでお互いの事知らずに結婚したらしいんですよ!それでもめちゃくちゃラブラブだったんですよ!だから私達も大丈夫ですって!だから――――」
「菊理」
穏やかな声に制止され、嗣臣を見つめると、そこには少し笑みを浮かべた彼の姿があった
「ありがとう」
感謝と温かさがこもったその短い言葉に、菊理は嬉しくなった
そして知らず知らずのうちに、菊理の中の『何か』が出てきていることを、彼女はまだ知らないのだった




