第四話 焦りと、禁断の秘策
*本話には、婚活のためにちょっと危ない作戦が登場します。
選抜クラスの授業が始まって半年。
リゼットのアレクシス攻略計画は、大いなる壁にぶつかっていた。
「リゼット、君がまとめてくれた外交文書の要約、完璧だったよ」
「ふふ、お役に立てて光栄です、アレクシス様」
相変わらずアレクシスからの評価は絶大だ。
学園内でも「アレクシスの隣にはいつもリゼットがいる」と噂されるほど、二人の絆は誰もが認めるものとなっていた。
ただし、『最高のバディ』として。
個性的な人がそろっている選抜クラスの皆が、アレクシスの能力と性格に敬意を払っている。
彼のお父様がそうなように、アレクシスも人を偏り見ることはしない。立場がどうであっても、その人の得意なところを見つけて、高く評価する。
自分だけでなんだってできるのに、他の人にも適切にタスクを配分して、成果を独り占めすることもない。
人の話にもじっくりと耳を傾けてくれる。本当にタルカス様とは大違いなのだ。いや、比較することすらアレクシスに失礼、とさえ思う。
外見だけでなく、中身まで本当にイケメンなのだ。
でもでもでも……違うのよ! 欲しいのは友情の握手じゃなくて、将来の伯爵夫人という地位なの!!
リゼットの内心の焦りは、日を追うごとに限界を迎えていた。
イメージチェンジを狙った私服で、流行りのデートスポットに連れ出してもみた。ちょっと露出度を上げた服を着てさりげないボディタッチも試みた。いろいろと隙も見せてみた。メイクも変えてみた……
それでもアレクシスは紳士的で……いつでも穏やかな微笑みで接してくれる。
女性慣れしているわけではなさそうなのに、女性の扱いが抜群にうまい。誘いをかわしているように感じるときだって、決してこちらに気まずい思いをさせない……
こんな素敵な人、好きにならないなんて女子じゃない。
残された時間はあと半年。卒業すれば、アレクシスには国内外から名だたる大貴族の令嬢たちとの縁談が山のように舞い込むはずだ。
平民で奨学生の自分が、卒業後に彼の「友人」として隣に居続けられる保証なんてどこにもない。
このまま卒業したら、私はトルカスタに送り返されて、あのタルカス様と結婚……? 冗談じゃないわ! ここまで努力して、そんなオチなんて耐えられない!
甘い雰囲気を作ろうとしても、アレクシスは「君のその粘り強さ、交渉人として本当に尊敬するよ」と爽やかな笑顔で返してくるだけ。恋愛感情としての「好き」に発展する気配が一切ないのだ。恋愛に関して何かトラウマでもあるのだろうか?
正面突破がダメなら……外堀を埋めるしかないわ。
追いつめられたリゼットの脳裏に、黒い閃きが走った。
男の人って、責任感が強いわよね。特にアレクシス様みたいな誠実の塊みたいな人は……。もし、逃げられない『既成事実』ができてしまったら……?
一度思いついたら、もう止まらなかった。
「恋愛で落とせないなら、結婚せざるを得ない状況を作ればいい」——それが、リゼットが出した力技の答えだった。
さっそくリゼットは行動を起こした。
授業が終わるのを待ち、向かったのは、選抜クラスの同級生で、薬学と医療に異常なほど詳しい令嬢の元だ。
「……ねえ、最近卒業後の進路とか、いろいろ考えちゃって眠れなくて。何か少しだけ、ぐっすり眠れるお薬とか持っていないかしら?」
目元にほんの少し影を作り、いかにも「悩み深き学生」を演じてみせる。
「まあ、リゼ。あなたみたいに優秀な人でも悩むのね。……いいわ、配合を弱めた睡眠薬を少しだけ分けてあげる。でも、用法用量は絶対に守るのよ?」
「ありがとう! 本当に助かるわ!」
小瓶を受け取り、リゼットは心の中で高らかに邪悪な笑声をあげた。
手に入れたわ……! これでアレクシス様を私の部屋に誘い込み、薬で眠らせる。そして同じ部屋で「一晩一緒に過ごした」という状況証拠を作って、必要とあれば妊娠を主張する。実際何もなくたって、周りは勝手に何かあっただろうと勘繰ってくるはず。
自分の立てた悪辣かつ古典的な計画に、罪悪感がまったく湧かないわけではなかった。
事実が発覚したら、アレクシスとの関係そのものも壊れてしまうかもしれない。
でもあと半年、半年だけ逃げ切れればいいのだ。
何かあっても、自分は天涯孤独の身だ。誰かに罰の累が及ぶ心配もしなくていい。
背に腹は代えられない。自分の未来は、自分の手で掴み取るのだ。
懐の小瓶を強く握りしめ、作戦決行の日を待つことにしたのだった。
ごめんなさい、アレクシス様……でも絶対に、後悔はさせませんから!




