第三話 モンフォール家訪問と小さな腹芸
学園の休日、リゼットはアレクシスに招かれ、都内にあるモンフォール伯爵家の邸宅を訪れていた。
外交セッションの予習資料として、伯爵家が保有する貴重な海外の文献を閲覧させてもらうためだ。
二人きり、だったらどんなにかいいだろうに、なぜかエドガーも一緒である。
普段のにやにやからは想像がつかないが、エドガーは一応軍務卿である公爵の息子であり、情報の扱いのセンスはちょっと悔しいがなかなかのものである。セッションではちょっと、いやだいぶ戦力になるのだ。
彼の父親も外交による国防を重視していると聞く。モンフォール家とは親しいのだろう。
家族ぐるみで仲良し、なんて羨まし……くなんかない。
いつか私がアレクシス様の本当の家族になるのだから。
……それにしても、なんて豪華なお屋敷かしら!
さりげなく飾られている絵画や花瓶などが、よく見ると国宝級のそれなのだ。いちいち値踏みする気も起きなくなってしまう。歴史のある高位貴族家とはこういうものなのか、全然違うわね……と故郷の領主の息子タルカスの屋敷を思い浮かべながら圧倒されていた。
アレクシスがエスコートしてくれ、重厚な執務室で現当主であるモンフォール伯爵と対面することになった。
伝説のイケメン外交官と名高い伯爵は、アレクシスと瓜二つの美しい顔立ちに、少しグレーが混じった短髪をなでつけている。大人の色気を漂わせた実に魅力的な人物だった。
アレクシス様が歳を重ねたら、こんなふうになるのかしら——。
モンフォール伯はにこやかに、アレクシスより幾分低い落ち着いた声で語りかけた。
「初めまして、リゼット・モローさんだね?アレクシスからよく話を聞いているよ。『こんなに気楽に話ができる人は今まで数えるほどしかいなかった』とね」
「お初にお目に掛かります、伯爵閣下。アレクシス様にはいつも多くを学ばせていただいております」
アカデミーで身につけた完璧な淑女の礼を取るリゼットに、伯爵は気さくな笑みを浮かべた。
「我がモンフォール家は代々外交を担う家柄だ。家柄や血統よりも『個人の能力と度胸』を何より重んじる。アレクシスがそれほど評価する人材なら、身分など関係ない。我が家はいつでも君のような優秀な者を歓迎するよ」
——実力主義!!
リゼットの脳内にファンファーレが鳴り響いた。
今までアレクシスがどこか線を引いて接してきたのは、てっきり「平民と伯爵家」という身分差があるからだと思っていた。
だが、当主みずから「実力主義」と断言したのだ。
私の攻め方は間違っていなかった、ということでいいわよね? 実力で認められれば、この家の嫁として申し分ないってことじゃない!
俄然やる気が出たリゼットは、ここでさらなる「下準備」に打って出た。
将来の伯爵夫人として、少しでも「血筋の聞こえ」を良くしておくに越したことはない。
「……実は、私の田舎のトルカスタにも、昔から領地を治めるベルナールという家系がございまして」
リゼットは切なげに目を伏せ、遠い目をした。
「モローの家はそちらとも縁があったのですが、祖父の代でそれなりの由緒ある暮らしを手放すことになったと聞いております。……時の流れとは切ないものですね」
何一つ嘘は言っていない。
平民だからと見下げられるのも面倒なので、アカデミーでもそのように通していた。
領主の家は「ベルナール家」だし、自分を追い回すタルカスは領主の息子だ。そういう意味では『縁があった』と言ってもいいだろう。そもそも百代も遡れば何かしらの血縁だってあるかもしれない。
そして「祖父の代で店を畳んでそれまでの働き方を変えた」のも事実である。
言葉の端々に絶妙なニュアンスを込めることで、「祖父の代で没落した、地方貴族の末裔」だと周りは勝手に理解してくれるのだ。
伯爵は深く頷いた。
「ほう……苦労をしてきたのだね。だが、過去の栄光に縋らず、自らの知識と力で選抜クラスまで上り詰めた君の努力は実に素晴らしい」
「もったいないお言葉です」
よしっ! 完璧な好印象! これで外堀はバッチリよ!
リゼットが心の中でガッツポーズを決めていると、ふと斜め後ろから視線を感じた。
チラリと覗くと、さっきまでアレクシスと何やら小声で話をしていたエドガーが、「うわぁ……嘘はついてないけど超腹芸使ってるよあの女……」とでも言いたげな、呆れと爆笑の混ざった顔でこちらを見ていた。
この事情通め!
……なによあの男! 人の腹芸を鑑賞してんじゃないわよ!
伯爵からの評価も上々、アレクシスとの距離も完璧。
持ち出し禁止の閲覧文献もしっかり頭に叩き込んだ。
最高の訪問を終え、リゼットは「玉の輿」への確信を深めて帰路についたのだった。




