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白い闇

「馬鹿野郎……」

 黒衣の魔術師の腕をつかんで揺さぶっていた少年がぼそっと言う。

 痩せてガリガリの少年の体が白く煙ったかと思うと、むくむくと雲が広がるが如くに大きさを増した。

 霧が晴れたあとには、記憶の底に倒れていたそのままの姿で金髪の魔術師が立っていた。

 ――こんな記憶の奥底まで来やがって……。禁忌の術にだけは絶対に手を出さないユレイオンだからこそ、万が一でも俺の中に潜ってくるなんてこと、やらかさないと思ってたのに。

「まったく……馬鹿野郎」

 なじりながら、頬のゆるむのを自覚する。

 あいつの言葉は聞こえていた。全て。

 ――でもさぁ、そんなおまえの前に、のこのこ顔出せるわけ、ねえだろ? どんな顔すりゃいいんだよ。

 きっと相当にしまりのない顔をしていることだろう。自分でもわかる。

 ――初めて会った五年前からどれだけおまえに救われてきたか。でも、きっと俺は言わない。言わなくても多分、伝わってる。言葉でなく、もっと奥の深いところで、信頼してる。でなきゃ五年も相棒バディ組めねぇよ。

「ありがとな……」

 それだけ言うと、シャイレンドルは顔を引き締めた。

 混じりこんだユレイオンの記憶がちらちら見え隠れする。それらを見ないようにしてぐい、と黒衣の相棒の腕を引張ると、周囲から切り離して透明な球体に封じ込めた。

 ――こうしておけば、同化は進まない。このまま押し出してやれば戻れるはずだ。


「なぁんだ、残念。意外と持たなかったねえ、そっちの子」

 白い闇の中に黒い染みがぽつんと現れた。そのままゆらりと立ち昇り、人の姿を取る。

 鏡から出てきた青い双眸の男。……地の王。

「シルミウムの今のトップ2だって聞いてたから、ずいぶん楽しみにしてたんだけどねえ。そっちの子はそろそろタイムオーバーじゃないの? 戻れなくなるよぉ? まあ、僕はそれでも全然構わないんだけどねえ。君はまだ遊んでくれそうだし」 

 ぞわっと髪の毛が逆立つ。怒りの感情が沸々と湧いてくるのがわかる。

「てめぇ……」

「そっちの黒髪の子の方はあんまりおもしろくなかったんだよねえ。嫉妬と羨望、自己憐憫と自己嫌悪。いかにもストレートっていうか。あのまま捕らえといてもよかったんだけど、破られちゃった。でも、君の記憶はいいねえ。憎悪たっぷりで。もう少しで闇堕ちしそうだし。ねえ、こっちにおいでよ。そんな枷、取っ払っちゃって。君にはそれだけの力、あるでしょう?」

 けらけらと嗤う黒い男の声が耳障りだった。どす黒く渦巻く感情。本気で腹を立てるのは久しぶりだ。

「黙れ」

 普段はここまで怒らない。……怒らないようにしてる。怒りに任せればどうなるか、よく知ってるから。

 でも。

「それとも、そっちの子、殺しちゃったほうがよかった? そうすればその器にしがみつく理由、ないでしょ」

「黙れ!」

 地の王の言葉をぶった切る。光を集めて刃を投げつけるが、闇は霧散し――再び形をとる。

「ダメダメ、あたりまえだけど僕の本体はここにないもの。何やっても無駄だよ。それよりほら、もうその子、消えそうだよ?」

 焦りを誘う言葉を巧みに投げつけてくる。その都度、怒りが増す。

「てめぇ……てめぇだけはぜってぇ許さねえ。出て行きやがれ! メルキト!」

 ありったけの光を集め、光の檻で闇を閉じ込める。余裕の笑みを浮かべていた地の王は、名前を呼ばれた途端、縛られたように身動きを止めた。

「く……なぜおまえがその名を知っている!」

「知らねえよ。次にちょっかい出してきたら……滅するぞ」

 低い声が出る。言ってから、なにか自分ではないものが自分の口を借りたのに気がついた。

「く……くくく……」

 地の王――メルキトは檻の中で低く声を漏らしたと思うと高らかに笑い出した。

「おまえ……おまえなのか! 楽しい、楽しいぞ! やはり出てきたのは正解であった! これだからやめられん」

「何を言っている」

 メルキトは泣いているのか笑っているのかわからないほど顔をしわくちゃに歪めながら笑っている。

「おまえ――その魂、覚えておくぞ。ああ、楽しい、楽しいなあ。遊び相手がいると! また遊んでやるよ! 楽しみだなぁ!」

 地の王は狂気に満ちた声を残し、光の檻ごと消えた。

「何なんだ、ありゃ……あんなのに知り合いはいねーぞ」

 それに、口を借りたのは一体何なのか。気がかりなことが増えただけのような気がしてならない。

「まぁ……ええか。ユレイオン、帰るで」

 光に封じていたユレイオンを抱えて、シャイレンドルは記憶を登り始めた。

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