第五話 雨の日の訪問と既成事実
*本話には、婚活のために薬を使うというちょっと危ない策略が登場します。
作戦決行の日は、あっけなく訪れた。
夕方から降り始めた雨は、夜になると激しい雷雨へと変わっていた。
学園の敷地内にある女子寮の一室で、リゼットは心臓の鼓動を抑えながら準備を整えていた。
絶好の雨……! 馬車を出すのが躊躇われるレベルの荒天。神様が味方してくれているわ!
昼間、「図書館の貴重な資料の解読を手伝ってほしい」とアレクシスを部屋に誘い出す口実を作っておいた。
雨脚が強まる中、約束通りアレクシスは濡れた上着を脱ぎながらリゼットの部屋を訪れた。
「急な大雨になってしまったね。……少し、お邪魔させてもらうよ」
相変わらずの美しい顔立ちに、雨で少し濡れた髪が色気を添えている。水も滴るいい男とはよく言ったものだ。
濡れた上着を預かり、タオルを手渡す。
リゼットは「どうぞ、温かいお茶でも」と可憐に微笑み、用意しておいたハーブティーを差し出した。
もちろん、例の睡眠薬をしっかり混ぜ込んである。
緊張で手が震えそうになるのを必死で抑えて。
さあ、もう後戻りはできない。
「ありがとう、リゼット。君の入れてくれるお茶はいつも美味しいね」
アレクシスは何の疑いもなくカップに口をつけ、数分後——ふっと瞳を細めると、そのままソファへと倒れ込んだ。
かかった……!!
リゼットは心の中で高らかに勝利のファンファーレを鳴らした。
素早くドアに鍵をかけ、アレクシスの襟元をほんの少し乱し、自分も髪を乱して「朝まで一晩一緒に過ごした」という完璧なシチュエーションを作り上げる。
罪悪感が胸を刺すが、自分の未来のためだ。
それでも直接触れ合うような真似は避け、アレクシスのシャツの端をそっと握りしめたまま、リゼットも緊張の中で夜を明かした。
アレクシスの長くて濃い睫毛が白い肌に深い影を落としているのをじっと見つめて。
シトラスに、ほんのり混ざる百合の香りに、理由もなくほんの少し泣きそうになった。
翌朝。
差し込む朝日に目を開いたアレクシスは、頭を軽く振りながら体を起こした。
横には、目元を赤くして俯くリゼットがいる。
いつも綺麗に整えられている赤みがかった茶色の髪が乱れているのを見るのは初めてだった。
「……リゼット? 私はいったい……」
「……アレクシス様。昨夜のことは……どうか、お気になさらないでくださいませ……っ」
完璧な演技だった。リゼットは顔を覆い、蚊の鳴くような声で呟く。
「雨のせいで、お互いに少し……気が動転していただけです。このことは、私の胸ひとつに仕舞っておきますから……!」
これでいい。誠実なアレクシスなら、この「既成事実」っぽい雰囲気だけで充分に動揺し、責任を感じてくれるはず——。
リゼットがチラリと盗み見ると、アレクシスは乱れた自分の襟元と、リゼットの様子を交互に見つめ、見たこともないほど真剣な表情で思考を巡らせていた。
よし……! 作戦は大成功よ!
リゼットは心の中でガッツポーズを決めた。
永遠にも思える静寂の後——
アレクシスは意を決したように、乱れた衣服を整え、そっとリゼットの肩に優しく手を置いた。
その瞳には、並々ならぬ凄まじい決意が宿っていた。
「……すまない、リゼット。私としたことが、君に大変なことを……」
「え……?」
「安心してほしい。私は、君を絶対に不安にさせたりしない。どんな結果になろうと、責任を取るよ」
声のトーン、差し出された手の温もり、まっすぐな眼差し——すべてが完璧な「理想の王子様」だった。
リンゴーン
リゼットの頭の中で、ベルが鳴り響いた。
やった……! やったわーーー!! 玉の輿ゲットーーー!!
リゼットは眼を見開き、表情筋を総動員して戸惑ったような表情を作りながらも、心の中では盛大に踊り狂った。




