10.塗り薬を作ろう
翌朝。
僕と師匠の住んでいるこの家は、エルダートレントの大木の中身を丸っとくりぬいたものに、床や天井を作ったものである。くりぬかれた中身が僕で、その僕がぼんやりしている間に残った端材で床や天井を作ったのが師匠である。
その丸っとくりぬかれて僕が地上に落ちた時の振動と煙を、ボドワンの町の人達は見たり感じたりしたわけだ。その節は驚かせてごめんなさい。不可抗力です。
師匠はそんなエルダートレントの、つまりは僕の抜け殻の家の上の階に籠ることにしたようだ。具体的には、そこにある僕の端材を集めて、本棚を作るという。
「僕の端材って言い方、やめなさい」
「でも事実じゃないですか」
「事実だろうけど」
エルダートレントの端材、という言い方をすればいいのは分かっているけれど、そのエルダートレントは僕なので。だから端材を触ると僕だなって思うんだ。共鳴するというより、分かる、というか。
それはさておきこのエルダートレントの木を使ってできた家で、メインで使っているのは一階だけである。一応二階にも行けるけれど、ほとんど使われていない。
二階以上は四部屋あるけれど、確か二階は師匠の書庫になっていたはずだ。あれ売れば多分一財産だと思うんだけれど、まあ、僕の本じゃないのでそれは言わない。
三階より上の部屋には、僕だったエルダートレントの端材が置いてある。僕の中身がごっそりエルフに成った時に、出た端材だ。丸ごと大木の中身をくりぬいたみたいになっている。その端材を使って師匠は床を作ったり階段を作ったりしたそうだ。
そうして今度は、本棚を作ろうとしている。
師匠がそうしている間に、僕は僕で塗り薬を作る。初級傷薬の塗り薬だ。先日購入した魔法の鍋はまだ届かないしそもそも塗り薬はそんなに沢山作る必要もないだろうから、今まで通りの手鍋でいい。
バイエで貰ったレシピブックによれば、納品数は十五。それくらいなら、この手鍋で作れる。
まずは家を出て、庭へ。庭というか僕の認識では他の樹木が育つことが出来なくて出来た単なる広場だったのだけれど、僕が壁に手をついて歩けるようになるまでの間に、師匠が耕して柵を立てて、庭にしてしまった。花壇というよりは、庭。植わっているのは森中の薬草たちなので。
その花壇からカゾーラン草を手鍋に一杯摘む。水薬の方はそんなに使わないのに軟膏にすると途端に量が必要になる。
カゾーラン草は根っこを残してナイフで切る。このナイフは別にいい奴じゃなくていいので買換えるつもりはない。将来的にね、お金に余裕が出来たらね、買ってもいいかもしれないな、とは思っている。使い道、あんまり思いつかないし。
手鍋にたっぷりの薬草を摘んだらそのまま師匠が魔法で掘ったという井戸まで行く。たっぷりの水で洗って、茎の部分を紐でくくって、居間に干す。師匠はまだ降りてこない。特に上からも音はしない。何してるんだろう。
カゾーラン草を乾かしている間に、中級傷薬の塗り薬を作るのに必要なボーセン草とカディオ草も取りに行く。水薬の方はボーセン草が茎を、カディオ草が根っこを使ったけれど、塗り薬は逆。こっちも手鍋に一杯ずつ摘んで、井戸で洗って、居間に干しておく。
「お昼ご飯はなににしようか」
朝ご飯はお土産のお茶に、昨日買ってきておいたパンをトーストにして食べた。それからお野菜セットをサラダにして、それがまだちょっと残ってる。
二階から降りてきた師匠が、お昼ご飯の話をしてきた。師匠は、旅も好きだけれど食べるのも大好きだ。
「僕は朝の残りのサラダとトーストでもいいですよ」
「それが続くのは体に悪いから、何か作ろう」
料理の本を少し仕入れてこようか、なんて師匠が言う。いや僕は本当に。
「お日様浴びてれば生きていけるような魔法ないですかね」
「ないね」
「ないかぁ」
まあないだろうと思う。
師匠だって前身は貝だったわけだから、食事をしないで済む方がいいと思うのだけれど。けれど師匠はそうでもなく、世界中を渡り歩いて色々な物を食べるのを楽しみとしてはいるらしい。この森から出るつもりのない僕とは違う。
「ああそうだ。この間作ったキッシュが残っていただろう」
「それは僕が行く前?」
「行った後だったかな」
師匠が台所の戸棚を開けて確認をする。この戸棚もエルダートレント製で、棚の中に入れたものの日持ちを良くする。らしい。他の棚を僕は知らないから、比べられないだけだけど。
師匠は戸棚から布に包まれたキッシュを取り出した。僕はパイ生地を作るのはとても面倒くさいから作りたくないけれど、師匠はそれを作るのも楽しいらしい。だって生地を作るだけで二日がかりなんだよ。それを作ろうと思うのは、本当に尊敬する。
ホールの半分くらいを食べられたそれを、師匠はさらに半分にカットする。もう一回カットして、一人八分の一ずつ。
戸棚から別の布を取り出して、テーブルに敷く。これは師匠お手製の食料を温める布。布の上にお皿を置いて、さらにお皿の上にご飯を置いて魔法の鍵を回せば準備は完了だ。
「鍵よ鍵。温め直し」
ふんわりと師匠の魔力が魔法の鍵から魔法の布へと移動して、キッシュがすぐにほかほかになる。
「魔力の流れは見えているから、魔法使えるはずなんだけれどね」
「なんででしょうね」
「アルバンは元がトレントだから、トレントが使うような魔法を中心にしてみたのだけれどね」
トレントがどんな魔法を使うのか、僕は知らない。けれど師匠から教わった魔法ですぐに覚えたのは、水を作る魔法だった。
とりあえず師匠の準備してくれたお昼ご飯を食べる。お茶は僕が淹れた。ポットとカップにお湯を入れて、ポットには茶葉を入れて、カップのお湯は捨てて、ポットからカップにお茶を注げば出来上がりだ。多分手順は間違っていないはず。
師匠が旅に出てしまったら、きっと僕は最低限の食事しかとらなくなりそうな気がするので、ちょっとどうにか考えた方がいいかもしれない。僕はともかく、師匠はそう思っているようだ。
午後からは、午前中に干しておいた薬草を取り込んで、塗り薬を作る。師匠はまた本棚を作りに上の階に行った。
師匠の作ったお昼ご飯を入れていたのとは別の戸棚から油を取り出す。鍋にとぷとぷとぷと入れて、弱火でカゾーラン草を煮る。くったくたになる頃まで煮ると、油にカゾーラン草の赤色が出てくるから、これで一旦おしまい。ざるを使って濾して、カゾーラン草を取り除く。
ちなみにこの薬効を煮出したカゾーラン草と水を混ぜても初級傷薬の水薬にはならなかった。薬効を煮出した方のオイルと水を混ぜ合わせると初級傷薬の水薬は作れたけれど、ちょっともったいない気がするので使っていない。
初級傷薬の塗り薬の納品数は十五。一つの手鍋で作れるのも、それくらいだ。こっちも規程サイズらしい缶を戸棚から出して大きな机の上に並べる。
その間に鍋にポイポイと放り込んでおいた蜜蝋が溶けて、少しずつ固まってくる。ぐるぐると木べらで混ぜて、蜜蝋が完全に溶けたら今度はお玉で缶に塗り薬の中身を移動させる。これで、固まったら出来上がりだ。
お昼ご飯の残りのお茶を飲んで、一旦休憩。中級傷薬の塗り薬の作成作業にすぐに入ってもいいけれど、その前にレシピブックを確認する。こっちの納品数は五十。一気に増える。あの手鍋だと、四回に分けて作らないといけない。今日中に作るのはちょっと難しい。
手鍋を洗って、あと三回分の中級傷薬の塗り薬を作るための、ボーセン草とカディオ草を摘みに行く。一回分しか取って来なかったから、今日は残り三回分の薬草を洗って終わりにしよう。




