第47話 条件
深夜―――
もう日付けが変わろうとする時刻になる頃、菊理は比良坂邸の寝室に1人正座をして座っていた
明かりがぼんやり灯る静かなその部屋に、菊理は小さく息をついた
「ふぅ………今日はいろんな事があり過ぎて疲れた………」
そんな事を呟きながら、今日あった出来事を思い出す
突然現れた椿から月彦の言伝を聞いたのから始まり、隼人隊と出会い、そして連れ去られ、屋敷内での内乱、そして、自分が括り人という存在だと知り―――
1日で起きた出来事にしては情報が多すぎで、菊理は混乱しそうになっていた
(……でも、『あの事』の条件を飲んでくれたのは、良かった)
菊理は、数時間前にあった出来事を思い出す―――
――――――――――――
数時間前
隼人隊屋敷にて――――
「ただ、条件があります。それを飲み込んでくれたら、私と福ちゃんはあなた達に協力します」
「条件?それは何ですか?」
幸の問いに、菊理ははっきりこう述べた
「月彦さんを………『封印』という形で処理するのではなく、『救済』したいんです。穢鬼が宿っているあの身体から、穢鬼を祓って、月彦さんを解放してあげたいんです!」
「はぁ!?」
「菊理!?」
菊理の発言に、皆驚きと困惑の色を浮かべる
しかし当の本人は本気だった
「ちょ、ちょっと待て菊理!いくらなんでもそりゃ無茶な願いだろ!?」
道之が慌てて菊理を諭すと、それに同意するように海が噛みついた
「そいつの言う通りだ。なーに勝手な我儘通そうとしてんだよああ!?」
海が凄み菊理を責めるが、彼女はそれに動じなかった
すると嗣臣が彼女の肩に触れ、口を開いた
「菊理……気持ちとしては嬉しいが、宿した穢鬼を消すなど、前例が無い。下手をしたら菊理の命も危ういかもしれない」
「……それでも、やってみたいんです。私なら、他人の精神世界にまで干渉出来る私になら……もしかしたら救えるかもしれないから」
嗣臣が身を案じるように諭すも、菊理は意思を曲げなかった
「菊理様。どうしてそこまでして賽河を救いたいんです?」
幸が疑問を尋ねると、菊理は目を伏せ、静かに話しだした
「……幸君と話した時、思ったんです。月彦さんって本人が思ってた程、嫌われた存在じゃ無かったんじゃ無いかって。嗣臣さんの様な信頼関係は気付けなくても、友好的に見ていた人はいたんじゃないかって」
「そんな訳―――」
「……確かにな」
海が呆れ顔で否定しかけた時、それを打ち消すかのように道之がぽつりと呟いた
「俺は良くも悪くも中立的な立場で見ていたが………アイツ個人の事は、別に言うほど嫌いじゃ無かったな。それに、他の黄泉守人達も、避けてはいたかもしれねぇが、アイツの優秀さに一目置いてた奴は少なく無かった筈だ。端っから忌み嫌ってる様な奴は、ほんの一部だったろうな」
「道之………」
嗣臣は道之の発言に目を見開く
その発言に、幸も小さく頷いた
「それは俺も同感です。隼人隊でも、彼個人を嫌っていた人はほとんどいなかったと思います」
「おい幸!お前どっちの味方だよ!?嫌ってんの俺しかいねぇみたいじゃねぇか!」
「俺は大神様と同じく、中立的な立場で見ているんですよ兄者」
海が苛立ちを露わに声を荒げるが、幸は淡々と返している
そのやり取りを見ていた嗣臣が、ぽつりと呟いた
「……そうだったのか。月彦は皆から忌み嫌われていた訳では無いのか」
「だから、思ったんです。もう他に手は無いのかって。裏切ってしまったら、もう月彦さんを討つ以外選択肢は無いのかって」
菊理はそこにいる4人に、まるで訴えかけるようにこう続けた
「――今ならまだ間に合うのかもしれない。月彦さんが現世を襲う前に、私が止められるかもしれないって。だから、それに賭けてみたいんです!お願いします!」
菊理は深々と頭を下げる
少し間をおいて、幸が静かに口を開いた
「………分かりました」
「幸!?」
まさかの承諾に、海が驚愕の声を上げた
菊理も思わず顔を上げ、幸を見た
「但し、その計画が失敗に終われば、最初の作戦通り賽河を封印します。それでもよろしいですか?」
幸がそう告げると、菊理は力強く頷いた
「………はい!」
こうして菊理達は隼人隊と協力する事になったのだ
―――――――――――
(いよいよ明日。福ちゃんと一緒に天界に向かう)
菊理は布団の上に座ったまま、膝の上で手をぎゅっと握りしめる
天界という未知の場所、力を使う事であるであろう代償の事―――
いろんな思いが渦巻いていると、襖が開いた
「―――菊理。まだ起きていたのか。明日も忙しいんだ。早く寝た方がいい」
「あ、はい。でも、なんだが落ち着かなくて」
嗣臣の言葉に明るく返すも、菊理の表情は何処か不安げだ
その小さな変化を、彼は見逃さなかった
「……不安か?これからの事が」
「少しだけ。力を使う事で、私は何を失うか、未知数ですし」
視線を落とし、不安を滲ませる菊理を見ていた嗣臣は少し考え込んだ後、真っ直ぐに告げた
「………もし視力を失ったら俺が目になるし、記憶を失って俺等の事を忘れたら、また一から教える。菊理が忘れても、俺が覚えている。大丈夫だ」
「嗣臣さん……」
菊理は顔を上げ嗣臣を見つめる
彼の優しさに、思わず表情が緩んだ
「………絶対に、忘れたくないです。嗣臣さんの事だけは」
「菊理……」
「だから……忘れないように、私を―――」
そう言って呟かれた言葉に、嗣臣は目を大きく見開いた
当の菊理は、自分で言った発言があまりに恥ずかしくて、顔を真っ赤にしている
「――――っ、それは反則だろう」
嗣臣は菊理を押し倒した
「忘れさせてなどやるものか」
聞こえるか聞こえないかどうかの声で呟くと、嗣臣は齧り付くような口づけをし、2人は身体を重ねるのだった




