第39話 束の間の平穏
あの騒動から1ヶ月後―――――――
平穏を取り戻した比良坂邸では静かな時間が流れ、そこで菊理達は穏やかに過ごしていた
「天鬼ちゃん。福ちゃん。そろそろおやつにしようか」
「はい!それじゃあ最中を持ってきましゅね!」
「きゅ!」
「うん。じゃあお茶入れるね」
天鬼と福が廊下に勢い良く出て、賑やかな足音が遠くなる
「………ふう。今日も平和だなぁ」
そう呟きながら、菊理はお茶を入れた
しかしふと、ある事が脳裏を掠める
(でも、いつまた脅威に怯える事になるか分からない………月彦さんの事もあるし)
菊理はあの日の事を思い出す
あの後
菊理は嗣臣から、寿美に協力していた黒幕が月彦であったことを改めて聞かされた
そしてその後の調査で、賽河邸にあった研究書類全てが無くなったと同時に、賽河家に仕えていた使用人の1人が、月彦と共に行方が分からなくなっている事が明らかになったのだ
(多分その1人って椿さんの事だよね………今どうしているんだろう…………)
同年代くらいの椿に親近感を感じていた菊理は、彼女がどこでどうしているのかが気がかりだった
すると廊下から賑やかな足音が近付き、ガラリと襖が開いた
「―――菊理しゃまお待たせちまちた!………ってどうかちまちたか?」
「きゅ?」
「――ううん。なんでもないよ。食べようか」
菊理は首を振りながら笑みを浮かべると、先程の事を頭の奥に押し込めた
そして忘れるように目の前の甘いお菓子を一口食べる
「うん。美味しい!やっぱ疲れた身体には甘いものだよねぇ」
「そうでしゅねぇ。といってもここ最近は、穢鬼の出没も無くて平和でしゅけど」
「きゅう」
ただただ穏やかな時間だけが、この空間に流れる
「―――このまま何も起こらなければいいなぁ」
ぽつりと菊理が呟いた時、襖がゆっくり開いた
「―――――菊理、ちょっといいか?」
「嗣臣さん。どうしました?」
菊理は立ち上がり、嗣臣の元に歩み寄る
「少し道之の所に行ってくる。留守を頼む」
「分かりました。――――あ、ちょっと待ってください」
そう言って菊理は懐からある物を取り出した
「あの、これ」
「これは…………御守りか?」
「前に天鬼ちゃん達に被り物作ってあげたら、俺のは無いのかーって言ってたから作りました!……といっても、何あげたら喜ぶか分からなかったから、御守りにしちゃったんですけど」
「……そうか。ありがとう」
嗣臣が礼を言うと、菊理の頰に軽く唇を落とした
「――嗣臣さ……」
「菊理が願いを込めて作ったのなら、ご利益がありそうだ」
「えへへ……だといいんですけど」
菊理は一瞬嗣臣を見つめると、恥ずかしそうに視線を逸らした
「おーおー。お熱いでしゅね福。最近菊理しゃまへの愛情表現を隠しもちまちぇんね」
「きゅう」
天鬼が面白がるように、からかうと、福も同意するように鳴いた
「………うるさいぞ天鬼。いちいち冷やかすな」
嗣臣は少し照れた様に天鬼をたしなめる
その時、庭の方で急に何もない所から時空が歪んだ
「――――!!」
皆一斉にそれを見つめる
嗣臣は戦闘態勢に入り、天鬼と福は菊理を守るように前に出て構える
すると―――そこから1人の女性が出てきた
「つ……椿さん!」
それは行方不明になっていた月彦の使用人の椿だった
「お久しぶりで御座います。比良坂家の皆様」
「…………なんの用だ。何故結界をすり抜けられた」
「柱には狭間を立ち去る以前に、あらかじめ細工を施したので御座います。穢鬼や穢神は入れなくとも、私共には通用致しません」
静かに淡々事実を告げると、椿は更に発言を続けた
「それと……月彦様から伝言を言付かっております。『近々、常世と現世を1つの世界にまとめる為に動く』と」
「常世と現世をまとめるだと?」
その発言に嗣臣の眉がピクリと動いた
椿は表情を変えず、更に言伝を伝える
「左様。そしてその為に――――菊理様の力をお借りしたい。そう申しておりました」
「なっ…………!」
思わぬ要求に、嗣臣達の視線が一斉に菊理に向けられる
「わ、私の!?」
菊理も突然自分の名が出たことに、困惑と動揺が隠せないでいた
「昔からのよしみ故、大人しく従うなら命は取らないとの事で御座いますが―――いかがでしょうか?」
「俺が黄泉守人だと知ってそれを言うか………断る。菊理は絶対に渡さぬ」
嗣臣は怒りが滲み出ている声で断言する
それに答えるように、天鬼と福も椿を睨見つけながら菊理を守る
「左様で御座いますか。ならば月彦様は貴方がたと全面戦争をなさるでしょう。覚悟を持って対峙されますよう……それでは」
椿は一礼すると、その場を立ち去ろうとする
その後ろ姿を見て、菊理は思わず声を上げ引き止めた
「ま、待って椿さん!あなたはどうして月彦さんの味方をするの!?椿さんはそれでいいの!?」
「………私は月彦様の願いを支えてあげたいと思っているので御座います。それが例え、世界を壊すものであったとしても………」
そう言い残し、椿は歪んだ次元に入り消えていく
「………行っちゃった」
まるで何事もなかったかのように比良坂邸の庭に平穏が戻った
しかし嗣臣の表情は険しい
「―――菊理。予定変更だ」
「はい?」
菊理が顔を上げると、嗣臣は強い眼差しのままこう告げた
「今すぐ黄泉守人の緊急会合を行いにいく。菊理も付いてきてくれ」




