第11話『鬼神』天鬼
「菊理様に害をなす者は何人たりとも許さぬ………来い!」
低く響く声がこの小道に響き渡る
天鬼から発せられる闘気が周囲を威圧させ、木々をざわめかせる
すると穢鬼達は見計らったかのように一斉に天鬼に攻撃を仕掛けた
それを天鬼は片腕を振り上げ力の限り振り下ろし、穢鬼を薙ぎ払う
「天鬼……ちゃん!?その姿は一体………!?」
突然の変貌に菊理は理解が追いつかない
あの可愛かった天鬼は今、荒々しい猛獣のように穢鬼に歯向かっている
「やはりこうなったか。天鬼を護衛に付けてよかった」
聞き慣れた低い声が耳に入り、菊理は後ろを振り返る
そこには任務を終えた嗣臣がいた
「嗣臣さん!」
菊理は安堵と驚きが入り交じった声を上げ、嗣臣に駆け寄る
「これが天鬼の本来の姿だ」
「これが…天鬼ちゃんの本当の姿……」
菊理は息を呑み天鬼を見つめる
天鬼は尚も鬼神の如く穢鬼を殴り、握り潰し、叩きつけている
「天鬼は『山人』という妖獣で、本来ある山を守る妖獣だった。だが現世でその山を荒らす不届き者がいてな。怒りに狂った天鬼は暴走し、危うく魔獣になる寸前の所で俺が服従させ眷属にしたんだ」
天鬼の過去を語る嗣臣の言葉には当時の闘争の激しさが滲んでいた
「この天鬼ちゃんをよく服従させましたね」
「一悶着合ったがな。それでも最終的には俺に忠誠を誓い眷属になった」
そう言って嗣臣は天鬼を見つめる
その瞳には誇らしさが映っているようだった
「己の信条に反する者は力を持って排除する―――それが天鬼だ」
言葉を言い終えるのと同時に、天鬼が最後の穢鬼を叩き潰した
そしてゆっくり後ろを振り返る
「―――――主」
嗣臣の姿を見つけると、巨体を揺らしながら近づき、彼の前に跪き深く頭を垂れる
「よくやった天鬼。礼を言う」
「ありがたき幸せ」
そこには先程の殺気に満ちた闘気は無く、ただただ主に向けた忠誠心だけがそこにあった
その光景を離れた所で見守る菊理は何故だか誇らしさを感じていたのだった
――――――――――――――
その日の夜
比良坂邸の寝室では一家の主とその下僕の静かなる攻防戦が繰り広げられていた
「………………天鬼。いい加減戻れ」
嗣臣は腕を組み不機嫌そうな顔で天鬼に命令する
「嫌でしゅ」
しかしそれは一瞬で却下された
天鬼は嗣臣をジトリと睨み、菊理にしがみついて抵抗する
夕方見せた忠誠心は何処へやら、天鬼は主人の言うことを聞かず菊理の元を離れようとしない
「もう寝る時間だ。お前も戻って寝ろ」
「天鬼は菊理しゃまと一緒に寝ましゅ」
頑なに離れない天鬼を見て、菊理は思わず吹き出した
「もう天鬼ちゃんったら、甘えん坊さんなんだから」
困りながらもあまりの可愛さに頰が緩んでいる
「天鬼は菊理しゃまが大しゅきでしゅー」
「私も大好きぃー」
そう言って2人は抱きつくのを、嗣臣は複雑な気持ちで見つめる
「……ここは夫婦の寝室だ。お前が邪魔していい場所じゃない」
「天鬼は菊理しゃまをお守りする役目がごじゃいましゅ」
「ここは俺の屋敷だから結界を張っている。菊理が危険な目に遭うことはない」
嗣臣が正論で反発するが、天鬼はそれに動じず菊理に顔を埋める
「いいじゃないですか。3人で一緒に寝れば」
「いやそれは……」
菊理は笑顔で提案するが、嗣臣は言葉を濁す
「あるじ」
「何だ」
天鬼はジトリと嗣臣を見ながらこう続けた
「菊理しゃまの事、しゅきならしゅきって言わないとダメでしゅよ?」
「―――っ!」
天鬼の核心を突いた言葉に、嗣臣の声が詰まる
「あ、天鬼ちゃん!?」
菊理が顔を真っ赤にし、驚いて天鬼を見下ろす
「菊理しゃま言ってまちた。主は菊理しゃまの事何とも思ってないはずだって。菊理しゃまを悲しませる人は許しゃないでしゅ。だから天鬼も一緒に―――」
「………天鬼『影』へ戻れ」
天鬼の言葉を遮るように命令し、手をかざした
その瞬間、天鬼の周りの時空が歪み始めた
「あ!!卑怯でしゅ主!それを使うなんてぇーー!!」
天鬼は抗議の声を上げながら影に吸い込まれ消えていった
「………天鬼を俺が管理する影に戻した。全くおしゃべりな奴だ」
嗣臣は菊理に背を向け、疲れを滲ませながらため息をつく
「………あの、嗣臣さん?」
菊理はそんな嗣臣が気になり、おずおずと声をかける
「何だ」
「どうしてこちらを向かないんです?」
「聞くな」
ぶっきらぼうな返事しかしない嗣臣の反応に、菊理はもしや…と感づいた
「あの……もしかして照れてます?」
「………やかましい」
小さく呟かれた声は、僅かに揺れていた
(……図星だぁ)
菊理は嗣臣が少なからず自分の事を思ってくれているのだと分かり、嬉しさと気恥ずかしさが混じる
「……寝るぞ」
「はい……ってきゃっ!」
布団に入ろうとした瞬間、急に身体を引き寄せられた
菊理の顔に彼の胸板が当たる
「あ、あの嗣臣さん!?」
抜け出そうにも腕でしっかり抱きしめられ抜け出せない
「………何も思ってない奴がここまでする訳ないだろう」
頭上からぽつりと呟かれた言葉に、菊理の動きが止まる
言葉の真意を確認したくて嗣臣を見上げる
「それって……」
「もうこれ以上は言わん」
しかし嗣臣はそれ以上は答えず、手早く灯りを消すと布団をかぶり菊理を抱きしめたまま寝始めた
「え?ちょ、ちょっとこのまま寝ないで下さい!離してーー!!」
菊理の叫びが寝室にこだまするも、抵抗虚しくそのまま眠ることとなったのだった




