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黄泉人の妻〜出会ったその日にアチラ側の住人の妻になりました〜  作者: mai


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第52話 急転

ここは常世の世界―――


日が昇る事のないこの暗い場所は、まるで時間が止まっているかのように静寂に包まれていた


そんな黒く塗りつぶされたこの世界で、1人走る女の姿があった


「はぁっ………はぁっ………」 


着物が着崩れているのも気にせず、その女―――椿は狭間に向かう道のりをただひたすらに駆け抜ける


(………どうして!?どうしてあんな事に!?)


椿は必死に逃げながら、先程起こった出来事を思い返す


計画は順調に進んでいた

後は狭間で菊理を攫い、その能力を利用するだけ――――だったのだが、


突如苦しみ出す月彦、侵食される身体、正気を失った姿――――――


計画実行目前で起こった予定外の出来事に、椿はまだ動揺を隠せずにいた


すると彼女は小石に足を取られ蹴躓き、地面に倒れ込む


硬く乾いた地面に身体を打ち付け、擦りむいた手足がヒリヒリと痛む


「月彦様は、己の安らげる居場所が欲しかっただけなのに……っ」


震える声でそう呟き、椿は必死に身体を起こしながら、これまでの記憶が胸の奥で疼いた


どんなに努力しても黄泉人達に貢献しても、彼が報われることは無かった

常に孤独で、自分がいつ穢鬼に飲み込まれるかという恐怖と戦っていた月彦に、椿はたった一人寄り添う理解者でありたかった


例え善の道に反しようとも、月彦の穏やかな顔が見れさえすれば、彼の隣に居れさえすればそれでいい――――


そう思っていただけなのに――――


そう思った瞬間、後ろにただならぬ気配を感じ振り返った


「――――っ!月彦さ――」


椿がその名を言い切る前に、変わってしまった『彼』の一撃が彼女の身体に入った―――




――――――――――




同じ頃―――

狭間にある隼人隊の屋敷―――庭に面した広い鍛錬場では、大神と海が手合わせをしていた


「―――ふんっ!」


踏み込みと同時に放たれた大神の拳が、海の脇に入る―――

しかし、動きを読んでいた海は、大神の腕を脇で挟み止めた


そして次の瞬間、道之の腕を引っ張ると、彼の目を狙うように指で突こうとした


「っだーー!マジで目潰しをやる馬鹿がいるか!!」


咄嗟に上体を反らし、間一髪の所で避けた道之が、距離を取りながら海に抗議する


「はっ!こういうのはガチで殺り合うのがいいんだろうがよ!」


悪びれるどころか、不敵な笑みを浮かべる海は、そう言って姿勢を低く保ちながら再び道之との距離を縮め始めた――――


若干緊張感の走る2人の組手を、少し離れた所で嗣臣と幸が静かに見守っていた


言葉を交わすことなく、淡々とこの手合わせを見つめていた2人だったが、やがて幸がぽつりと口を開いた


「大神様は体術がお上手なのですね。あの兄者についていける者がいるのを、俺は初めて見ました」


「道之は体術が得意分野だ。体術のみで道之に勝てる黄泉守人は俺以外にいない」


感嘆の声を上げる幸に対し、嗣臣は表情を変えず淡々と返した


その回答に、幸は目を瞬かせ尋ねる


「比良坂様の方がお強いのですか?では何故兄者との組手をお断りに?」


「……どうにもお前の兄とは、折り合いが悪いのだ。至近距離にいるとまた争いの種になりそうだったのでな」


若干眉をひそめながら、嗣臣は理由を話した


幸はそれを聞き、理解したようにフッと小さく息をついた


視線の先の2人は、その間も激しいやり取りが続いている


雄々しく力強い道之の動きは、まさに『剛』、対して素早さの中に激しさが滲む海の動きは、『烈』といった感じである


互いに一歩も譲らぬその攻防を、外野の2人は、再び言葉を交わすことなく、その戦いを見据えていた―――



するとその時、その空気を変えるかのように、明るい声が鍛錬場に響き渡った


「皆さん。そろそろ休憩しませんか?お茶を用意しました」


菊理が屋敷の台所を借り、お茶を用意してくれたのだ


その声に、道之はピタリと動きを止めた


「海!止めだ。一旦休憩にするぞ」


「……ちっ。せっかく身体があったまって来たってのに」


海は面白く無さそうな表情を浮かべながら、菊理の元に歩いていく


「どうぞ。皆さんここ連日、手合わせばかりですね」


「まぁ、月彦の計画実行がいつかは分からねぇが、そう遠くない時期にやるんだろうなとは思うからな。その前に備えておかねぇと」


道之は菊理からお茶の入った湯飲みをもらうと、それを一気に飲み干した



「へっ!賽河は俺らがボッコボコにしてやんぜ。あんな研究ばかりの陰キャ野郎なんざ俺の敵じゃねぇ」


好戦的な海が大きな口を叩いていると、嗣臣が静かに牽制した


「海。月彦を侮るのは止めろ。奴は常に争いを拒んでいた心の優しい男だったが、本気を出せば俺でも御せるか分からぬくらいの強さを持っている。油断すれば死ぬぞ」


淡々と告げると、続いて幸も口を挟んだ


「それに兄者は俺と結界を張る役割でしょう。賽河と対峙するのは大神様と比良坂様ですよ」


「ちっ、面白くねぇ………だが、『例の作戦』本当に上手くやれんのか?あんたたちはよ?」


海が睨むように嗣臣達を見つめると、道之が肩をすくめて答えた


「というかやるしかねぇだろな。失敗したら世界が終わんだから」


冗談めかしたように言うと、嗣臣が菊理を見つめ口を開いた


「最悪、俺達の命を犠牲にしてもやり遂げねばならん。だから菊理、一発で仕留める勢いでやれ。いいな?」


その言葉に、皆の視線が一斉に菊理へと向けられた


その重みに押し潰されそうになりながらも、菊理は覚悟を決め大きく頷く


「はい」


その時だった

バンッ!という大きな音と共に門が開き、人が滑り込む様に鍛錬場に現れた


「――――なんだ!?」


思わず声を上げると、そこには1人の女性が倒れていた


菊理はその女性が何者か分かり、思わず声を上げた


「え!?つ……椿さん!?」


「椿……月彦の使用人か!」


皆が目を見開き驚いていると、菊理が椿に駆け寄った


「どうしたんですか椿さん!それにこの怪我……」


「私の事は良いのです……それよりも、月彦様を……月彦様をお助け下さい……」


椿は震える声で必死に懇願する

それを聞いた嗣臣が、思わず身を乗り出した


「何……!?月彦に何があった!?」


「月彦の中にいた穢鬼が……暴走し、月彦様の身体が乗っ取られてしまったので御座います……そのうちこの狭間にも乗っ取られた月彦が世界を壊滅しにやって参ります……!どうかその前に、月彦様をお助け下さい……!」


誰もが予想していなかった事態に、一同は静まり返った


心の整理が付かぬまま、物語は加速する――――

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