第10話 小さな護衛
「護衛をつける?私にですか?」
突然の提案に菊理が目を丸くして尋ねると、嗣臣は大きく頷いた
「ああ、この前の一件もあったし、俺のいない所で何かに巻き込まれると困る。だからだ」
そう言われ菊理は数日前穢鬼に襲われた事を思い出し、バツの悪そうな顔になる
「………すみません」
「別に謝ることではない」
嗣臣は気にしていない事を示すように短く返した
すると菊理がハッとした表情で嗣臣を見上げる
「でも護衛って誰がしてくれるんです?人を雇うんですか?」
「いや、俺の眷属をつける。この前見た妖獣がいただろう?それを菊理に付ける」
嗣臣が戦っていた時に出した猫と竜が混ざった妖魔を思い出し、菊理は手をポンと叩いた
「ああ、あのモフカッコいい猫ちゃんか」
「モフ……?猫柳の事か」
「そうそうその子。モフモフでカッコいい、略してモフカッコいいです!」
菊理が満面の笑みでグッと親指を立てると、嗣臣は怪訝そうな表情を浮かべた
「………よく分からんが、菊理には猫柳は付けないぞ」
「ええー!」
あの柔らかな毛を堪能出来ると思っていた菊理はあからさまにガッカリする
「代わりにこちらを付ける………天鬼出てこい」
嗣臣が命令すると、時空が歪み何もない所から丸い青色の塊が出てきた
「はっ。ここに」
「今日から俺がいない時、菊理を守れ」
「御意」
主にそう告げた青い丸い塊はすくっと立ち上がり、くるりと身体を向け口を開いた
「我が名は天鬼!主の重鎮なる下僕である!菊理しゃまはこの天鬼が命を賭してお守りいたしましゅぞ!」
舌っ足らずな言葉で自己紹介をした青い丸い塊―――天鬼は胸を張って菊理の前に立っている
青い身体の正体は天鬼の体毛で、動物の毛のようにフワフワしているが顔と手足には毛は生えておらず、剥き出しのまま肌が出ている
手足の爪は鋭いものの、つぶらで大きな瞳の可愛らしい顔をしており、まるで1〜2歳の幼児が着ぐるみを着ているようである
菊理はぽかんと口を開け、天鬼を見つめる
「………か」
「か?」
「可愛いいいいいいい!!!」
菊理は声を上げながら勢いよく天鬼に抱きついた
「きゃーー!!」
天鬼は驚きと嬉しさが混じった悲鳴をあげる
あまりの可愛さに、菊理は天鬼を抱きしめ頬に頬擦りをすると、柔らかな毛のフワリと菊理の身体に埋まり、頬のプニプニとした感触が肌に伝わった
「何このモフモフ!このプニプニほっぺ!そしてこのぽてぽてフォルム!!全てが可愛すぎるううううう!!」
「止めてくだしゃいいいい!くしゅぐったいでしゅううう!!」
久しぶりのモフモフ触感に菊理は悶える
天鬼は手足をバタバタと動かし抵抗するが、それが余計可愛らしさを引き立てていた
「…………菊理、落ち着け」
一歩引いて見ていた嗣臣が冷静に菊理を咎める
しかしその目にどこか優しさが宿っていたのを、天鬼は見逃さなかった
こうしてこの日から菊理に小さな護衛が付くことになったのだった
――――――――――
その日以来、菊理は天鬼を可愛がり何処にでも連れ回していた
外に出る時は勿論のこと、屋敷内を移動する時ですら菊理の後ろにはフワフワの青い塊がついて回った
天鬼も菊理にとても懐き、彼女の姿を見つけては胸に飛び込み抱きつくのがいつしか定番化するようになっていた
嗣臣がいる時でもベッタリしている2人を見て、彼は内心複雑である事を菊理は知る由もなかった
ある日の事
買い物を終えた菊理と天鬼は屋敷に帰る道を歩いていた
夕暮れで日は茜色に染まり、映し出される影は縦に伸びる
菊理が暇つぶしにと買った本や雑誌の入った重い風呂敷を天鬼が軽々持ち上げている
「天鬼ちゃん力持ちだねぇ。重くないの?」
「大丈夫でしゅ!天鬼は力持ちなのが取り柄でしゅから!」
そう言って元気いっぱいに返事をする天鬼を菊理は微笑ましそうに見つめる
「ねぇ菊理しゃま」
「なあに?」
「菊理しゃまは主のどこが好きなんでしゅか?」
「へぇ!?」
唐突な質問に、菊理は素っ頓狂な声を上げる
心臓の音がはやくなり、動揺を隠せない
「ど、どこが好きって言われても……えっと」
確かに最初の頃に比べると、嗣臣の事を意識する事が増えた
不器用なりの彼の優しさや、命懸けで守り抜いてくれる強さを目の当たりにし、気が付けば心惹かれている自分がいた
しかしこれを愛する気持ちと認めていいのか、菊理は確信出来なかった
「嫌いなんでしゅか?」
「嫌いじゃないよ!断じて!……でも嗣臣さんは私の事何とも思ってないだろうし……」
首を傾け曇りなき眼で問う姿を見て、菊理は慌てて否定した
そもそも嗣臣は前妻の寿美の事を忘れられずにいる筈である
だから口うるさい外野を黙らせる為に偶然出会った菊理を妻に迎え、形だけの結婚をしたのだ
それなのに自分の事を女として見てくれるわけが無いのでは?と疑問に思っていた
「そんな事無いでしゅよ?主は菊理しゃまの事が大好きでしゅ」
「え…えぇ!?嘘ぉ!?」
予想外の言葉に、菊理は驚きを隠せない
同時に頰が熱くなるのを感じる
「嘘じゃないでしゅ。本当でしゅ。菊理しゃまを見ている時や、お話している時、優しい目をしていましゅ」
(どんな時も死んだ魚の目しかしてないけどなぁ……)
菊理は嗣臣のあの生気のない目を思い浮かべ苦笑いする
「………主があんなに嬉しそうなの久しぶりでしゅ。前の奥方しゃま……寿美しゃまを亡くしてからずっと、主は心が空っぽだったから」
「あ……」
それを聞き菊理は言葉を失う
嗣臣が寿美を失った事がいかに心の傷になっていたのかが伝わり、胸が痛む
「でも菊理しゃまがお嫁に来てくれて、主の心がまた戻って来た気がしましゅ。菊理しゃまのおかげでしゅ!」
しかし天鬼の嬉しそうに語る姿を見て、菊理は少し照れくさくなる
「そうかな……えへへ……」
和やかな空気が漂っていたその時―――
菊理の全身に凄まじい悪寒が走る
(―――――え?また……)
それは数日前、初めて穢鬼に対峙した時と同じ感覚だった
菊理が足を止めたその直後
―――ザザザッ!!
2人の前に突然穢鬼が立ちはだかった
黒く歪んた身体が道を塞いでいる
「―――っ!?穢鬼!!」
菊理は咄嗟に踵を返して逃げようとするも、後ろにも穢鬼が現れた
「そんな!囲まれた!?」
絶体絶命の状況に、心臓が早く脈打つ
「菊理しゃま下がって!!」
天鬼が叫んだその時、一体の穢鬼が飛び掛かった
「グァァァァァァァァァァァ!!」
「天鬼ちゃん!!」
穢鬼が叫び声をあげ天鬼に襲いかかった
周辺は砂ぼこりが立ち登り視界が悪くなる
すると突然、その中から『何か』が勢い良く投げ飛ばされた
地面に叩きつけられたそれを見て、菊理は息を呑んだ
「………え?」
それは穢鬼だった
形がひしゃげ、原形を留めていない
まるで手足を折られてしまった人形のようだった
「…………菊理様に近付くな愚か者め」
低く重い声が響いた
砂ぼこりが捌け姿を現したのは小さく可愛い天鬼ではなく、青色の毛に覆われた大きな怪物だった
鋭い爪、青白く光る双眼、膨れ上がった筋肉、全長2〜3メートルはありそうな怪物が圧倒的な威圧感を漂わせそこに存在している
「我が名は天鬼。比良坂嗣臣に使える眷属なり」




