90.そうして私は
魔王は『魔王様』に選ばれた。
勇者は『国王様』に選ばれた。
なら、その『魔王様』は誰に選ばれたと言うのか。『国王様』は誰に選ばれたと言うのか。
続く因果と続く輪廻。続く想心と続く生命。
カルマと呼ばれたその業は、一体誰のものなのか。何処まで続き何処まで行くと言うのだろうか。
『力を貸そうか?君がその―――をくれるなら』
黒い本のその言葉に、私は迷う事無く首を縦に動かした。それが正解だったのか不正解だったのかは分からない。
答えなんてないんだと思う。私の中にも彼の中にも、正しさも間違いもそこには無いみたいに。だからこそ人はその手で大切な誰かを守ることが出来る。
大切な誰かを、つくることが出来るんだ。
「『勇者』に私を選んだのは失敗だったんじゃないかしら。ね、国王様?」
「……サナっ!」
聞こえる声に振り向けば不適な笑顔で立つサナの姿がそこにあった。目の辺りにあった傷はもうそこには無く、体中の痛々しい傷もそこには無い。悠然としたその佇まいは如何にもいつものサナその者。
どうやらネイルの魔法で傷を癒して貰ったらしい。
「サナっ、大丈夫なの?」
「ええ、大分ね。ネイルに感謝だわ」
微笑するサナ。そんなサナに私の顔にも自然笑顔が零れる。
「……だけど、ホントに恐ろしいものね、『魔法』なんてものは。まぁ、原理と原料と構成が分かってしまえば、その恐ろしさも頷けるってものだけれど」
手にした剣を横に一振り、サナは構える。
「こんな恐ろしい中毒性のあるものは、無くしてしまった方がいいんじゃないかしら?」
不敵な笑顔で国王に対峙するサナ。
その少し後ろでネイルは既に杖を構えていた。そうしていつもの無邪気そのものの笑顔で「ブカはちょっと重症だったからなっ、まだあそこで寝てるけど大丈夫だぞ!」と、私に笑う。
ネイルの少し後ろ、横たわるブカ。
血だらけで血まみれなのは先程と何ら変わらないが、静かに眠っている姿はよっぽど大丈夫な様だ。私はほっと胸を撫で下ろす。
「ねぇ、国王様」
サナのその冷たくも艶かしい、まるで闇へと誘う悪魔の様な声に私の肌はぞくりと泡立つ。
「私にはまだ疑問があるの」
「ふん、疑問か……。いいだろう、この際だから何でも答えてやるぞ?勇者殿」
その国王のバカにしたような抑揚に「本当にいちいち苛々する男ね」とぼそりと呟くサナ。
「魔王となる人間と、贄となる人間をセットにするのは何のためだったの?」
私とアルファルド君。
最初の最初から二人は一緒だった。
国王が笑う。
「途中で諦める者が多数出てきたからだ。本来魔王は監視役でもあった。贄となるものが役目を果たすためのな。魔王となる者は最初から知っていて贄となるものと行動を共にしていたのだ。結乃、お前だけは別枠だったがな」
「私が別枠って言うのは、前魔王様が貴方を裏切ったから?」
「何だ、そこまで承知の上だったのか?」
私の言葉に少しだけ国王様は驚いたようだったが、すぐに「裏切った、か。その言葉、あの女にも伝えてくれまいか」とにやりと笑う。
「その時のあの『魔王』だった女の顔が見てみたいものだ」
「…………」
『お嬢さん、昔話はそろそろ終わりにしろ』
頭の中で響く声。
その声に、私は「……そうだね」とゆっくりと小さく言葉を返した。
「……私だけ何故『別枠』だったのかは知らない。前魔王様が貴方を裏切った、その理由も私は知らない」
私は手に力を込める。
光が集まり、そこには一振りの剣の姿。
「この世界がどうなろうと、私は知らない。私は、私が『今』やるべき事をするだけ」
足に力を入れダッと走り国王に剣を振りかぶり叩きつける。が、それは国王に当たる前に光の粒となり霧散する。私はそのまま手を叩き腕を振る。小さな無数の氷の刃が国王に向かって行くが、それもまた国王に当たる前に霧散する。
「私に『魔法』は効かないぞ?」
『お嬢さん。あいつに魔法は効かないと言ったはずだぞ』
笑う国王と頭に響く声が被さる。だが、そんな事は最初から知っていた。ただ確かめたかっただけなのだ。
「魔法は私の一族が造ったものだからな。対処法も強みもそして弱味も心得ているよ」
薄く笑う国王の言葉に、私も「そうみたいだね」と笑う。
その直後、一陣の風が私の横を通りすぎ、ガキィンッ!という金属音が辺りに響き渡る。
「なら私の出番、かしら?」
国王に刃を向けるサナ。
振るった剣は、国王の防御壁に阻まれるも国王の顔から笑顔を消す事には成功したようだった。だが、サナがいくらその剣に力を込め振るっても、国王の防御壁が崩れる事は無い。
「それではさきほどまでと同じだぞ?」
「そうね。でも、さっきまでと違う所もあるわよね?」
サナがバッと国王から飛び退くと同時に、私とネイルのダブルの魔法攻撃が間髪置かずに国王へと向う。
ネイルは炎の竜、そして私のは風の竜だ。
二つの竜は重なり合い、そして交じり合いさらに巨大な一匹の竜となって辺りを巻き込み破壊しながら国王に向かって行く。
予想以上にでかくなり過ぎたソレに、ヤバイと思ったが後の祭りだった。
「アルファルド君っ!」
国王の傍にはまだアルファルド君もいる。
熱風吹き荒れる中私は叫んだが、竜の視角となっていてアルファルド君も、さらに言えば国王も見る事は叶わなかった。
だが、そんな心配も無駄だったようだ。
「何度も言うが、私に魔法は効かない」
そんな声が聞こえたかと思うと、あれだけ巨大だった竜が一瞬にして消える。その直後、消えた竜の消滅風らしきものにより私、そしてサナとネイルも吹っ飛ばされる。
「……っ!」
サナは剣の一閃で凌いだが、私とネイルは吹き飛ばされ壁にぶち当たる。
「……っ、結乃!ネイル!大丈夫っ!?」
サナのその声に返事をしたかったが背中から壁にぶち当たった影響か、口からは漏れ出す様な息の音しか出ない。身体中が痛くてヤバイ。骨とか内蔵とかやっちゃってないか心配。
一方ネイルは頭を打ち意識を飛ばしてしまったのか横たわったまま動かない。
「……無駄な痛みも苦しみも、無ければ無い方が良いだろう」
冷めたような顔でネイルの方にちらと視線を向けた国王は、足をそちらへと向けゆっくりと歩き出す。
「……っね……っ!!」
声が出ない。
体を動かそうとすると骨が軋んで痛い。節々が痛い。床に手を付いたまま、私は動けない体と格闘する。
そんな中、ガキィンッ!と金属音が聞こえた。
見るとサナが果敢に一人で国王に刃を向けていた。
「諦めの悪い虫だな」
「……っ、人を虫呼ばわりしないで貰えるっ!!」
サナの攻撃は止まなかった。無機質な金属音がずっと鳴り響き続ける。
だが、それが国王に当たることも掠る事さえも無く最後には国王の魔法でサナまでも吹き飛ばされ壁にぶち当たる。
「……さっ、な!!」
サナは動けないのか小さなうめき声を上げるだけでピクリともしなかった。そんなサナに国王の手にした豪奢な剣の切っ先が向く。だけど国王は少しだけそのまま思案する様にした後、剣をゆっくりと鞘へと収めた。
「ユノ、行くぞ」
そう口にし、アルファルド君を導くかのように一人何処かへと歩き出す。アルファルド君はそれに着いて行く。
「……っ!!」
止めないと。今それに着いて行ったらアルファルド君は戻らない。だけど体が思うように動かない。少しの振動でも体が悲鳴を上げる。痛い。
だけど。
「っあ、ルファルド君っ……!!」
私は痛みを堪え一人立ちあがる。息を吸い込み大声で叫ぶ。アルファルド君の背中ががピクリと揺れる。
いなくなるのは嫌。
苦しむ姿を見るのは嫌。
悲しんでる姿を見るのも嫌。
彼は振り向かない。
「……ねぇ、アルファルド君!!お願い、だから……っ」
死よりも辛い痛みを私は知っている。
死よりも苦しい悲しみを私は知っている。
死よりも酷い『残酷』を私は知っている。
だから。
『お嬢さん、代われ』
そんな頭の中で響く言葉に私は意識をゆっくりと手放した。私じゃない私の不敵な声が沈み行く意識の中で聞こえる。
「……僕の体をあまり傷めつけないで貰えるかな?」
『私』の口元がにやりと不気味に吊り上がる。




