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大樹の影には  作者: 稲葉 鈴


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3.購買にやってきました

 うっきうきで一階に降りて、あっちに購買がある、と説明されたところの角を曲がる。そこは、とても広い商店だった。



「え、ひっろ……」



 ケロールの森で産まれて育った。確かに森は広い。それでも、人が住む家は自分の家くらいだ。師匠と住む、エルダートレントの切り株の家。


 一番近いのは、ボドワンの町。三十分くらいで到着するその町の、多分一番大きい商店くらいの大きさじゃないだろうか。この購買。


 思わず入口のところで固まってしまう。自分のような森育ちの、田舎者がきていいところなんだろうか。



「あらいらっしゃい」

「あ、はい」



 自分の突っ立っている入り口の真向かいが、カウンターだった。お会計とかするところ。


 そこからひょいと顔を覗かせて、ふくよかなおばちゃんが手招きをしてくる。入っていいらしいので、恐る恐る店内へ足を踏み入れる。


 店内には棚が一杯並んでいる。いっぱいだ。こんなに見たことない。



「どうしたの」

「お腹が空いてぇ」

「じゃあこっち」



 カウンターを出たおばちゃんが、僕を手招きする。僕はそれに従って、棚の角を曲がる。元の場所に戻れる自信はもはやない。森の中なら迷わないんだけど。



「サンドウィッチがおすすめよ」

「おお、こっちも沢山ある」



 ひんやりとした棚に、サンドウィッチがたくさん並んでいる。バゲットタイプのパンを半分に切って、その間に具材を挟んである奴だ。町に行くとよく買う。自分で作る場合は挟むのが面倒くさいからオープンサンドだ。つまりただ切ったパンの上に具材を……面倒くさいから乗せないで、バターすら塗らずに、ジャムも塗らずにそのまま齧ることが多い。そして師匠に怒られる。


 町のパン屋の棚に並んでいるのはチーズの奴とか、チーズとハムの奴とか。僕が行く時間帯ではもう大体売り切れていて、残りを何か適当に買うんだけれど。


 それが、一杯、ある。今、目の前に。選び放題だ。



「あの」

「あたしのおすすめはこのサーモンのヤツ」

「おいくらですか」

「11ブラーよ」

「チーズのは」

「10ブラーね」

「一個ずつください」



 思いの外安い。


 初級傷薬の水薬一本の買取価格で二つもサンドウィッチが買える。お昼の分と夜の分だ。ついうっかりお昼を食べるのを忘れていたんだからしょうがない。



「明日の朝は、明日の朝また買えばいいのよ。そんなに早く出るの?」



 だから一つだけにした方がいいのではないかと言われる。どうやらこの購買は、朝も早くから、夜遅くまでやってるそうで。



「お昼、食べてなくて」

「じゃあ飲み物も買いなさい」



 チーズのサンドウィッチとサーモンのサンドウィッチを抱えて、僕はおばちゃんの後についていく。お水ならあるしお湯も作れるから、別にいいんだけど。あ、でも、甘い奴なら欲しいかもしれない。



「茶葉はこの辺ね」

「見たことないのしかない」



 なんかいっぱい書いてある。


 棚には値札が貼ってあるけれど、見たことのある名前が一切ない。町の雑貨屋で売ってるのとは、ラインナップが違う。待って分かんない。淹れ方とかわかんない。


 お土産にいいかもしれないな?


 値段もそんなに高くはない。お茶の一つの包みが10ブラーから15ブラーくらいで、この後中級傷薬の水薬を納品する身としては、これくらいならお土産に買えるかもしれない。


 師匠にじゃなくて、町の人たちに。町の錬金術師ギルドの人たちとか、ちょくちょくお世話になっている雑貨屋さんとか。パン屋さんとか。



「瓶詰がいいならこっち」



 多分茶葉が置いてあっただろう棚の側に、こっちもひんやりとした棚があった。そこに、瓶詰の恐らく飲み物が並んでいる。



「ええと」

「甘いのがいいなら、アシャシュかバザンかしらね」

「アシャシュください」



 オレンジの一つ、アシャシュは甘くて酸味があって、僕は好きだ。黄色くて透明で不透明な水分が入った瓶を、おばちゃんが取ってくれる。とりあえずは一本でいいかな。もう一本欲しくなったら、また買いにくればいいか。ちなみにバザンは、リンゴの品種。らしい。この辺りではよくとれる奴らしい。


 アシャシュのジュースも、他のも、大体一本5ブラーくらい。その分瓶も、大きくはない。


 とりあえずはサンドウィッチ二つとジュースを買って、ほくほくで借りている工房へと戻る。


 そろそろ中級の傷薬は冷めただろうか。でもそれを確認する前に椅子に座ってサンドウィッチの包みを開く。こっちは、サーモンの方だ。


 魔法の鍵で瓶のふたを二回叩く。よく分からないんだけれど、こうすると瓶のふたが開くのだ。本当にどうしてそうなるのかは分からないだけれど、多分、これも魔法の一つなんだろう。


 師匠はそういう説明、したがらないから。


 錬金術師の工房に、窓はない。後、時計もない。そもそも時計は広場とかに行かないと無い。多分、商業ギルドとか、そういう大きな街にある大きな施設には、あるかもしれない。


 錬金術師のギルドにも、あるような気はする。時計を作るような錬金術師がいれば、だけど。


 時計は錬金術を使って作るものと、技師が作るものがある。どっちか高性能、っていうのを僕はよく知らない。多分、腕がいい方が高性能だと思う。


 つまり何が言いたいかって言うと、僕は結局今の時間が分からない。


 ぼんやりとサーモンのサンドウィッチにかぶりつきながらそんなことを考える。森にいた時も、時間なんて考えないでいた。


 でも、明日の昼頃の馬車に乗る必要があるから、時間は理解していないといけないわけだ。


 朝カバネルの町を出た馬車がバイエに到着したのが昼前。それから錬金術師のギルドに到着して、手続きをして、工房を紹介して貰って初級傷薬を作った。それには多分そんなに時間は経っていないと思う。


 そりゃいつもより沢山は作れたけれど、鍋も大きかったから一回で作れたし。


 その後中級傷薬も作ったけれど、それだってまだ多分夜にはなっていないはずだ。夕方くらい。それで今休憩を取って、この後中級傷薬の水薬を瓶に移して下に……運んでもらって。自分で運ぶのはやめた方がいいだろうから。


 それで多分夜になるだろうか。


 というか下に行った時に外を見てみればいいのか。そこで見るしかなんだけど。だって今から見に行くの、ちょっと面倒臭いし。


 という訳で、食べ終わったサンドウィッチの包みをごみ箱に捨てて、伸びをする。


 鍋のふたを開けて、薬が冷めているか確認をする。ここで、冷めきっていないで、粗熱が取れた程度にしておくと、効能が下がる、んだと師匠が言っていた。どの程度の違いなのかを僕は知らないけれど、それで冒険者の人たちの生存率、が変わったら申し訳ないのできっちり冷ます。


 中級傷薬は、そのくらいの違いがあるんだって。

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