9.森へ帰ろう
僕はさっぱり覚えていないのだけれど、それは朝であったという。
お日様の光が、森に届いた時。僕に、届いた時。
ッドオオォォォォンン!
まずは、音が届いたという。それから、少しだけの地響き。森の側の門の所に立っていた人は、煙が空に立ち上るのを見たという。
この立ち上る煙、火事とかの煙じゃなくて、重いものを落とした時に上がる埃のようだったというけれど、それで合っている。その落ちた重いもの、というのが僕である。
エルダートレントである、僕である。
そうして僕は、エルダートレントからエルフに成った。よく分からない。
同じくエルフである師匠が言うには、エルフはエルフが生まれるのが分かるから、エルフが生まれそうな場所に行き、そこでしばらく暮らすのだという。エルダートレントである僕がエルフに成るのだと分かった時、どれだけ長いことこの森に棲むことになるのかと絶望すらあったという。
なんかちょっと僕は全く悪くないけれど、悪い事をした気持ちになった。いや僕個人は全く何も悪い事はしていないんだけれど。
エルフに成るのに必要な時間は、種族ごとに異なると師匠が言っていた。例えば植物系の僕だと、木だった頃に百年から千年、若いトレントだった頃にも百年から千年、エルダートレントになった後も百年から千年かかるという。もちろんケロールの森というダンジョンに住んでいる他のモンスターを倒せば、手っ取り早く経験値が貯まって時間は短縮されるそうだけれど。
僕は木だった頃の記憶もトレントだった頃の記憶もあいまいだけれど、これはトレントになった後の記憶。多分そう。そういう物が、無くはない。
森のほぼ中央、そしてこの辺りは僕が栄養を取ってしまったがために広場になっていて、お日様もさんさんと降り注ぎ、僕はぬくぬくとしていた。ぬくぬくとしていた僕は森の主であるとフィールドダンジョンと化したケロールの森に認められていた。その僕を攻撃してくる蜂の集団とか、オオカミの集団とか、そう言われてみればいた。そいつらが、僕の更なる栄養になってくれたわけである。
でもそれで、どれくらいの時間が短縮されたのかは分からない。そもそも僕には、時間の概念というものがなかったから。今でもあんまりない。
ボドワンの町からケロールの森までは大体僕の足で三十分くらい。それは森の端の話であって、僕の住むケロールの森の中心はそこからさらに三十分くらい歩いた所だ。
三泊四日とはいえ、森を離れていた間に森の情報は何も入らなくなっていたけれど、森に足を踏み入れた時から森の主としての力が戻ってくるのを感じだ。
今日も森は平和だ。
誰も、エルフに成った直後の僕を殺して森の主になれなかった以上、僕は同じエルフである師匠に庇護されて育ってしまったので、もう彼らは僕を殺すことは難しいだろうと思う。
魔法はね、苦手なんだけどね。
「戻りましたー」
「お帰り」
今僕が住んでいる家は、元々僕だった樹木を丸々使っている。エルダートレントの外側だ。中身はここにある。
三千年は経っていないとは思うけれど、広い居間に僕と師匠の部屋を取れているから、かなり大きな木ではある。
師匠は居間にあるソファにゆったりと座って何かを読んでいた。居間にも三つの大きな本棚があって、師匠の部屋には五つの大きな本棚がある。師匠の部屋はほとんど本棚で、あとはベッドが一つあるきりだ。大体、この居間で生活している。問題はない。
錬金術を師匠から習った居間と台所の間にある大きなテーブルの横にある椅子の上に鞄を置いて、中身を取り出す。お土産だ。
「いっぱいの焼き菓子でしょ」
「また大量に買ったね」
「帰りの馬車で食べようと思って」
結局そんなに食べられなかったので、一袋丸々残っている。師匠が嬉しそうに開けて食べ始めた。僕も一つつまむ。美味しいけれど、とても喉が渇く。
「小魚とナッツの大袋でしょ」
「ああこれは嬉しいね」
「一袋だけですよ」
二つとも持って行こうとしたので、慌てて止める。一つは僕のだ。
「あとは紅茶とか」
「楽しかったようで何よりだ」
僕が自分のために買ってきたカッティングボードとはさみを見ても、師匠はうんうんと頷いてくれる。まあ、あって困るものでもないからね。
折角なので、僕が買ってきた紅茶を入れることにした。紅茶と焼き菓子を食べながら、今後の話だ。
「そろそろ、ここを出ようと思っている」
「また遊びに来てくださいね」
「引き留めてくれないのかい」
寂しいな、だなんて師匠が言うけれど、いやだって別に。僕はずっとここにいるわけだけれど、ここじゃないどこかに行くのが好きな師匠は、元から一応日帰りの範囲ではあったけれど、色々とふらふらしていた訳で。となると、僕が一人前に認められたら出ていくんだろうな、というのは想像の範囲内である。
だから僕としては、また遊びに来てくださいね、となるんだ。
「まあすぐじゃないしね」
「行く場所とか、まだ決まってない感じですか」
「そうだね。置いて行く魔術書の選定も終わっていないから。ああ、魔術は苦手だからと言い訳しないで、少しでも読んでおきなさい」
「はぁい」
師匠は魔法使いである。魔術師ともいう。違いは僕には分からない。錬金術も少しやる。ちなみに黄金はもう作ったことがあるけれど、再現性がないから却下になったらしい。
「どうしても持って行きたい魔術書以外は、全部置いて行ったらどうですか」
「そうだね。こっちの居間に、アルバンが読むものを置いて行って」
「あとは師匠の部屋に残して、いらないのから順に路銀の足しにでもして」
「それもありだねえ」
その日は、お土産の紅茶とお菓子を食べながら、師匠と話をして過ごした。錬金術師のギルドに納品する分を作るのは、明日からでいい。




