第2話 そんな話は聞いてない!
『―――責任は取る』
男はそう小さく呟き菊理に血を飲ませた
こうして菊理は生き残る事が出来た………のだったが
彼女は今、男の屋敷の寝室で2つの布団がピッタリとくっつけられているのを見つめながら混乱していた
(確かに責任は取るって言ってた、言ってたけども!)
そう思いながら菊理は頭を抱える
「結婚の事だとは聞いてない!」
思わず大きな声が出してしまい、菊理は慌てて周りを見渡した
遡る事半日前―――
意識が戻った菊理は男の屋敷にいた
それと同時にタイミングよく部屋に入ってきた男は、菊理を見るなり「今から祝言を挙げる。準備をしろ」と言い残し彼女の疑問に答える間もなく去っていた
そして菊理は訳の分からないまま花嫁衣装を着せられ、訳の分からないまま式を挙げ、訳の分からないまま今この場にいるのだ
(ていうかあの人の名前すら知らないんだけど!?何も分からないままこのまま……するの?初夜ってやつを?)
元々菊理は根暗で陰キャだ
そんな彼女に彼氏など出来るはずもなく、恋愛経験はゼロである
なのに様々な段階をすっ飛ばしての初夜は非常にハードルが高すぎる
「そりゃ何も知らない訳じゃないけど……」
手をギュッと握りしめ、弱々しく呟きながら菊理は下を向く
すると廊下から足音が聞こえ、音が近づいてきたかと思うと菊理のいる寝室でピタリと止まった
「……入るぞ」
あの男の声が聞こえ、菊理はビクリと身体を硬直させる
「は…はい!…どうぞ」
声が上ずりつつも返事をすると、静かに戸が開き男が入ってきた
最初に出会った時の服装とは違い、和服の寝間着姿で整髪剤で整えていたであろう短い黒髪を下ろしていた
最初に出会った時よりも柔らかな印象に、菊理は思わず男をジッと見つめてしまう
「今日は慌ただしくて疲れただろう」
「い…いえ!そこまででは……」
急に話しかけられ、ハッと我に返った菊理は慌てて返事を返す
しかしその後の会話は続かず、沈黙が流れる
気まずい空気の中、突然男が菊理に向かって頭を下げた
「…………すまなかった」
「え?」
予想もしなかった謝罪に、菊理は戸惑う
「君の同意の元で俺の血を使ったとはいえ、何の説明も無いままここに連れ勝手に祝言も挙げた。戸惑っただろう」
「そ…そりゃあまあ……お互い何も知らないままですし……」
男の言葉に、菊理は困ったように笑みを浮かべ視線をそらす
男はスッと顔を上げると、真剣な顔つきで彼女を見つめた
「遅くなったが俺の事、そしてこの世界の事を話しておこう。あと君の事も知りたい。名前は?」
名前を問われ菊理は思わず姿勢を正し、改めて自己紹介をした
「菊理です……菊に理と書いて菊理」
「菊理……菊理媛命からあやかったのか?」
「おお!よくご存じで!」
男が名前の由来を当てたのが嬉しくて、菊理はつい身を乗り出した
『菊理』という名前は男が言っていた通り、日本神話のイザナミとイザナギの話で2人の争いの仲裁をしたと言われる女神、菊理媛命から取った名前である
ちなみに名付け親は神話好きの菊理の母だ
しかし、子供の頃から名前を知られる度にキラキラネームだなんだとバカにされ続けていた彼女は、今回初めて名前でからかわれる事が無かったのだ
「会ったことがあるからな」
「神様に!?」
男の発言に驚き勢い良く食いつくと、男は真顔のまま淡々と答えた
「嘘だ」
「ええ………」
良く分からない嘘を真面目につかれ、菊理は肩透かしを食らった
「菊理媛命は現世と常世の橋渡しをした女神だ。この世界で知らないものはいない」
先程の事なんてなかったかのように、男はまた話し出す
「常世……ここって所謂『あの世』なんですか?」
「近いが厳密には違う。ここは現世と常世の狭間だ」
「狭間………」
菊理は思わずその言葉を呟いた
そしてここは本当に死に近い場所なのだと、改めて実感する
「そうだ。この狭間で生きる者たちを『黄泉人』と言う」
「黄泉人……あなたは人間に見えるけど違うんですか?」
菊理の疑問に男は表情を崩さないままこう答えた
「俺達は人の心が読める。君の考えている事も手に取るように分かるぞ」
「マジでか」
男の特殊能力の暴露に、思わず菊理の素の言葉遣いが出る
「いや嘘だ」
「……なんで今嘘ついたんです?」
また良く分からない嘘を大真面目につかれ、菊理は思わず突っ込んだ
「面白みがある方が楽しいだろう?」
男は笑うでもなく淡々と聞かれたことに答える
(なんかよく分かんない人だなぁ………)
男の掴みどころない性格に菊理は振り回されていた
すると男が「冗談はこれくらいにしよう」と言い、更に話を続けだした
「黄泉人は神のように不老不死では無いが、緩やかに年を取る。そして霊力を持っている。君を助けた時に見たのがそれだ」
「ああ。あれが」
菊理はあのナイフを持った男が無数の黒い腕に掴まれ陰に連れ込まれて行ったのを思い出す
「その中でも俺の様に霊力の強い者は現世で亡くなった人間達を常世まで導く役割をしているが、稀に現世への思いが強すぎで現世に居座り続ける者や、狭間から抜け出してしまう者がいる。奴らを『亡者』というが、亡者は人間を襲い食い力を蓄え『穢鬼』になり更に力と霊力を蓄え続ければ『穢神』になる。それらを祓う役目も俺はやっている」
「穢鬼や穢神……私を襲って来たのもそれですか?」
菊理の質問に男は首を横に振った
「あれはまだ成り変わる前の亡者だ。だが成り変わる直前だったのだろう、力を蓄えていたから君は襲われたのだと思う。あの亡者が穢鬼や穢神に変わっていたらもっと禍々しい見た目になっていただろう」
まだ見たことのない異形の説明に、菊理は少し身震いした
もしかして自分はとんでもない世界に足を踏み入れたのではないか―――
今更ながらやっとそれに気付いたのであった




