第48話 菊理、天界へ向かう
明け方――
外では夜の気配がまだ残る中、朝が侵食し始めていた
障子の隙間から陽の光が漏れ、薄暗い寝室に光の線が差し込む
外が明るくなるのを感じ、菊理は目を覚ました
「……んん」
目を覚ましたが、温かさに包まれた心地よさで、瞼が重くなる
眠気から抗えないでいると、上から声が降ってきた
「―――起きたか」
菊理はハッとし上を見上げると、嗣臣が菊理を抱きしめながら穏やかな顔で見つめていた
「あ、おはようございます。起きてたんですか」
「ついさっきな。だが、まだ早い。もう少し寝てていいぞ?昨日は無理をさせた」
そう言われて、菊理は昨夜の事を鮮明に思い出し、顔が見る見る真っ赤になった
「だ、大丈夫ですぅ……ちょっとお腹が痛むくらいなので…………」
「む………些か強すぎたか?加減したかったのだが―――」
「もう喋らなくていいですぅ!ていうか真顔でそんな事ペラペラ話さないで下さい!」
至って真剣に話す嗣臣に、菊理が慌てて静止する
しかしその様子を彼は不思議そうに見つめている
「いや、心配してるのだが」
「…………それは分かってますよぅ」
消え入りそうな声で返事をすると、しばし沈黙が流れた
外では鳥のさえずりが聞こえ、朝の訪れを知らせている
すると、嗣臣が腕の力を少し強めた
「………このまま菊理を、天界へ向かわせたくない」
「へ?」
嗣臣がぽつりと呟いた言葉に、菊理は驚いて見上げる
「菊理にこの世界の命運を、賭けさせるような事をさせたくない……だが、この世界を救う鍵は菊理だ。代わってやれぬ自分がもどかしい」
その瞳には普段感情を出さない嗣臣の思いが滲んでいた
菊理は思わずそっと嗣臣の頬に触れる
「……大丈夫です。何とかして、私と福ちゃんとで月彦さんを止めてみせます。絶対嗣臣さんの元に帰ってきます。約束します」
「ああ、約束だ」
そう言葉を交わすと、2人は静かに寄り添った
陽の光が新たな運命を示しているのを拒むように、2人は互いの温もりを確かめるのだった
―――――――――――
それから数時間後――――
陽の光が強まり、暖かさを感じだす時刻になった頃、菊理と福は天界に向かう為、天界へと続く山の麓に立っていた
天界へと続くとされるその山は、静けさの中に壮厳さを宿し、まるで人を拒むかの様な雰囲気を醸し出している
山の麓には見届け人の幸の他に、嗣臣と天鬼も見送りに来ていた
「ここから先は括り人と神獣以外、立ち入る事を禁じられている為、我々とは一旦ここでお別れになります。お側に付けず申し訳ありません」
「ううん。大丈夫、福ちゃんもいるし」
静かに頭を下げる幸に、菊理はゆっくり首を横に振った
そして福を見つめると、福は嬉しそうに耳をピクリと動かした
「菊理。天界は常世とは違い、危ない所では無いとは聞くが、無理はするな」
「はい」
嗣臣が菊理に声をかけていると、隣で元気な声が響き渡った
「福!菊理しゃまの事、しっかりお守りするのだぞ!福だけが頼りでしゅ!」
「きゅ!」
天鬼と福の可愛らしいやり取りで、やや緊張気味だった空気が少しだけ和らぐ
「それじゃあ、いってきます!」
一度だけ振り返り、皆の顔をしっかりと胸に刻むと、福の背に乗り天界への道のりを歩み出した
小さくなっていく2人の姿を嗣臣達は静かに見送り続けた
そしてその姿を、小さなネズミが遠くから観察していた事を、彼らは気付かないでいた
――――――――――――――
やがてそのネズミは常世へと潜り、光の届かぬ場所を縫うように進み続けた
辿り着いたのは、人の気配がありながらもどこか歪んだ静寂に包まれた一室
ネズミはその一室で座る人物の足元へと素早く駆け寄った
男に拾い上げられたネズミは小さく鳴き、何かを伝えると、その男は笑みを浮かべた
「…………へぇ、嗣臣達は隼人隊と手を組んだのかぁ。何をするつもりなのかな?」
まるで謎解きをする子供のように楽しそうな声色とは裏腹に、その瞳に光はなく闇が広がっていた
「情報によると、菊理様の力の反動を抑える術を知っているとか」
すると側にいた女が淡々と報告した
まるで市松人形の様に澄ましたその顔は、表情一つ変えない
その言葉に、男は関心の色を見せた
「そうなんだ。菊理さんの力の反動がネックではあったんだよねぇ。ある意味手間が省けてよかった」
そう言って男は椅子から立ち上がり、壁に張られた膨大な資料を見つめこう言った
「じゃあ、菊理さんの準備が整うまで、こちらもやれる事をやらなきゃね。何もかも、黒に染める準備をしなきゃ」
そう言って男―――賽河月彦は振り返り、その女――椿に告げた
その視線の先にあるものすべてが、まるで彼の掌の上にあるかのように




