第19話 社交界の洗礼
日が沈みかけ、空が暗がり始めた頃
菊理と嗣臣は夜会が行われる洋館に到着した
石畳の道を進むと、そこには西洋を思わせる様なお洒落な館が建っていた
「わぁ……ここがその会場ですか」
赤レンガで造られた重厚な外壁に高い窓、装飾の施された柱
初めてみる世界に思わず声が漏れた
「ああ、ここは富裕層が集まる社交用洋館だ。今日は比良坂家を含む黄泉守人を担ういくつかの一族がここに集まっている」
「大丈夫ですかねぇ……私浮くんじゃ……」
不安そうに呟きながら、菊理は自分のドレスを見つめる
「大丈夫だ。舐められぬよう堂々としていろ……行くぞ」
そう言って嗣臣は左腕を菊理に差し出した
菊理は腕に手を絡ませると、2人はゆっくり歩き洋館の扉を開ける
(わぁ………中も煌びやかだ)
天井からはシャンデリアが輝き、奥では楽団が奏でる音楽が聞こえる
着飾った人々が談笑する姿はまるで幼い頃呼んだおとぎ話の世界のようだ
しかし、そんな煌びやかな世界とは裏腹に、チラチラと菊理を見てはヒソヒソと噂話をする連中がいた
『あれが噂の比良坂家当主の後妻か』
『なんでも当主が親にも黙って祝言を挙げたとか』
『それで先代がお怒りになり絶縁状態だそうだぞ』
『噂によると後妻は男を骨抜きにする魔性の女らしい』
『前妻が亡くなって弱っていた所を漬け込まれたのだろう』
『きっと比良坂家を乗っ取るつもりだ。恐ろしい女だ』
聞こえてくるのは菊理についての事実無根のガセ話の数々だった
皆信憑性の分からない噂をさも事実かのように信じているようだ
(………95%ウソなのに残りの5%は真実が混じっているのリアルだな……)
菊理がげんなりしていると、横から明るい声が飛んできた
「これはこれは比良坂家当主様!こんな所でお会い出来るとは」
2人が振り向くと、そこには笑顔を張り付かせた男がいた
「失礼。私二階堂家の者です。今比良坂家や大神家に続く勢いで勢力を伸ばしている一族なのですよ」
そう得意げに名乗ると、目線を菊理に向けた
「それにこちらは新しい奥様ではありませんか?お初にお目にかかれて光栄です」
「あ……えと……どうも……」
菊理は戸惑いながらも返事をする
すると二階堂は面白がるように口を歪ませた
「奥様の噂はかねがね聞いていますよ?なんでも次々男を狂わせ取っ替え引っ替えしている恋多き女性だとか」
「は?」
言っている意味が分からず思わずぽかんとしていると、二階堂はそんな菊理の反応を面白がるかのように調子よく話を続けた
「そんなにとぼけなくても大丈夫ですよ。色目を使い、当主様の懐に入られたんでしょう?控えめそうにみえてなんとも強かな――――」
「黙れ」
低く鋭い声が遮り、辺りはシンと静まり返った
嗣臣が男をゴミに見るような目で睨見つけている
「二階堂家など聞いたことも無かったが、そんなデタラメを信じる程、低俗な一族だということはよく分かった。そんな一族が我らと並ぶ日など一生来ぬ。去れ」
容赦ない言葉を放たれ、男はカッと顔が赤くなる
「――っこの!言わせておけば―――!」
怒りに任せ反論しようとした時だった
「よぉ!嗣臣じゃねぇか!」
聞き覚えのある陽気な声が向かい側から飛んできた
顔をあげるとそこにいたのは道之だった
「道之さん!」
菊理が明るく声をかけると、道之は嬉しそうな顔をした
「おう!菊理もいるじゃねぇか。しかしお前がここに来るなんて珍しいな。何百年ぶりだ?」
「……父に半ば強制的に来いと命じられたんだ。下らんと思ったが……成る程、こういう事だったのだと今納得した」
そう言って嗣臣は二階堂を睨みつけた
「――――っく!」
分が悪くなった二階堂は逃げるように去っていった
「あっはっはっ!ゴシップ好きの連中に絡まれたか!あいつら人の弱みにつけ込むの好きだからな」
道之は豪快に笑い、その背中を見送った
「そういえば道之、奥様はどうした?今日はいないのか?」
「ああ、カミさんは今コレでな」
そう言って手でお腹の膨らみを示す仕草をした
「もう腹もデカくなったしよ、こういう集まりはまたしばらくは出ねぇよ」
「そうか、3人目か……気にかけてやれよ」
嗣臣は若干表情を緩め道之に言う
「道之さんご結婚されてたんですね。っていうかお子さんまでいるとは………」
道之のプライベートを知らなかった菊理は、驚いたように声を上げた
「家の事は言わねぇ主義だからな。そうだ今度うちに来い。とことん修行見てやるぞ」
「はい!」
菊理が嬉しそうに返事をするのを満足げに見ていた道之は、急に思い出したかのように嗣臣に顔を向けた
「あ、それから嗣臣、お前の親父さんがあっちですんごい形相でお前の事待ってたぞ。早く行ってやれ」
そう言って笑いながら親指でホールの奥を指す
「ああ、分かった」
そうして道之と別れ、2人は晴臣の元へと急ぐのだった
―――――――――――
夜会に参加して小一時間経った頃
休憩を取りたくなった菊理は洋館の廊下のソファに1人腰を下ろしていた
「はぁ〜。疲れた」
先程まで晴臣の為に比良坂家へのガセ話払拭に付き合っていた菊理は身体を預けるようにソファに座り込む
晴臣が話している間、ずっと作り笑顔をしていたため頰が痛くなっていた
(ヒール履くのもしんどいし、早く屋敷に帰りたいなぁ)
ぼんやり高い天井を見上げていると、横から声が響いた
「やぁ比良坂夫人」
「あなたはさっきの……」
嗣臣と一緒にいた時に声をかけてきた二階堂という男だった
「これで君とゆっくり話が出来るな。さっきは邪魔が入ってしまったからね」
まるでこの機会を待っていたかのような口ぶりに、菊理は身体を強張らせる
そして二階堂は薄い笑みを浮かべるととんでもない事を言い出した
「あなたさ……俺の愛人にならない?」
「………は?」
菊理は意味が分からず聞き返した
「あなたの様な男好きはあの堅物相手1人じゃ満足出来ないんじゃないですか?うちではね密かに自由恋愛倶楽部を主催してるんですよ。どうです?不満、溜まってるでしょう?」
「お…お断りします!私は別に男好きなんかじゃありません!」
慌てて離れると、二階堂はおかしそうに笑い出した
「ははっ!強がらなくても良いんですよ?もっと素直になりましょう?ね?」
そう言って菊理の左手首を掴み距離を詰めようとしてきた
「やっ……!」
必死に抵抗しようとしたその時だった
ガシャン!!
「……へ?」
突然窓ガラスが割れる音がしたと同時に、掴まれていた左手首が急にフッと軽くなった
そして身に覚えのある悪寒が身体に走った時だった
「あ"あ"あ"あ"あぁぁぁぁ!!う、腕!腕がぁぁ!!」
二階堂が右腕を抑え叫び声を上げた
足元を見るとそこには切断された右腕が転がっていた
そして廊下には鋭い爪に血を付けた穢鬼の姿があった
不気味に光る目で菊理達を見つめ、まるで最高の獲物を見つけたかのように鋭い歯がのぞく口から唾液が滴っている
「な……なんでこんな所に穢鬼が……!?」
思いがけない襲撃に、菊理は息を呑んだ
華やかなこの洋館が、一転して地獄と化した




