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大樹の影には  作者: 稲葉 鈴


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13.魔導書を読もう

 お庭の薬草にお水を上げて、朝ご飯を食べたら、師匠は本棚造りの続きをすると三階に籠った。多分お昼ご飯を食べたら本屋さんに行くだろう。明日かもしれないけれど。昨日僕が師匠からのお手紙を本屋のおじいさんに渡したら、師匠宛のお手紙を預かってきた。いくつか入荷した本があるらしい。だから多分、そう遠くない内に行くと思う。


 僕は中級傷薬の塗り薬を作ることにする。


 使用するのは干しておいたボーセン草の根っことカディオ草の茎だ。


 まずは両方の薬草から葉っぱをむしり取って干し籠にそれぞれ敷き詰める。塗り薬五十個分、手鍋に四杯のの葉っぱをむしり取ることにしたから、結構時間がかかってしまった。しかも当然干し籠も一つじゃすまない。


 干し籠は居間に吊るしておく。外に干してもいいんだけれど、葉っぱを食べる虫もいるからね。せっかく作業したのに虫に食べられたら、悲しいじゃない。


 その次は、ボーセン草とカディオ草の茎と根っこを分ける作業だ。この間バイエの錬金術師のギルドで買ったカッティングボードとはさみを使う。いやはさみだとカッティングボード使わないな。ナイフ買うかな。でもはさみの方が使いやすいんだよね、僕は。


 そんなことを考えながら、茎と根っこを分けていく。ボーセン草は根っこを、カディオ草は茎を使うから、使わない方、つまりボーセン草の茎と、カディオ草の根っこを、それぞれ瓶に詰める。詰めるって言うか、ぽいぽいって放り込んでいく感じ。これは、今度中級傷薬の水薬を作る時にそのまま使えるので。まあ、二種類の下ごしらえをしてしまったと思えば。



「どうしようかな」



 作業が終わったところで、そろそろお昼だ。多分もうすぐ、師匠も上から降りてくるだろう。次の行程は鍋一杯分のボーセン草の根っことカディオ草の茎を油で煮ることだ。正直すぐには終わらない。だからお昼ご飯の後にしたい。


 僕は居間にある三つの本棚を軽く眺めることにした。ここにあるのは、僕でも読める魔導書だ。入門書ともいう。師匠の大切な本はほとんどが師匠の魔法の鞄の中か、師匠の部屋にある。後は二階の増設中の書庫。



「どれにしようかな」



 完全な初心者向け。鍵を掛けたりとか、水を出したりとか、風を吹かせたりとか。そういう本を手に取ってみる。読み直してみるのもいいかなって思って。


 新しい本に手を出すよりも、よく分かるかもしれないし。


 毎朝庭の薬草たちに水を撒くときの杖は、ここにはおいてない。あれは、玄関に置いてある。まあすぐそこなんだけど。


 魔法の鍵を服の中から引っ張り出して、テーブルに置く。うっかり魔法発動させたら、困るから。



「その前に、お茶入れておこう」

 


 朝ご飯の時に淹れたお茶は、もう冷たくなってしまっている。本を読むときは、お茶の準備をしてから、だ。お菓子は準備しない。それは、一冊読み終わってから食べるものだ。


 僕は火が怖い。師匠が魔法でつけた暖炉の火は辛うじて大丈夫だし、自分でお湯を沸かすことは出来るけど苦手だ。好きじゃない。じゃあどうするかと言えば、家にいる時は師匠の作ってくれた魔道具でお湯を沸かす。


 棚から、火の魔法陣が描かれた布を取り出して、その上に薬缶を置く。これこそが、師匠が作ってくれた魔法陣である。



「火よ火よ。お湯を沸かして」



 呪文を唱えて魔法の鍵をひねれば、薬缶の中のお水がお湯になる。もちろん、そこそこ時間はかかるけれど。


 バイエの錬金術師のギルドにある工房では、これがなかったから普通に火をつけた。仕方がないと思っているし、今はもう怖くて怖くてパニックは起こさない。苦手くらいだ。


 最初にね、師匠がね。この家で火を焚いた時はとてもとても怖かったよね。初めて死ぬかと思ったよね。生きてるけど。多分あの程度の火だと、僕は死なないけど。


 そんなことを思い返しながら、お湯が沸くまでの間に戸棚からカップとポットと茶葉を取り出しておく。念のため、カップは二つだ。僕が魔導書を読んでいる間に、師匠が上から降りてきて飲むかもしれないし。


 ぽこぽこと薬缶のお湯が湧いたら、そのお湯をポットに入れる。それから、カップにも入れる。もちろん師匠の方のカップにも。


 お湯は専用の壺に捨てる。手を洗ったりするのに使えるから。だって勿体ないじゃない。いくら魔法でいくらでも水を出せると言っても、それをただ捨てるのって。だから、専用の壺に入れておいておく。最悪薬草を植えてる方じゃなくて、裏の方の庭に撒けばいいし。この森に暮らす樹木なら、問題なく飲める。


 それからポットに茶葉を入れて、お湯を注いで、ポットにこのなに。なんか布を被せて、テーブルまで持って行く。師匠はついでに砂時計もお盆に載せていた。よく分からないけれど、僕もそれをまねして砂時計を乗せる。なんなんだろうね、この布と砂時計。


 いつも師匠が座るのとは別の椅子に座って、魔導書を開く。


 まずは魔法の使い方から。そもそも魔力とは何か。


 うん。


 ねむい。


 それでも根気よく読んでいく。いるかな、根気。


 飽きてきたのでちらりと視線を上げれば、砂時計の砂は全部落ちている。よし。お茶飲もう。これ以上はね。渋くなるからね。飲んじゃった方がいいからね。仕方ないね!


 ポットから僕の分と師匠の分、両方のカップにお茶を注ぐ。師匠のカップには、埃が入らないように蓋をして、僕は自分の分を飲んだ。



「ほう」



 あったかくて美味しい。水が温かいのに最初は慣れなかったし、味のする水にも馴染まなかったけれど、それも今は昔。美味しいと思う。



「師匠は僕に全部覚えろって言うけどさ、どの魔道具を作りたいかを考えて勉強した方がいいんじゃないのかな」



 その方がまだ、モチベーションがありそうだ、と思う。モチベーション、なるものが何か、イマイチわかっていないけれど。師匠がそう言っていたから、何か大事なものなのだと思う。



「そうか、アルバンにはまだほとんど私たちの作る魔道具について教えていなかったね」

「そうなんですよ」



 お茶を飲んでいる間に師匠が上から降りてきて、一緒にお茶をすることに。前に魔法を習った時は「とりあえず」だったし、「最低限」でもあった。それは問題がないと思うし、僕が火をとても怖がることも分かったので、まあいいかなと思う。



「基本はいくつか見ていると思うけれど、魔法陣の描いた布だね。これを、ギルドに下ろす時には、魔法陣が見えないようにしているんだ」

「なんか見えると困るんですか?」



 デザイン的なこともあるのかもしれない。今うちにあるのは全部、魔法陣見えているんだけれど。



「見えていると、書き換えようとする輩が出てね」

「あー……」

「そうして適当に書き換えたものを作って他人に売って、質の悪いものをばらまかれたら困るし何より、危険だからね」

「そうですね」



 言われてみればその通りだ。


 魔法使いならあの魔法陣の意味が分かる、ということらしい。うちでは師匠が作ってギルドを通さずに使っているから、そのままむき出しなのだけれど。


 それはあれか。僕に知識もないし、手を加えようとも思ってないし、その内習えると思ってるからか。



「うーん」

「いや、僕の気持ちの問題の話で」

「まずアルバンは、初歩の初歩しかできないだろう」

「そうなんですよね」



 だからもう完全に、師匠の立場としては「いいから読んでおけ」になるのは、分かるんだ。つまんないだけで。



「火の魔術については、私がいないときは読まなくていい」

「助かります」



 多分、何かあった時に、僕だけじゃ対処が出来ないからだと思う。あのお湯を沸かすための魔法陣だって、使えるようになるまでしばらく師匠の服の裾を掴ませて貰っていたわけだし。


 あれ、火出ないんだけどさ。火が本当に出ない、あの魔法陣の布は燃えない、っていうのが分かるまでの僕の恐怖は、多分火で燃えて死なない人には分からない。


 ちなみに師匠が言うには人間も火で燃えて死ぬらしい。この森が燃え尽きるくらいの炎なら、大体皆死ぬって言ってた。マジか。



「だから例えば」



 師匠は、初心者向けの本を一冊手に取って、適当なページを開く。



「この魔法は、どんな風に魔道具に落とし込めるか、とかを考えるんだよ。水薬でも塗り薬でもいい。それが、研究の一歩目だ」

「え」

「すでに誰かが作ってしまっているかもしれないし、まだ誰も辿り着いていないかもしれない。多分その方が、アルバンには魔導書が読めるかもしれないな」

「そうなんですか。そうか。光合成だけで生きていける魔道具」

「それは駄目」

「駄目ですか」



 何でダメなんだろう。絶対素晴らしい物なのに。



「絶対悪用する奴が出るから駄目」

「なるほど」



 それなら仕方がない。


 自分が使う分には問題がないだろう、ということで、最初のこの、薄い本を読み終わらせることにした。その間に、師匠がお昼ご飯を作ってくれることになった。


 ちなみに僕に任せると、パンを焼いてジャムだけ、とか、パンを焼いてハムを乗せて、とかになる。だから朝ご飯を任されている。朝ご飯なら許せるからって。


 食事を作るのに、何とか楽できないかな。僕はそのための研究をしようと思う。


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