24 薬師アロンの提案
まずは見せたいものがある。そう言って、謎の男は私達を伴って市場を歩いていく。
「見てごらん、そこの店。あの薬草、君が昨日売った薬草じゃないかい?」
彼が指し示す方を見る。昨日まで、この市場にはひとつもなかった薬草店、と看板が出た小さな屋台風の店。その商品棚に並べられた薬草に見覚えがあった。そして、店主にも。
………もしかして、転売してるの?
あれは一束銅貨3枚で売った風邪薬……え、なにあれ、ばら売り1株銀貨1枚!? 銅貨10枚で銀貨一枚のはずだから……
「めちゃくちゃ買い叩かれてた!?」
えー、みんな何も教えてくれなかった……
それもそうか。わざわざ「安すぎるからもっと高く売りなさい」なんて言う客はいないよ。
「いいカモにされたね」
新参者の小娘にみんなよくしてくれて、若いのに頑張ってるねって声をかけてくれて、いい人たちだなって思ってたのに。
ナチュラルに騙されてたなんて。落ち込む。ここは平和な日本じゃないんだから。分かっているつもりが、この体たらく。
この人が『助ける』と言った意味がわかった。
「教えてくれてありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして」
二日目で気づけてよかったよ。数日後に自分で気づいてたらまだショックが大きかったと思う。だけど、騙すような悪い人がいる一方でこの人みたいに親切な人もちゃんといるんだな。変質者とか言って悪かったよ。ありがたや、ありがたや。お礼に薬草プレゼントしよう。なんかすごそうな効能のやつ。
「話はもう一つあるんだ」
「へ?」
持っていたカゴから薬草を取り出そうとする私の耳元で、彼は声を潜めて言った。
「─────君たちの正体について」
その瞬間、私は動けなくなった。ウィルを連れて全力で逃げなくちゃって思うのに、がたがたと足が震えてまもとに力が入らない。
どうしよう! この人は、私達の正体を知ってる!
「安心して。私は君たちを助けると言ったでしょ」
助ける……?
心の中は恐怖でいっぱいで、泣きそうになる。
「そう言って私達を捕まえて、コーネットに引き渡す気でしょう!」
嫌だ嫌だ、絶対にあの家には帰りたくない。変態侯爵の嫁にもなりたくない……!
「姉さま、だいじょうぶ」
きゅっと、ウィルの小さな手が私の指を握る。正体がバレたというのに、ウィルは安心しきってる。ウィルのスキル『真実の目』が、彼は安全だとウィルに教えているのだと思う。
だけど私は何も「見えない」から。
「話をしよう。絶対に、悪いようにはしないから。真を司る神、イファーデンに誓って」
彼に案内されたのは、路地の途中にあった人気のない古い民家の2階。正直、何度も逃げ出したくなったけど、ウィルに促されるままここまで来てしまった。
「君たちはリーベル王国のコーネット伯爵家の子、ララとウィルで間違いないね?」
「どうして分かったんですか」
大丈夫だと言うウィルを信じて、私は開き直ることにした。もし、この人がコーネットの追手に私達を引渡そうとしたら、ハティを大声で呼べばいい。森で待機するハティになら、きっと聞こえるはず。すぐに駆けつけて私達をかっ攫ってくれるだろう。そう思うといくらか落ち着くことができた。
「そうだね……その説明をするには、まずは名乗らなければならない。私はアーソロン・ノヴァ。ミナヅキ王国に所属するノヴァ侯爵家の長男だよ。家を継ぎたくなくて、薬師として、世界中を逃げ回ってる。君と同じ、逃亡者だ」
家から逃げ出した、逃亡者? 私達と同じ。
それって……お仲間ってことですか。
「家の追手を撒くためにね、私は独自の情報網を持ってるんだよ。そこに、リーベル王国のコーネット伯爵家から逃げ出した姉弟を追う者達の情報が入った。私には関係のない情報だったし、無視してたんだけど………昨日、市場で君を見つけた。珍しく高価な薬草をゴミみたいな値段で売ってる変わり者の君。何者だろうって、気になって観察してたんだ。それで、今日、君が弟を連れて市場にやってきた。女装させていても、医学の知識がある私にしてみれば男の子だとすぐにわかったよ。十代半ばくらいの女の子と、7歳くらいの男の子の、変装した二人組。聞き耳を立てていると、君は『ウィル』とその子を呼んだ。気をつけていてもボロは出る。『ウィル』はコーネットが追っているという子供の名前だ」
聞きながら、体が縮こまっていく。ウィルの名前は呼ばないようにしてたのに、無意識だった。もっと気をつけられたのに、迂闊だった。
「それで、君達の正体を知っているようなことをほのめかせば───君は図星だって顔をした。騙したようでごめんね。君たちの正体を確信したのは、だから今さっきだよ」
はぁ───────と深く椅子に沈む。自分の軽率さを恥じて、このまま沼に沈みたいところだけど、いまは私達の正体を知るこの男とハナシをつけなければ。
「それで、助けてくれるっていうのはどういうことですか。私達の正体を黙っててくれるって意味ですか」
「もちろん、君達の正体は誰にも明かさない。それだけじゃない。君達の情報がコーネットの追手に渡らないよう情報操作をして、君達が逃げる手助けをしてあげる。それが『助けてあげる』の意味だよ」
どうして、そこまでしてくれるの?
私達は今知り合ったばかりの、他人なのに。
怪し過ぎる。だから聞いた。
「見返りは?」
すると、彼はにっと黒く笑った。
「今後は、君が得る薬草の全てを私だけに売ってほしい。他の誰にも売らず、私だけに」
「薬草を独り占めしたいと」
やっぱりね。何の利益もないのに、タダで助けてくれるなんてお人好し、いないよね。
「その通り。ああ、もちろん、薬草には正当な対価を払うよ。町の連中のように買い叩く、なんてのは元・貴族としての誇りが邪魔をする。どうやってか分からないけど、君には珍しい薬草を手に入れる手段があるんでしょう? 私は薬師として、君が売る珍しい薬草がほしい。なのに、君が捕まったら困るんだ。だから、助ける」
「ほんとのことだよ。いいひとだから、たすけてもらおうよ」
ウィルがキラキラした瞳で後押ししてくる。どうしてそんなにテンションが高いのか。姉さまはもう精神が擦り切れそうだよ。
でもまぁ、彼は珍しい薬草を独り占めできて、私は金貨と安全を得る。
まさにウィンウィンの関係、ね。
それにね、と彼が最後にダメ押しする。
「君が昨日売った薬草──ああ、例の伝説級の薬草『月草』だけど──転売が繰り返されて、ある貴族が手にしてる。彼は薬草の最初の提供者を探してるそうだよ。他にも『月草』を持っていないか、群生地はどこか聞き出すためにね。君は目立ちたくないのに、見つけられたら────困るよね?」
「乗った! 今後ともお取り引きのほど、よろしくお願いしまっす!」





