第23話 託された命
屋敷に帰る為、菊理と嗣臣は大神邸の門の外にいた
見送りに大神一家も揃っている
「帰っちまうのか?今日うちに泊まっていってもよかったんだぜ?」
「いや、いい。さすがにそこまで世話になるのは気が引ける」
「そうかよ。じゃあ気を付けて帰れよ。最近はどうも穢鬼の行動が活発だ」
「ああ、用心する」
そう言って嗣臣と道之がお互いに言葉を交わすと、彼の隣にいた蓉子が口を開いた
「菊理さんもまたいらしてくださいね」
「はい!ありがとうございます」
菊理は元気よく答えると深々とお辞儀をした
「またね!菊理さん!」
「ばいばい!」
子どもたちが無邪気に手を振る姿に、菊理も思わず笑顔になった
そのまま踵を返し去ろうとした、その瞬間だった
ドオォォォン!!
「――――!?」
突如、地面を叩くような音とともに土埃が舞い上がる。視界が揺れる中、現れたのは6体の穢鬼だった
「穢鬼!?」
菊理は驚き目を見開く
「なっ!?ここ一帯は結界が張ってんだぞ!?なんでったって――――」
道之は信じられないと言ったように思わず叫ぶ。するとその言葉を遮るように容赦なく穢鬼の攻撃が始まった
「うわぁ!!」
攻撃が当たりそうになり、尚道が思わず声を上げた
「皆!身を隠せ!!」
嗣臣が声を張り上げると、皆一斉に茂みへ走り出す
その時だった
「あっ!」
道隆の足がもつれ転んだのだ
「道隆!!」
蓉子が後ろを振り返り名を叫ぶ
しかし起き上がれない道隆に、容赦なく穢鬼が襲いかかった
「危ない!!」
穢鬼の攻撃が道隆に当たりそうになるのと同時に蓉子が道隆に駆け寄った
「あ………」
穢鬼の攻撃は道隆には当たらなかった
しかしそれを庇った蓉子の膨らんだお腹に攻撃が刺さり血が滲み出ていた
「かーたん!!」
幼いながらに異変を感じ取った道隆が叫ぶように母を呼ぶ
蓉子はお腹を抑えうずくまっている
「お母さん!」
「蓉子さん!」
菊理と尚道も異変に気付くと、踵を返して蓉子の元へと急ぐ
「蓉子!!―――っく!」
道之も妻の元に駆け寄ろうとしたが、次々とくる攻撃で近寄る事が出来ない
「立てますか蓉子さん!早くこっちに!」
たどり着いた菊理が声をかけ、蓉子を支えながら茂みの中へ連れて行く
それを見た嗣臣が影を出し、天鬼と福を呼び出した
「天鬼!福!菊理達を守れ!」
「はっ!」
「きゅ!」
嗣臣の命令に、天鬼と福は菊理の元へと急いだ
――――――――――――
茂みに身を隠した菊理達は改めて蓉子の様子を見る
「うう………」
苦しそうにうめき声を上げる蓉子を菊理は眉をひそめた
(出血が酷い……お腹の子は大丈夫なのかな)
菊理はそう思いながら膨らんだ腹部に視線を移した
出血は未だ止まらず着物から血が滲み出ている
「お母さん……」
心配そうに尚道が呟くと、隣で道隆がシクシクと泣き始めた
「かーたんが……かーたんが死んじゃう……」
「馬鹿!変な事言うな!」
「だってぇ……ううー……」
「きゅー………」
福は慰めるように道隆の涙を舐め取る
(今お医者さんを呼ぶのは不可能……この怪我を治せるのは私しかいない……けど、透視をしながらの治療は今までしたことがない)
菊理は唇を噛みしめる
今までに眼に見える怪我の治療の経験はあっても、今回のように内部の治療は初めてだ
透視と同時に治療をしたらどうなるのか、全く予想がつかなかった
(失敗したら蓉子さんだけじゃなくてお腹の赤ちゃんも死んでしまう……私に……出来る?そんな事が―――)
そう思った時、ふいに菊理の手を蓉子が掴んだ
「蓉子……さん?」
「お願いです菊理さん……この子を……お腹の子を助けて下さい………私はどうなっても構いません。だからどうか―――」
その必死な願いに、菊理の目が見開かれる
そして先程のお腹の透視をした時の大神一家の嬉しそうな様子が目に浮かんだ
――――あの幸せを消してしまってはダメだ
菊理はそう誓い腹を括った
「――分かりました。でも赤ちゃんだけじゃなくて蓉子さんも必ず助けます」
そう静かに答えると、菊理は天鬼を見つめた
「天鬼ちゃん」
「はい菊理しゃま」
菊理の横でちょこんと座る天鬼の小さな手を取り優しく握った
「今から難しい治療をしなければならないの。……成功するか分からない。けど、このまま黙って見過ごすわけにはいかないの」
そう真剣な眼差しで天鬼の目を見つめる
「だから絶対穢鬼をここから寄せ付けないで。私は蓉子さんとお腹の赤ちゃんに自分の命をかける。だから天鬼ちゃんは私に命をかけてほしい………お願い」
菊理が言い終えると、天鬼は小さく頷いた
「―――御意」
そう返事をすると、天鬼は立ち上がり菊理に背を向けた
すると次の瞬間、天鬼の身体がグンと膨れ上がる。骨が軋むような音とともに、その姿は見る見るうちに大きく変貌していった
「この天鬼、死んでも菊理様の盾となり、お守り致す」
菊理との約束を胸に、天鬼は鬼神と化した
―――――――――――
「……菊理さん、お母さん助かるの?」
「大丈夫。必ず助けてみせる」
尚道に不安が伝わらぬよう笑顔で答えると、菊理は福の方に目を向けた
「福ちゃん。もしもの時は尚道君と道隆君を連れて逃げて。お願いね」
「きゅ!」
福の返事に頷くと、顔を引き締め蓉子の傷を見る
「……では、行きますね」
蓉子に声をかけると、彼女は無言で頷く
そして霊力の糸を出し、傷口からお腹を繋ぎ、胎内を視る
(………赤ちゃんの様子に特に変わりはないみたい)
胎内にいる赤ん坊は攻撃に遭っていないかのように元気に手足を動かしていた
その様子に菊理は少しだけ緊張が解ける
ふと赤ん坊の右腕に意識を集中させると、赤い傷が見えてきた
(……あ!右腕にかすり傷がある!でも目立った怪我はそれだけっぽい。よかった)
ホッと息を付くと、視線を蓉子に向けた
「蓉子さん。赤ちゃん元気です。でも腕をかすったみたいなので治しますね」
そう言うと、真剣な顔つきで赤ん坊の治療にあたる
(……集中しろ!今まで以上に!息を止めろ!)
呼吸すら忘れるほどに神経を研ぎ澄まし、霊力の糸を操った
繊細に、慎重に、赤ん坊の小さな傷へと糸を送り込み、丁寧に塞いでいく
そうしている間に無事傷口の縫合が終わった
「――――出来た。赤ちゃんの怪我治せました。次は蓉子さんの番です」
そう言うとそのまま休むことなく、今度は蓉子の傷口の処置をしていく
血に濡れた傷口に糸を走らせ、裂けた箇所を一つ一つ縫い合わせていった
最後の一針が終わった瞬間、菊理は息をついた
「………ふぅ。終わった……もう大丈夫だよ」
笑顔で子供達に声をかけると、子供達は母の元へと駆け寄る
「お母さん!」
「かーたん!」
子供達の呼び声に小さく反応すると、蓉子は菊理に視線を向ける
「ありがとう……菊理さん……」
か細い声で感謝を伝えると、菊理は笑顔で頷いた
そして辺りを見渡し、天鬼と福に指示を出した
「ここにいるのは危険だから、屋敷に戻りましょう。福ちゃんは尚道君と道隆君を乗せて、天鬼ちゃんは蓉子さんを運んで」
「御意」
「きゅ!」
指示に答えると天鬼は蓉子を優しく抱きかかえ、福は子供達を背に乗せさせた
そして歩き出したその時だった
「え………」
急に身体の力が入らなくなり、菊理はバタリとその場に倒れ込んだ
「菊理様!!」
「きゅー!!」
天鬼と福が思わず叫ぶが、呼び声に応えたくても力が入らず何もできない
(な……んで!?身体に力が入らない………!!)
まるで筋力が突然なくなったかのように指一本動かせなくなり、菊理は音もなく静かに動揺する
すると頭上に穢鬼が現れ、菊理目がけて攻撃してきた
(あ……これ終わっ――――)
菊理は死を覚悟した。が、その攻撃は当たらなかった
迫るはずの攻撃影に呑み込まれるようにして消えたのだ
次の瞬間、穢鬼の姿そのものが歪み、金切り声と共に砕けた
嗣臣が影の能力で倒したのだ
すると荒い息をつきながら駆け寄ってくる嗣臣の姿が視界に入った
「菊理!」
血相を変え、必死な表情で名を呼んでいるのが分かる
その姿をぼんやりと見つめながら
菊理は意識を手放した




