第36話 裏切りと決別
寿美の魂が光と共に消え――――
穢神の身体が崩れ始めると同時に、穢神にしがみついていた菊理の身体が力なく宙に投げ出され、落下していく
「天鬼!」
嗣臣が叫ぶと同時に、天鬼が跳び上がり素早く菊理を受け止めた
「主!菊理様はご無事に御座います!今はあの穢神を早く!」
天鬼が菊理を抱きかかえながら叫ぶ
嗣臣はそれに頷くと、手をかざし影を操る
地面から伸びた影がうねるように蠢き、鋭い槍のように形を変えて穢神の身体を貫いた
「グァァァァァァァァァァァ!!!」
穢神は断末魔の叫びを上げると、身体がバラバラと崩れ落ちた
崩壊したそれは、ただの肉塊と化していた
それを確認すると嗣臣は直ぐ様菊理の元に駆け寄る
「菊理!」
嗣臣が必死で呼びかけるも、天鬼に抱きかかえられている菊理は応答しない
目は開いているが虚ろで、意識が朦朧としているようだ
横にいる福が心配そうに菊理の顔を舐め続けているが、反応はない
「菊理!………どうしたんだ!何故急にまた意識が………」
嗣臣が動揺を隠せないでいると、背後から場違いなほど軽い声が静かに響いた
「―――おやおや?また身体への負担が大きかったのかな?やはり無理に授かった力は元人間には合わないのかな?」
「っ!?――――――月彦?」
「やあ、嗣臣。月の綺麗な良い夜だね」
嗣臣の視線の先には、いつもと変わらぬ笑みを浮かべた月彦の姿があった
いつもの調子で嗣臣に挨拶をする月彦に、嗣臣は目を見開く
「何故お前が―――――」
そこまで言いかけ、嗣臣は言葉を止めた
そして全てを察したように目の前にいる友人を睨みつける
「………いや、やはりお前なのか月彦。あの穢神に……………寿美に協力していたのはお前だな?月彦」
「あれ?バレてたの?上手く隠してたんだけどなぁ」
おどける月彦とは対照的に、嗣臣の目は更に鋭くなる
「俺の屋敷に寿美が侵入してきた時、確信したさ。結界の柱を場所を知っているのは御三家のみ。道之が白なら必然的に黒は……お前だ」
「あぁー!そっかぁ。それが分からなかったら流石に頭が悪すぎるかぁ。あの蜘蛛の穢神の能力は使えそうだなーって思っててさ、死なせるの惜しいなーって思って、5年前嗣臣によって瀕死になってたのを助けてやったんだよねぇ。おかげでいいサンプルが取れたよ」
そう月彦は悪びれもなく、子供のように無邪気に語った。その異様さが空気をより冷たくしていく
「………何故だ月彦。何故お前が裏切った。何が目的だ」
「うーん……なーんか、どうでも良くなったんだ。自分の使命とか、誇りとかがさ。どんなに抗おうと、僕は穢鬼に身体を支配されている。そしていつかはそれに呑まれる。これは僕が賽河家に産まれ落ちた瞬間から定められている運命だ」
先程の無邪気さとは打って変わって、今度は冷ややかな目を向けた
「どんなに善人であろうとしても、僕の努力や苦労が報われる日は一生無い。それならもういっそ、闇に身を落とした方が楽だと気付いたんだ」
「月彦………!」
「でも今、嗣臣と争う気はないんだ。今日は別れの挨拶と、これを渡しに来たんだ」
そう言って、月彦は懐から箱を出し、それを嗣臣に向け投げた
「これは……」
「菊理さんが今回のように身体への影響が出た時に、使う緊急薬さ。何個か作っておいたんだ。霊力共有治癒よりも効果がすぐ表れるよ。使うと良い」
「月彦……俺にここまでしておいて、何故闇に身を落とす!何故踏みとどまってくれなかった!」
嗣臣は感情を押さえる事なく、声を荒げる
それはまるで、裏切り闇に堕ちた友を引き留めている様だった
そんな嗣臣を、月彦は寂しそうな笑みを浮かべ見つめた
「………幼い頃、忌み子と蔑まれていた僕を、嗣臣だけは手を差し伸べてくれた事、覚えてる?『猛毒でも、使い方によっては人を救う薬になる。お前はそんな人材になれば良い』――――そう言ってくれた事、僕は本当に嬉しかった。その言葉があったから、僕はここまで腐らず来れたんだ」
そう温かい声で語る感謝の言葉に、嘘偽りは無いようだった
「…………でもね。それだけでは足りなくなってしまったんだ。単に、僕の欲深さがいけないんだ。ただ、それだけさ」
その目にはもう戻れない所まで来てしまった、という覚悟が滲んでいた
月彦は友と決別の意を表すかのように、背を向け常世の入り口に足を踏み入れた
「さようなら。嗣臣」
別れを告げ、月彦は常世の闇へと呑まれていった
嗣臣は己の無力さを抱えながら、ただただ常世の入り口を見つめていた




