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シャイレンドルの闇 7

 ――それでも。

 大事なものはもうないのだ、と叫ぶ言葉が胸に痛い。俺は……俺にとっておまえは……。

「俺は、おまえが大事だと思っていたよ」

 男の独白に、腕の中の少年が顔を上げた。

「お兄ちゃん、誰?」

 不思議そうな顔で。

「俺? 俺は……そうだな」

 何も知らない少年になんと言ったものか迷う。考えた末、正直に言うことにした。

「俺は、おまえが二十四歳の時の友達だ」

 判らない、と鼻の頭にしわを寄せた少年に、男は手を振ってみせた。

「ほら」

 少年が興味を持ってくれればシャイレンドルの記憶の中から映像を呼び出すことができる。男の手の動きにつれて、霧をスクリーンに光景が浮かび上がった。

「お兄ちゃんだ」

 映った映像を見て少年が目を丸くする。初めて会った時の相棒と自分だ。

「二十三歳でおまえに会った時、おまえは十九歳になっていた。それから五年、相棒として組んでいろいろやってきたよ」

 シルミウムの四季。古ぼけた石の塔は、いつも設備に文句ばかり言っていたが、悪くない古巣だった。最上階を使っての実験、失敗して騒ぎになったものだ。そして数々の依頼。外部から持ち込まれる厄介ごとの多くは何故か自分たちに回ってくる。何事も経験、とうそぶく塔長に載せられて、あちこちへ行った。苦労も多かったが、身になることも多かった。

「俺は、あんまりいい相棒じゃなかったな。いつも、おまえと言い争いばかりしていた」

 つまらないことでさんざん腹を立てた。たぶん、俺はおまえの天分が羨ましかったんだ。おまえがそれに対して抱いていた感情も知らずに。

「だけど、悪くない五年だったよな……」

 霧の中に転がっていた相棒の安らかな顔を思い出す。

 そうしていればおまえは思い出したくないことを永遠に忘れていられるのかもしれない。それは……おまえにとって幸せなことなのかもしれない。結局おまえがそれを望んだんだ。それなら、不肖の相棒だった自分に、それを止める権利はない。

 そろそろ足元が危なくなってきた。

 そっと子供をおろして座り込む。他人の内面世界は異空間だ。はじき飛ばすことが出来なかったこの異物を同化して取り込むことに決めたらしい。意志の力で保ってきた自分の姿を維持することが難しくなってくる。タイムリミットが近づいているようだった。

 ――心中相手が美女でなくて悪いな……。

 睡魔が襲う。疲労感が快い眠りへと誘いをかける。その誘いに身を任せれば、このまま世界に同化されてしまうのはわかっていたが、誘惑はあまりに甘美だった。

「お兄ちゃん、どうかしたの? 気分でも悪いの?」

 目を閉じてしまった男に、子供が腕を掴んで揺さぶる。

「うん、お兄ちゃん、眠いんだ」

「でも、お兄ちゃん、消えそうだよ!」

 ――いいよ、おまえと一緒なら。

 ほんのりと微笑んで見せ――ユレイオンの意識は途切れた。


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