第二十二話 文化祭当日になっても距離は縮まらず
「光毅君、これちょっと運ぶの手伝って」
「うん」
文化祭前日になり、光毅もクラスの展示の準備の為、遅くまで残って作業をする。
彼のクラスは射的屋をやる事になっており、飾りつけや景品の展示、チェックなどを光毅は手伝っていた。
「はい」
「ありがとう。そろそろ休憩していいよ」
光毅が段ボールをクラスの文化祭実行委員の子の前に運ぶと、ようやく休憩時間になり、教室を出て、ちょっと一休みする。
力仕事をやらされていたので、光毅も疲れてしまい、下にある自販機で飲み物でも買おうかと階段を下りていった。
「あ」
「っ! 菜月お姉ちゃん」
自販機の前に行くと、ちょうど菜月とバッタリ会ってしまい、しばらく二人で目を合わせる。
「え、えっと……」
何か声をかけようとしたが、ちょっと気まずい雰囲気になってしまい、光毅も言葉が続かない。
しかし、菜月は視線を逸らして、そのまま黙って通り過ぎようとしてしまい、
「ま、待って」
「何? 今、忙しいんだけど」
「そう……えっと、明日、文化祭、一緒に見て回らないかなって思って……」
自分の前から逃げるように去ろうとした菜月に咄嗟にそう言ってしまい、光毅もちょっと恥ずかしくなってしまった。
「一緒にって……友達と行けば良いじゃない」
「時間があれば菜月お姉ちゃんともちょっと見て回りたいなって」
「姉弟で一緒なんておかしいでしょ。光毅も子供じゃないんだし、友達と回れば良いじゃない。まさか、一人もいない訳じゃないでしょう」
「そ、そんな事ないけど……」
意を決して菜月を誘ってみた光毅だが、菜月はあからさまに強がった口調で拒否してしまう。
「忙しいから、またね」
「あ……うん」
気まずい空気になってしまい耐えられなくなったのか、菜月は光毅を置いて、そそくさとこの場から去ってしまい、光毅も姉を追いかける事も出来ずに、菜月を見送る。
必要以上に距離を置こうとしている菜月に、寂しさを感じながらも、学校で追いかけまわす訳にもいかなかったので、光毅も溜息を付きながら、教室へと戻るしかなかった。
「お疲れー。すっかり、遅くなっちゃったね」
ようやく文化祭の準備が終わり、光毅も胸を撫でおろして、家路へと着く。
既に外は暗くなっており、お腹も空いてしまったので、早く帰ろうと小走りで学校を出て走っていった。
「あらー、みっくん。今、帰り?」
「由奈お姉ちゃん。うん」
校門を出てすぐの所で、由奈に声をかけられ、光毅も彼女の元に駆け寄る。
「くす、今まで文化祭の準備していたんだ」
「うん。由奈お姉ちゃんもでしょ」
「文化祭の準備もあるんだけど、論文の補講があって、それで遅くなったの」
「補講?」
「お姉ちゃん、推薦入試受けるからねー。論文が大事になるのよ。落ちたら、一般で受けないといけないし、手が抜けないのよねえ」
「ふーん」
大学入試のシステムはまだよくわからなかったが、由奈は地元の国立大学を推薦で受けることになっており、今が正念場の時期なのだが、漠然と大変だというのだけは理解していた。
「んもう、菜月ちゃんも最近、頑張り過ぎよねー。文化祭の実行委員の仕事も最後まで残っているっていうし。もうちょっと休めば良いのに。みっくんも寂しがっているんだからねえ」
「そ、そんな事は……」
「あら、寂しくないの?」
もちろん、そんな事はないのだが、光毅が気になっているのは、文化祭実行委員の仕事が忙しいだけじゃなく菜月が露骨に自分の事を避けているからであった。
しかし、菜月の言いたい事もわかるので、光毅も複雑な気分になっており、今までみたいに菜月にベッタリするのもどうかと思っていた。
「もう好きにして良いんじゃない? 菜月ちゃんも、子供じゃないから恥ずかしいのよ。弟にベタベタするとからかれそうだし」
「そうなのかな……」
「私は構わないんだけどねー。ほら、元気出しなさい。そうだ。文化祭は静子ちゃんと一緒に三人で見て回らない?」
「う、うん……」
由奈が自分の手を繋ぎながらそう誘ってきたので、断る理由も思い浮かばず、光毅も頷く。
しかし、菜月と二人きりになりたい気持ちも払しょくできず、悶々としながら文化祭の日を迎えたのであった。
文化祭当日――
「いらっしゃいませー」
文化祭の日になり、光毅も自分のクラスの出し物である射的屋の景品の陳列を行う。
今日は一般公開の日ではなく、在学している生徒のみで行う日だったので、クラスに来る客もまばらであった。
「光毅君、お疲れー。ちょっと休憩して良いよ」
「うん」
休憩時間になり、光毅も教室を出て、他のクラスの展示を当てもなく見て回る。
しかし、特に興味を引くような展示もなく、漫然と見て回って、時間を潰していったのであった。
「ヤッホー、光毅君」
「あ、静子お姉ちゃん」
一階に降りて渡り廊下を歩いていると、向かい側から静子が手を振って駆け寄ってきた。
「今、暇?」
「ちょうど休憩中だよ」
「よかった。じゃあ、二人でちょっと見学しようよ」
「うん」
静子に誘われ、光毅も二つ返事で応じ、姉と共に文化祭の展示を見て回る。
一人で回るのも寂しかったので、ちょうど良いと思う静子の誘いを受けてしまった。
「由奈お姉ちゃん、ちょっと忙しいみたいでさ。まだ、持ち場を外せないんだって」
「そうなんだ……菜月おねえちゃんは?」
「菜月ちゃん、実行委員の仕事しているみたいだよ。何だっけかな……トラブルが起きた時の対応係みたいな感じな事をやってるんだって」
「ふーん」
今日は菜月も誘えそうにないので、光毅も落胆してしまい、静子にしがみつきながら、力なく頷く。
文化祭は一緒に回れないのかと、思っていると、
「そんなに菜月ちゃんと一緒に回りたい?」
「そ、そういう訳じゃ……」
「えへへ、そう。でも、私は光毅君と二人で回れて嬉しいなーなんて。えへへ」
「ど、どうして? 友達と一緒の方が良いんじゃないの?」
「そりゃ、友達と一緒も楽しいけど、今は光毅君と二人で回りたいの。良いじゃない、嫌?」
「嫌じゃないよ。嬉しいよ」
静子がそんなに自分と一緒に回りたかったとは思わなかったので、光毅も意外に思ってしまい、思わず首を振る。
しかし、やっぱり菜月の事も気になってしまい、どうにか二人きりの時間も作れないのかと思っていた所で、
「あれー、静子じゃん」
「あ、ヤッホー」
廊下を歩いていると、静子の友人の女子が声をかけてきて、二人で軽く挨拶を交わす。
「その子、もしかして弟さん?」
「うん、光毅っていうの」
「きゃー、可愛い。よく話している子だよね。はじめましてー」
「は、はじめまして」
静子の友人も幼く愛くるしい容姿の光毅に目を輝かせ、頭を撫でる。
かなりの美人で背も高い人だったので、光毅も動揺してしまい、顔を赤くしていた。
「もう、困っているじゃない」
「ごめん、ごめん。光毅君って言うんだー。私、お姉ちゃんの友達の洋子っていうの。あ、ラインの交換しようよ」
「え、えっと……はい……」
気に入られてしまったのか、SNSのIDを彼女と交換し合う。
しかし、スマホを取り出して、交換を終わった時、
「っ!」
「あ……」
ちょうど見回りをしていた菜月と目が合ってしまい、菜月がしばらく光毅を睨みつける。
しかし、すぐに目を逸らして立ち去ってしまい、光毅は菜月の背中を眺めるしか出来なかった。




