第21話 比良坂夫妻、大神家を訪問する
夜会での穢鬼襲撃事件から数日後――
菊理と嗣臣は道之に招かれ彼の屋敷を訪問していた
比良坂邸と負けず劣らず格式高い雰囲気に菊理は緊張しつつお茶をすすっている
しかしそんな雰囲気を壊すかのように、道之の明るい声が客間に響き渡る
「いやぁ、しかし良かったなぁ嗣臣。嫁への誤解が解けて、良い評判が黄泉守人界隈に広まってるらしいじゃねぇか」
そう言って道之は豪快に笑った
あの襲撃事件の時、菊理が自身の汚れた身なりも気にせず怪我人を治していた姿を、多くの黄泉人達が目撃し、その献身的な姿に心打たれたのだ
「あの心優しい女性が、男をたぶらかす悪女である筈がない」と皆口を揃えて言うようになり、悪評は一気に消え失せたそうだ
「元々火のない所から無理矢理出された煙だ。どうせすぐに収まると思っていたさ」
「それにしゃあ嫁の悪口に鬼の形相でキレてたじゃねぇか」
「それとこれとは話が別だ。下衆な勘ぐりをする者を黙って見ている程、俺は甘くない」
「だから二階堂を干したんだな」
淡々と答える嗣臣に、道之が面白がって茶化す
あの後、菊理が二階堂の悪行を嗣臣に伝えた事で、二階堂は数カ月の謹慎処分、そして自由恋愛倶楽部の解体を命じられたのだ
それと同時に倶楽部の存在が二階堂の妻や倶楽部に所属していたメンバーの家族にも知れ渡り、二階堂家は今、大修羅場の真っ只中だそうだ
「本当は黄泉守人の任を解いて永久追放してやろうと思ったんだがな。そこまでするなと菊理に止められた。あれでも温情をかけた方だ」
「しかしあいつも馬鹿だよなぁ。仮にも御三家の妻に手ぇ出して無事で済む訳ねぇだろ」
道之の『御三家』という言葉が気になり、この世界に来てから長らく疑問に思っていた事を、菊理は聞いてみる事にした
「あのぅ………今更なんですけど、嗣臣さんと道之さんって、もしかしなくてもとんでもなく凄い家柄なんですかね?」
「そりゃそうよ。黄泉守人の中で最も古い歴史がある一族だからな俺達は」
あっさり答えた大神に続き、嗣臣も静かに口を開いた
「我が一族比良坂家と大神家、そしてもう1つの一族は、現世と常世が出来上がったと同時にその管理を神に任せられた一族だ。ここまで続いているのは俺達しかいない」
捕捉された説明を聞き、菊理は大きく頷いた
「もう1つの一族っていうのはどんな―――」
御三家と言われる3つ目の一族を尋ねようとしたその時、廊下をドタドタと走る足音が聞こえたかと思うと、襖が勢い良く開けられた
「お父さん!」
「とーたん!」
元気な声と共に、2人の小さな男の子が飛び込んできた
「尚道!道隆!来たなぁ」
道之は嬉しそうに子供達を抱きしめる
すると遅れてゆっくり足音が近づき、1人の女性が入ってきた
「―――こら!2人とも!お父さんはお客様の相手をしているのよ?勝手に入ってはいけません!」
姿を見せたその人は芯の強そうな女性だった
全体的に華奢であるが、腹部はふっくらと大きく膨らんでいる
「もう入っちゃったもん」
「入っちゃった」
反省する気配すら無い子供達に、女性は困ったようにため息をついた
「ならせめてお客様にご挨拶を」
「こんにちは」
「ちわー」
子供達に挨拶をされ、嗣臣と菊理も挨拶を返す
その様子を見ていた道之は軽く笑うと、子供達を抱き寄せ膝に座らせた
「丁度いいから紹介するよ。うちの長男の尚道と次男の道隆だ。そしてこっちが妻の蓉子だ」
道之の家族紹介が終わると、その女性――蓉子は申し訳なさそうに頭を下げた
「すみません。お邪魔してしまって。私ではこの子たちに追い付けなくて」
「いいえ。構いません。奥様はお身体を大事になさって無理されないよう」
そう言って嗣臣は身重の蓉子を気遣う
「お父さん稽古しようよ!」
「けいこー」
子供達は父の手を引っ張りせがむと、道之はゆっくり立ち上がった
「そうだな、そろそろやるか。菊理、丁度いいお前も来い」
「わ、私もですか?」
突然呼ばれ菊理は目を大きく瞬かせる
「おう、3人まとめて見てやる」
こうして菊理は大神邸で修行をする事になった
―――――――――――
大神邸の裏庭に着くと、そこには比良坂邸よりも広い稽古場が設けられていた
白砂が敷かれ周囲には木々が並び、所々に稽古用の木人や的が置かれている
まさに武術に特化した稽古場、といった感じだ
そこでは早速、尚道と道隆が目隠しをしてひたすら的に攻撃を当てている
道之によると霊力だけを頼りにして的確に攻撃を当てる修行だそうだ
「はあっ!」
「とー!」
2人とも的を外すことなく、まるで見えているかの如く次々と命中させていく
「す、凄いですね。2人とも子供なのに……」
「俺が英才教育してやってるからな。特に尚道は筋が良い。将来俺と同じかそれ以上になりそうだ」
そう言って誇らしそうに尚道を見つめる
素早く的確に当てるその姿は、まるで道之そのものだった
しばらくすると子供達が手を留め、菊理の元に駆け寄ってきた
「菊理さんもやってみてよ!」
「やってー」
「ええ……こんなの出来るかな……」
子供達にせがまれ断る訳にもいかず、言われるがままに目隠しを付け的に向かい攻撃を当てる
「………えいっ!」
しかし霊力の流れを感じ取れない菊理は思い切り的を外した
「あはははは!大人なのにこんな事も出来ないのー?変なのー」
「変なのー」
子供達が声を上げて笑ったその時、2人の頭に道之の鉄拳がガンッ!ガンッ!とリズム良く打ち込まれた
「いてっ!」
「たいっ!」
「くぉらお前ら!出来ねぇ奴を馬鹿にすんじゃねぇ!そうやって見下して馬鹿にしてるようじゃお前たちは半人前以下だ!本当に強いやつは弱者を馬鹿にしたりしねぇ。優しく寄り添ってやる奴こそ、本物の強者だ」
父の雷が落ち、子供達はシュンとして下を向いた
「……はーい」
「……あ―い」
するとその様子を見ていた嗣臣が小さく笑みを浮かべた
「……ふっ。その言葉、俺が昔道之に言った言葉じゃないか」
「あの時お前にバッキバキに自尊心へし折られたからな。あれで改心したさ」
道之は苦笑しながら頭を掻く
菊理は詳細が気になり興味津々で大神に尋ねる
「嗣臣さん一体何したんです?」
「ガキの頃、自分で言うのも何だが俺は霊力の扱いや体術が上手くてな。相手が年上でも敵わないくらい強くて調子乗ってたんだ。そんな時初めて嗣臣と顔を合わせてな、格の違いってのを見せてやろうと思って、生意気な口を叩く嗣臣に対戦を申し込んだんだ。そしたら年下の嗣臣に指一本触れることすら出来ずに惨敗した。初めての挫折だったなぁありゃあ」
そう言って道之は懐かしそうに笑った
「うわぁ。嗣臣さんって子供の時から強かったんですね」
菊理が驚いたように言うと、嗣臣は静かに首を横に振った
「何も初めから強かった訳では無い。比良坂家の名に恥じぬよう、鍛錬に鍛錬を重ねた結果なだけだ」
「天才が努力すると異次元になる典型だよお前は」
「買いかぶるな。俺はお前の方が凄いと思っているぞ道之。お前は弱者の苦しみが分かる天才だ。だから菊理を頼んでいるのだからな」
顔色を変えずサラリとそう返すと、道之は照れくさそうに笑った
すると嗣臣の側に子供達が寄ってきた
「嗣臣おじさんはお父さんより強いの?」
「つおいの?」
そう尋ねられ、嗣臣は小さく頷いた
「ああ強いとも」
「じゃあ勝負だ!」
「しょうぶ!」
目を輝かせて勝負を申し込む幼い兄弟を見て、嗣臣は稽古場の中央に歩み出た
「なら2人まとめてかかってこい。俺に触れられたら君たちの勝ちだ」
嗣臣の言葉に子供達の表情がぱあっと明るくなる
そして勢い良く嗣臣に駆け寄り手合わせが始まった
子供達が楽しそうに嗣臣へ挑み、嗣臣がそれを軽やかにかわしていく
まるで遊んでいるような光景だ
その様子を菊理は微笑ましく見守っていた
その時ふと『嗣臣との子供が出来たら』という考えがよぎった
道之の息子達との関わりを見るに、子供の扱いは上手そうだ
きっといい父親になる――――
そう思った時、菊理は少しだけ胸が苦しくなった
嗣臣も少なからず自分に思いを寄せているといっても、菊理達は形だけの夫婦だ
そんな日が来るのかどうか、想像もつかなかった
そしてそれが苦しいと思ったと同時に、菊理はやっと自身の恋心に気付いてしまっていた
複雑な気持ちの中、菊理は優しい目で子供達の相手をする嗣臣をただただ見つめていた




