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大樹の影には  作者: 稲葉 鈴


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21.瓶の注文に行こう

 ボドワンの町の広場にあるカフェで、お昼ご飯を食べた。ご飯を食べ終わったら、そのまま席でお会計だった。50ブラー。中級傷薬の塗り薬一個分。高いのか安いのかちょっと分からないけれど、駆け出し冒険者には高いだろうことは分かる。


 中級傷薬の塗り薬、買えないくらいのお値段、ってことだからね。


 駆け出し冒険者にお金がないのは、お金が出来たらお高いご飯を食べるんじゃなくて、装備とかを整えるからだっていうのは分かっている。だってそっち先にやらないと、死んじゃうからね。


 だからこういうお店に来るのは、装備品を揃えるのが一段落してから、っていうのは、僕は分かっているつもりだ。僕も今、彼等で言うところの装備品のローンを払っている所だけれど、僕はダンジョンに行かず死ぬ予定もないので、彼らほど切羽詰まってはいない。


 後まあバルテレミーさんも言っていたけれど、僕はエルフなので一回に作れるポーションの量が違う。だから普通の錬金術師の駆け出しよりも、お金を稼ぐのは早いらしい。


 カフェでお会計を済ませたら、隣の雑貨屋さんに顔を出す。


 僕が食べ終わる頃には、お店の中も外のパラソルの下も、お客さんで一杯だった。人気のお店みたいだ。また行こう。次はイルマシェを食べるんだ。


 別のお店に行った方がいいんだろうか。どうかな。まあいいか。



「こんにちはー」

「あらいらっしゃい」

「お、お前さんが」



 お店にはいつものおばあちゃんの他に、おじさんが一人いた。僕はぺこりとその人に頭を下げる。知らない人だけれど、他のお客さんに会ったことは前にもある。


 その時は師匠と一緒に、棚を見て待っていたっけ。



「アルバン、紹介するよ」

「え」



 おばあちゃんに手招きされたので、そっちに寄っていく。


 おじさんはじろじろと僕を上から下まで見る。なんだろう、そんなに気になるのだろうか。



「このひとはアルベリクさん。あんたがこのところ、大量注文してるガラス職人さんだよ」

「あ。よろしくお願いします!」



 急に大量注文をして、ご迷惑をおかけしている自覚はある。なるほどそれは僕をまじまじと見るわけだ。



「いやあ丁度納品の件で相談に来ていてな。丁度いい。一緒に聞いてくれ」

「はぁい」



 一応おばあちゃんには、急いでいないことは伝えてある。単純に、今後はこれをお願いします、と伝えているだけのつもりなんだ。だってそんな一気に沢山の状態異常回復ポーション作れない気もするし。


 あ、傷薬の瓶の方か!



「まず傷薬の瓶だけどな」

「う、すみません」

「いや、あれはうちの駆け出しの練習用だから、問題はない」

「そうなんですか」



 傷薬の瓶は、錬金術師のギルドの方から各工房に統一規格でお願いしているものだ、と前に聞いた。


 アルベリクさんが言うには、均一の形と厚さにする必要があるから、駆け出しのいい練習になるのだという。もちろん、ちゃんとアルベリクさんや先輩職人さんたちが確認をしてから納品しているので、品質も問題ないそうだ。すごい。



「まあ、最初は三つに三つが駄目で、それから五つに一つくらいは出来るようになって、一人で完全に五十作れたら先に進めると思ってくれればいい」

「大変ですね」

「出来ないと一人前は遠いわな」



 がはは、とアルベリクさんは笑うけれど、それでもまだ一人前になってないのがすごいと思う。単なる練習扱いなんだ。



「で問題はこっちの状態異常回復ポーションでな」

「はい」

「こっちも、駆け出しよりは一人前の連中の練習用で、時間を貰えれば揃えられるとは思うんだけどな」

「あ、それなんですけど」



 一気に注文したからだろう。おばあちゃんにも同じことを言われたことだし。


 僕がエルフであるってことはまあ、この町の人たちなら知っているだろうし、おばあちゃんから聞いているだろうし、エルフの先人はこの町において師匠であるし。



「状態異常回復ポーションは、おっきい鍋で作る予定はないです」

「あれそうなのかい?」

「うん。作ったことないから、小さい手鍋でやるよ」



 初級と中級傷薬のポーションは、簡単だからと師匠に作り方を以前から教わっていた。特に初級。あれは僕にしてみればとても簡単に五十本作れる。中級だって、そんなに大変じゃない。


 傷薬のポーションは、あの手鍋で作ると大体十五個できる。状態異常回復ポーションの瓶にどれくらい入るか分からないけれど、多分、量の調整も出来るようになると思いたいし、出来るようにならないといけないとも思っている。


 師匠に来る依頼、二本、とかだから。それなのに大鍋で作るのはよくないでしょ。何事も練習だと思ってるしね。



「そうかそうか。順番の希望はあるか?」

「毒消しを最初に欲しいです。十本くらい」

「在庫がどんなもんだったかは忘れたが、それくらいずつでいいなら、何とかなるだろう。いや話せてよかった」

「こちらこそ。これからもよろしくお願いします」



 雑貨屋のおばあちゃんを介しての会話でもいいと僕は思うけれど、まあこの人が、正確にはこの人の弟子たちが作るんだな、っていうのを知れたのはきっと、いつかいい思い出になるのかもしれない。いや適当にそう思っただけだけど。



「良かったら今度、工房に見学に来てくれ。うちの連中の紹介もしよう。うちの自慢の炉も見て行ってくれ」



 炉。


 僕はそれを知っている。


 僕のとても怖い奴だ。


 僕はぎゅ、と、自分のズボンを掴んだ。



「お気遣い、なく」

「ん?」

「ばかたれ。アルバンはケロールの森のエルフだ。火が苦手なんだよ」

「へえ! 火が怖いのか!」



 炉を自慢だというような人だから、アルベリクさんは火が怖くないのだろう。大きな炉、を、知らないのに想像してしまったせいで僕はちょっと怯えている。火は駄目だ。怖い。



「そうかそうか! それはいいことだ!」

「え?」



 パンパン、と、アルベリクさんが僕の背中を柔らかく叩いてくれる。なんで。



「いや俺達みたいな仕事をしてると忘れがちだがな、火は本来怖いんだ。俺たちだって炉に手をつっこみゃ溶けるというのに」

「ひぃ」

「いやそれはあたしも怖いよ。何言ってんだあんた」



 ひらひらと、雑貨屋のおばあちゃんが手を振る。


 何それなにそれ凄い怖い。炉に手を突っ込むのも怖いけれど溶けるって何。



「こういう仕事をするのはな、火に耐性のあるやつなんだよ。火蜥蜴だの火ネズミだのまあそういう奴でな。焚火程度なら直に芋を放り込んで直に取り出してもちょっと熱いな、程度で」

「ひぇ」

「ああ、ああそうかいそうかい」



 おばあちゃんですら、ちょっと腰が引き気味だ。アルベリクさんは苦笑気味。怖い怖い怖い。


 今夜夢に見そう。



「だから、その気分で炉に手を突っ込む奴がまあいるんだよ」

「まあ、いる」

「まあいるってあんた」



 いやだ行かない。


 うっかりそんなタイミングに居合わせてしまったら、と思うだけで怖い。



「だから、なんだ。怖いものをちゃんと怖い、と相手に伝えられるのはいいことだと、俺は言いたいわけだ」

「そういう話かい? 違くないかい?」

「いやあ。工房に来れない理由としては、分かり易くてとてもありがたいよ」

「そういうもんですか」

「理由もないよりはよっぽどありがたいな。例えばそうだなあんたが立派な大人のエルフに成って、火なんて怖くないくらいになったら、まあ遊びに来てくれや」



 それまでは、誘ったこっちが悪くなるからな、と、アルベリクさんはまた笑った。笑い事なのだろうか、これ。


 とりあえず今日は、気付け薬と目薬のお値段をお支払いして、傷薬の瓶を貰って帰ることになった。


 工房の炉、を見に行ける日は来るのだろうか。


 火が怖くなくなったら来れるんじゃないかってアルベリクさんは言っていたけれど、だからそれがいつなのかと。このエルフの体は、前と比べれば火で燃えなくなったのだろうけれど。


 いやそもそも僕は火で燃えたことがなかったな?


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