第二十一話 みんな少しずつ大人になっていく
「はあ、今日はちょっと遅くなっちゃった」
「おかりなさい、菜月ちゃん」
二学期が始まって間もなくの平日、菜月が溜息を付きながら、いつもよりかなり遅くになって帰ってきた。
「文化祭の実行委員、お疲れさま。よく立候補したわね、大変なのに」
「うん。中学もこれで最後だし、何か思い出作りしたくて」
菜月は二学期が始まった後、文化祭の実行委員に立候補し、しかも委員長にも自ら立候補したので、打ち合わせなどで帰りが遅くなっていた。
「ウチの学校は、エスカレーター制だから、高校受験の心配はしなくてもいいしね」
「あら、余裕ね。まあ、菜月ちゃんの成績なら、留年の心配なんかないし、やりたいことをやれば良いんじゃない」
「本当、本当」
由奈も静子も、菜月が実行委員長をしっかりこなしているのを見て、感心しながら、妹の頭を撫でる。
「んもう、子供扱いしないの。すぐ着替えるから……あ」
「菜月お姉ちゃん、おかえりなさい」
「うん、ただいま」
弟の光毅が菜月を出迎えると、菜月は素っ気ない返事をして、光毅の頭をポンと撫でた後、二階の自室へと戻る。
「あらあら、何か素っ気ないわねえ」
「うん、明らかに光毅君を避けている。光毅君も菜月ちゃんに冷たくされてかわいそう、かわいそう」
「べ、別にそんな事ないと思うけど……」
この所、あからさまに菜月に避けられているのを見て、光毅もちょっと寂しい気持ちにもなっていたが、菜月が自分の事を想ったうえでやっているのはわかっていたので、光毅もあまり不満を表には出せなかった。
確かに中学生にもなって、姉に甘えすぎていたというのは光毅も思っており、同級生からもからかわれる事も多かったのだが、せめて家の中でくらいはいつも通りでも良いんじゃないかと思う事もなくはなかった。
(なんかつまんないなあ……)
光毅はどこかしょんぼりした顔をしながら、部屋へと戻る。
最近、露骨に避けられているのが寂しく感じてしまい、光毅も心にぽっかり穴が開いたような気分になっていたが、菜月に話しかけても素っ気ない返事ばかりなので、彼自身も菜月にどう接して良いかわからなくなっていた。
「菜月ちゃん、ちょっと良い?」
「何?」
菜月が宿題をやっている最中に、由奈が部屋に入ってきて、
「最近、みっくんに冷たいじゃない。どうしたの?」
「別に冷たく何かしてないし。もう、子供じゃないんだから、あんまりベタベタしないようにしているだけ」
「まだ子供よ。中学生なんだし」
「小さな子供じゃないの。お姉ちゃんたちがみっく……光毅を甘やかしすぎるから、いつまでも子供みたいなんじゃない」
「別に子供のままでも良いんだけどなー」
「よくないの!」
と、菜月は声を荒げるが、完全に意固地になっており、由奈も少し困った顔をして、菜月の肩に手を置き、
「みっくん、寂しがってるわよ。少しは、構ってあげたら」
「実行委員会の仕事があるから、忙しいのよ。今は構ってられないの」
そう言うものの、委員長の仕事を頑張り過ぎて、家に居る時間を少なくしているのは誰の目にも明らかであった。
「由奈お姉ちゃんこそ、受験なんだから、そんなのんびりしていて良いの?」
「ちゃんとやってるわよ。今月、推薦の選考会だから、それが通るまでは、ちゃんと勉強もしてるって」
「ふーん……ならいいけど。とにかく、光毅とは遊ぶ時間ないから。あの子にもそう言っておいて」
「はいはい」
強がっている妹の心を少しでも揺り動かそうと由奈は試みたが、余計に意固地にしてしまいそうだったので、由奈は一旦、部屋から引き下がる。
「あら、みっくん、居たの?」
「――! ゆ、由奈お姉ちゃん……」
部屋から出ると、光毅が話を聞いていたのか、廊下におり、由奈の姿を見て狼狽する。
「もしかして、聞いていた?」
「うん……ごめんなさい」
「いいのよ。別に聞かれて困るような話はしてないし。あーん、ごめんね、みっくん。菜月ちゃんを説得出来るかと思ったけど、失敗しちゃった」
「べ、別に謝らなくても……」
由奈が光毅を抱きしめながらそう言い、彼の顔に胸を押し付けると、光毅も困惑しながら由奈の胸に顔をうずめるが、菜月とどうすれば元に戻れるのか、光毅もわからなくなっていた。
「ふふ、菜月ちゃんと仲直りしたい?」
「仲直りって……喧嘩している訳じゃないよ」
「あーん、ちょっと言い方悪かったわね。じゃあ、前みたいに『みっくん』って呼ばれたい?」
「うーん……よくわからない」
最近、菜月は光毅の自立を促す名目で、名前を呼び捨てしているが、長年、『みっくん』と呼ばれ続けていたので、どうしても呼び捨てされるのには慣れずにいた。
何より、突き放されている感じがして、とても寂しく、出来れば前みたいな関係になりたいと光毅も思っていたのだが、菜月がそれを許しそうになかったので、困っていた。
「菜月ちゃんもみっくんの事が嫌いな訳じゃないの。わかっているわよね?」
「うん」
「なら、もうちょっと見守ってあげても良いんじゃない? 菜月ちゃんも心の整理が付いてないんだと思うの」
「そう……かなあ……」
「そうよ。あーん、でもみっくん可哀相だから、今日はお姉ちゃんとお風呂に入ろうか?」
「え、ちょっと、それは……」
「いいから、いいから」
由奈に思わぬ事を言われて、浴室まで手を引かれていき、強引に一緒にお風呂に入れられる。
「みっくーん、背中流してくれる?」
「うん……」
本当に由奈と一緒に風呂に入ることになってしまい、彼女に言われるがまま、光毅は顔を真っ赤にして、由奈の背中をタオルで擦っていく。
いくら何でも姉と一緒に風呂に入るのは恥ずかしかったので、出来る限り、彼女の肌を見ないように必死だったが、それでも由奈の体をこの狭い浴室内で全く見ないのは無理であり、どうしても目につくたびに由奈を意識してしまうのであった。
「くす、恥ずかしい?」
「恥ずかしいよお……」
「いやん、うれしいわ。それだけ意識しているって事よね。じゃあ、菜月ちゃんともお風呂一緒に入れる?」
「は、入れないかも……」
「うーん、そうよね。でも、昔はよく一緒に入っていたんじゃない」
「そうだけど、今は違うし……」
子供の頃は、よく一緒に入っていたが、流石にもうお風呂に入るのは恥ずかしいというか、おかしいと思うようになり、年齢も一番近いこともあって、とても菜月の裸など見れなかったのであった。
「へへ、やっぱり大人になってるんだね、みっくんも」
「え? そ、そうかな……」
「そうよ。お姉ちゃんと一緒に入るのも恥ずかしいんでしょ」
「うーん……それが大人なの?」
「当たり前じゃない。大人になっても、姉弟でお風呂に入るなんて聞かないでしょ。みっくんもそうなってきたの。じゃあ、流してくれる?」
「うん……」
由奈の話を聞いて、わかったようなわからないような返事をして、光毅は彼女の背中を湯で流していく。
彼女の肌はとてもキレイで、スタイルもよく光毅も思わず見てて、ドキドキしてしまったが、こういう感情も光毅は子供の頃には抱いていたものとは違うことに気付き始めていった。




