第56話 呪縛を断つ
その頃――――
隼人隊の屋敷では、張り詰めた空気の中、椿と天鬼による激しい押し問答が繰り広げられていた
未だ怪我が癒えぬ身体を動かし月彦の元へと向おうとする椿を、天鬼が引っ張り必死で止めていた
「戻るのだ椿!今お前が向かっても出来ることなど無いぞ!」
「―――離して!それでも………それでも私は行かなければ………!月彦様が……孤独で無いように………お側にっ!!」
椿はそう叫ぶと同時に、渾身の力で天鬼を押し退けた
「ぎゃんっ!!」
油断していた天鬼は尻もちを付く
その隙に椿は一目散に走り去っていった
「あー!!待て椿!!!んもぉーー!!どうちてこう身勝手なんでしゅかーー!!」
文句を叫びながら、天鬼も慌てて立ち上がり椿を追いかける
こうして2人は月彦の元へと向かうのだった
――――――――――――
時を同じくして―――
菊理はに姿を変えた福をそっと手に取った
持ち手を握りしめると、共有の括り紐が反応し、温かさが籠る
『あやつ……まさか神剣・韴霊剣だったとは…………』
炎獄は神々しく光を放つ韴霊剣を見つめ呟いた
『…………しかし、お前にそれが扱えるかな小娘よ』
「どういう事?」
『それは霊剣。神聖過ぎるが故に人は愚か黄泉人ですら扱えばその代償は大きい。下手をすればお前の命が危ういぞ?』
炎獄の言葉に、菊理は思わず怯む
剣を握る手が僅かに震えた
すると福の声が頭に響き渡った
『………大丈夫です主様』
「福ちゃん………」
『僕は今の主様なら扱えると確信してこの姿を現しました。命を取られる事はありません。主様なら――いえ、主様『達』なら、代償を課すこと無く剣を扱えます』
「え……それってどういう――――」
菊理が聞き返そうとしたその時、炎獄の瘴気をまとった腕が振り下ろされた
「――――!!」
『話が長いぞ貴様ら。退屈してしまうではないか』
炎獄はニヤリと口を歪ませると、再び菊理に迫る
空気を裂く轟音と共に、炎獄の爪が彼女を襲う
『首を跳ねられない様にだけ気を付けて!剣は僕が操るよ!』
「わ、分かった!」
菊理は韴霊剣を構え、炎獄に立ち向かう
「ふっ!」
キィン!キィン!
暗闇の世界で、炎獄の爪と韴霊剣が激しくぶつかり合う音だけが響き渡る
「はぁ!」
その時菊理が隙を見つけ、炎獄目がけて剣を突き刺す
惜しくも的を外したものの、炎獄にかすり肉の焼ける匂いが微かに漂った
『―――流石霊剣。かすっただけで焼けるような痛みが走る――――しかし』
炎獄は大きく腕を振り被り、降ろすとそれが菊理に命中した
「――きゃあ!」
菊理は硬い地面に身体を打ちつける
『それ故、お前の身体がついていけていないのでは無いのか?体力の消費が凄まじいと見た』
「―――っ!」
不敵に笑う炎獄を睨みつける菊理だったが、彼の言う通り体力は限界に近付いていた
既に腕の動きも鈍くなり、息も上がり呼吸するのがやっとであった
(霊力の消費は共有の括り紐でなんとかなってるけど、アイツの言う通り、もう動けなくなりつつある―――だけど!)
菊理は意を決したように立ち上がり、剣を構えた
「それでも私は、月彦さんを救いたいの!」
その叫びに、炎獄は可笑しそうに笑い声を上げた
『ふははははは!無駄な事を!此奴を気にかける者などいるはずもないだろう!此奴は化け物!忌み嫌われる存在よ!』
「違う!月彦さんは化け物なんかじゃない!それに月彦さんは嫌われてなんかいない!」
そう叫び反論した時、炎獄に取り込まれていた月彦の瞼が人知れずピクリと動いた
「私や嗣臣さんだけじゃない!道之さんや幸君―――他の黄泉守人の方達や隼人隊の方達だって、月彦さんを救う為に今、私達に協力しているもの!」
菊理は脳裏に皆の顔を思い浮かべながら、未だ意識のない月彦を見つめる
「だから絶対、アンタから月彦さんを取り返してみせる!月彦さんを……月彦さんを返して!」
その言葉と同時に、菊理は炎獄に飛びかかり、韴霊剣を突き立てた
眩い光を放つ刃が、炎獄と月彦の境目に深く刺さる
『ぐぅっ!!』
邪気を焼き溶かすようなまとわりつく痛みに、炎獄は苦悶の表情を浮かべる
『それで此奴と我を引き離すつもりか………!しかしもう此奴の両腕は我と融合を始めた!もう腕ごと切離すしか―――――』
そう言い力いっぱい引き抜こうとした―――しかし
『なっ!………何故体が動かぬ!』
まるで何かに押さえつけられているかのように、炎獄の身体は動かない
すると胸元から、静かに声が聞こえた
「………僕が止めているからさ。炎獄」
「月彦さん!」
意識を取り戻した月彦は、苦しげに笑みを浮かべながら、炎獄に対抗していた
「菊理さん。僕の事は構わず、その剣で僕の腕ごと切り裂いてくれ。僕は己の運命を悲観していた故に、とんでもない過ちを犯してしまった。」
月彦は菊理を真っ直ぐに見つめ、彼女に頼み込んだ
その瞳は真剣そのものだ
「………皆、僕の事を見ていてくれていたのに、僕は自分の事しか見えていなかった……その罪を償わなければならない………お願いだ」
菊理は唇を噛み締めるも、彼の強い意志を感じ、覚悟を決めた
「………分かりました」
そう言って菊理は剣を構えた
それを見た炎獄は声を荒げ、罵倒する
『クソぉ!我の操り人形の分際で!』
「僕はお前の操り人形になっていた事など、一度たりともないよ炎獄。これでやっと、一族の呪いを断ち切れる」
月彦の瞳には真っ直ぐ向かってくる菊理が写る
そこにある純真な意志に、彼は柔らかな笑みを浮かべた
「さようなら炎獄………そしてありがとう、菊理さん」
そして―――剣が振り下ろされ、月彦と炎獄を切離すように断ち切られた
『グアアァァァァァァァァァァ!』
炎獄の断末魔が響き渡り、浄化されるようにその身体は光に溶かされ消滅していった――――




