第7話 地獄の閻魔によろしくな
「悪いね、わざわざ送ってもらって。営業所は良いのかい?」
「問題ありません。基本的にうちはインターネットでのやり取りが主体で、お店に来る人はほぼ居ませんので」
田井中さんが運転するHANDA製の小型車に揺られながら1時間。到着した家は閑静な住宅街の中にある庭付き駐車場付きの一軒家だった。敷地外から眺める家屋には目立った痛みなどは見受けられない。庭の方は明らかに長年手入れされていないのが分かるくらいに草がぼうぼう生えているんだが、家屋だけはまるで時間が止まったかのように綺麗に見える。
だが、綺麗に見えるのは外観だけだ。『俺の目』から見るとこの家はがんじがらめに何かが漏れ出ないような封印がほどこされている。恐らく霊感がない人間ですらこの家屋が放つ異物感に気が付くだろう。現にこの家の隣近所の家は空き家になっている。住民がこの家屋が放つ異物感に耐えられなくなったのだろう。
駐車場に車を停め、車を降りる。途中コンビニに寄って買ったワンカップの日本酒を開けて、グビリと一口しながら家屋を眺める。
「築35年の物件にしては綺麗でしょう? 外観には特に問題は見受けられませんしお買い得の物件ですよ」
「この値段で買える家じゃね-わな。何があったんここ」
「ここは裁判官の一家が住んでいたんですがね。悪質な新興宗教とモメて家族全員が儀式の生贄にされたんですよ」
「……あー。半端者がやらかした感じ?」
「ええ。教祖はどこぞの密教で修練を積んでたみたいで。半端に知識も経験もあるせいで、半端に成功しちゃったんですよねぇ。もちろん制御不能な状態で。当時の術師たちがなんとか封じて事なきを得ましたが、それでも周囲に影響が出るんでなんとかしたい所なんですよね」
物件の事を語る時はニチャア、と特徴的な笑顔を浮かべる田井中さんが、苦々しい顔でこの物件を見上げながら事情を説明してくれる。国もこういう事があるから新興宗教を監視しろよ、とかこの辺りの地価だけバカみたいに下がってる、とか所々愚痴が混ざる辺りこの状況を苦々しく思っているんだろう。
まぁ、さもありなんって所だ。今は厳重に封じられてるため異物感程度しか感じられないが、それはつまりこれだけ厳重に封じられていても違和感があるほどの霊障という事だ。何かの拍子に戒めがほどけると周辺に被害をばら撒くだろうな。
この家に無策で入った人は……可哀そうだが、魂をぐちゃぐちゃにかき混ぜられてる可能性が高い。生きて帰ってきただけの状態にされてそうだな。この家の現在の持ち主からすればなんとか処分したいが出来ないというわけだ。そりゃ安くもなる。
そしてこの状況は、俺にとってはチャンスだ。
「オッケー、買おうか」
「よろしいので? 私は力及ばず助力も出来ませんよ」
「ん、だいじょーぶだいじょーぶ。これくらいなら俺が一人で入ってなんとか出来るよ」
「……承知しました。紹介しておいてなんですが無理そうだと判断したら引きずって逃げますので、その点はご了承をお願いします」
「オッケーオッケー」
俺の言葉に田井中さんは目を細くしてこちらを見る。言葉の真意を測っているようだが、俺の言葉にはこれ以上の意味はない。確かに、目の前にある家屋の霊障は結構なレベルのものだ。だが、『地獄から溢れてきた亡者たち』を相手にするよりは数百倍は楽な案件だ。
『ま、一本くらいで足りるか』
手に持ったワンカップの日本酒を一口。口に含んだまま地面にカップを置いて、プシュッと口に含んだ酒を霧状に吹いて両手に酒を纏わせる。酒は古来から神事に使われるもので霊力の通りがいい。本当なら清められたお神酒とかの方が良いんだろうが、坂東メンチにはどちらでも構わない。アルコール度数が高い方が気分が乗るかな、くらいだ。
「田井中さん。鍵を開けてくれ」
「承知しました……なるほど。面白い除霊法だ」
手を酒で湿らせた後にワンカップを拾ってそう口にすると、ニチャアと『俺』の両手に纏う霊力を眺めて、田井中さんがくつくつと笑う。その不気味な笑顔が少し引きつった風に見えるのは、霊圧に押されたとかそういうものだろう。霊力の扱いに長けた封じ手は霊感に優れていることが多い。その優れた霊感によって彼は察したのだろう。『坂東メンチ』という男の力を。
鍵を取り出した田井中さんと共にぼうぼうに草が生い茂った庭へ入り、玄関前へ。手入れもしていないはずなのに建屋には一切雑草もカビも見受けられない。まるでこの建物だけが時間が経っていないかのようだ。
ガチャリ、とドアの鍵が開く音がする。途端にあふれ出す瘴気とでも呼ぶべき禍々しい霊気。田井中さんの表情が歪む。手で少し下がる様に伝え、田井中さんが玄関前から庭に退避したのを確認した後にドアノブに手をかけ、ドアを開く。
開いた瞬間、一般人ならばその場で嘔吐しかねない霊圧と共に、複数の血に塗れた手がドアの中から飛び出してきた。
「おっと」
飛び出てきた手は男のものもあれば女のものもあり、また子供のものも一つ二つ混ざっている。10数本もの手の群れが『坂東メンチ』を掴もうとする前に、右手を軽く握って爪を弾く要領で手に着いた酒の飛沫を飛ばす。
“ギャッ”
悲鳴のような声が聞こえると共に、飛び出してきた手の群れは瞬く間に消えていく。酒飛沫ショットガンとでも名付けるべきか。一応『坂東メンチ』が主人公を張る『煉獄列島』というアニメでも出てきた技の一つだが作中では名前は出なかった。亡者との戦闘中咄嗟に出した技の一つだ。
「……今のは、一体。いきなり亡霊が消えたように見えましたが」
「霊力を通した酒の飛沫を浴びせたんですよ。これが意外と効果があって使いやすい」
田井中さんにぴっぴと指を弾く仕草を見せると、田井中さんは「えぇ……」と小さくうめくような声を上げた。まぁ、普通の拝み屋と全く違うスタイルだから引きたくなるのは良く分かる。『他の仲間たちは基本的に真言とかを使っていたけど、俺はそういうのは苦手だったからな』
玄関から中に入る。家の中はむあっと湿気臭い匂いと、異臭で満たされている。腐敗臭、それにかすかに残る血の臭い。話を聞く限り内部は事件があった日のまま、手つかずで残っているはずだが10数年の月日があれば腐敗臭は風化するはず。それを感じるという事は。
口に一口酒を含み、廊下に向かって酒しぶきを行うと淀んだ空気が掻き消えるように無くなっていく。『この酒しぶきには口噛み酒の概念が込められていて、強い霊力を持つ俺が口に含み、噛みしめた酒には強い神気を宿すことが出来る。口噛み酒は口神酒に通じ、邪気を清める力がある』のだ。
「……凄まじい。儀式もなく、これほどの強い邪気払いを」
「『褒めてくれるな、照れくせぇ』」
田井中さんの言葉に背中を痒くしながら、俺と田井中さんは家の中に足を踏み入れた。唯一の出入り口である玄関を口神酒で強烈に清めたのは、内部の邪念を外に逃がさないためだ。
こいつはここで終わらせなければならない。外に逃がせば更なる悲劇を巻き起こす。これは、そういう類のものだ。玄関に入って廊下に上がるとすぐ左手に階段があり、お国はリビングに繋がるドアとキッチンに繋がるドアが見える。セオリーであると相手の逃げ場を塞ぐために他のか所を浄化するんだが、今回に関してはそもそも家自体が封じられていて出入り口は玄関しかない。真っすぐに邪念の本体を叩いても問題はないだろう。
「田井中さん。儀式の場を直接叩きつぶすが、この場に残ってくれてても良いぜ?」
「ご冗談を。自分の身を守るくらいならば問題ありません。それに、貴方の除霊は随分と楽しそうだ」
背後に立つ田井中さんにそう提案するも、田井中さんはニチャア、と笑顔を浮かべてそう返してくる。『楽しそう、と言われるのは初めて』だがそう言われたら断る理由もない。お守り代わりに俺の霊力で満たした残り半分ほどのワンカップ酒を渡して、新しいワンカップ酒の蓋を開ける。
リビングに繋がるドアは邪念で覆いつくされている。まともな神経の人間が障れば瞬時に前後不覚に陥るほどの強烈な悪意の塊。ドアノブを掴むと、俺の霊力と邪念が一瞬拮抗し、ジュワッと音を立てて邪念が消え散った。
ガチャリとドアを開けると、そこには凄惨な光景が広がっていた。
「うっ……オン、キリキリ」
俺の背後に居た田井中さんが、リビングの光景をみて口元を抑えたのが分かる。リビングの中は家具が取り除かれ、広い空間が作られていた。部屋の中央の床には真っ赤な液体で描かれた六芒星があり、それらを囲むように蠟燭が立てられている。
そして、その六芒星の真上には、4人。干からびた大人二人と子供二人が首にロープを巻かれて吊られている。彼らの両手は子供二人のロープを掴んでいる。
悪辣だ。それを見た瞬間に『坂東メンチ』はそう感じた。恐らく吊るしてから両手を解放したのだろう。子供たちの首のロープを外そうと、大人たちも子供たちも懸命になったのだろう。だが、普通の人間の首は自分の全体重を支えられるほどの強さを持たない。瞬く間に両親が力を失い、そして子供たちも力尽きた。それが、この風景の理由だ。
絶望を色濃くする方法は、わずかな希望を与える事。子供を守るための両親の愛情を餌に濃くした絶望は、より深いものとなって儀式に力を与えた。それが、この光景とこの家の現状の正体。
そして、これを成した奴は。
「『よう、外道』」
『カタカタカタ』
六芒星を挟んだ反対側で、白い狩衣に身を包んだ笑う骸骨を見据える。恐らく奴がこの儀式の主導者であるカルト宗教の教祖。そして、外道に堕ちた者だ。これを成した奴は道から外れている。道理の外の存在。故に外道。地獄の亡者ですらなく、勿論生者であるはずもないその存在を表す言葉を、『坂東メンチ』は他に知らない。
この骸骨は己が儀式で全てを奪った家族4名を、その死後すらも凌辱し弄んでいる。この家に満ちる邪念には彼ら家族たちの無念を糧に力を増しているのだ。
「『お前らみたいな外道には、地獄の閻魔の慈悲もない』」
『カタカタカタ』
一歩、リビングに踏み込んだ俺に、骸骨が指を向ける。その瞬間にリビングの四方から、骸骨と同じように白い狩衣に身を包んだ黒い影が躍りかかってくる。骸骨の手下。儀式の際に一緒に死んだカルト宗教の信者だろう。
洗脳され、命を落とし、そして死後もこき使われている。その事には同情する。故に、手加減はしない。
「『酒礫』」
俺の言葉に反応するように、霊力が満たされたワンカップ酒の口から酒の飛沫が周囲に飛び散っていく。その飛沫は矢じりのように姿を変えると狩衣たちに突き刺さり、突き抜け、そのまま壁に突き刺さる。
酒の飛沫を見に受けた狩衣たちは、黒い影を失い苦悶に満ちた表情を浮かべて床に落ち、そして涙を流しながら晴れやかな表情を浮かべて消えていった。
「『自分に従う者すら、玩具にしたんだな。お前は』」
『カタカタカタ』
また一歩。前へと足を踏みだす。目に見えて動揺する骸骨が何かを喚く様に口をカタカタと動かしている。だが、『外道の囀り、聴く耳は無』。
部屋の中央。六芒星の傍まで歩き、手に持ったワンカップ酒を六芒星にピシャリとまき散らす。その瞬間、断末魔のような悲鳴が家全体を揺らし、家族を吊るしていたロープが根元から千切れた。
ギャアアアアアアアアアッ!!
「『うるせぇんだよ。死人はとっとと地獄に墜ちろ!』」
掻き消えた六芒星を踏み越え、床に落ちた4名の遺体を飛び越えて。握り込んだ拳を骸骨に向かって振り下ろす。閻魔の地上代行者としての権能を全力で行使して、外道を地獄に叩き返すための拳は骸骨の頭を粉砕し、地獄行きの穴を開く。
『カタカタカタ!』
頭を砕かれた骸骨が地獄行きの穴から湧き出た黒い手に全身を掴まれ、ズルズルと引きずり込まれていく。地獄の鬼の手だ。それに掴まれた者は裁きを受けるまで決して離されない、地獄の執行官の手。骸骨の必死の抵抗をあざ割る様に鬼の手は骸骨を地獄行きの穴に引きずり込み、そして消えていく。穴が消える前に手に持っていたワンカップ酒の入ったビニール袋を穴の中に放り込む。時間外労働の対価は必要だからな。
「『裁きを逃れる亡者無。地獄の閻魔によろしくな』」
消え行く鬼の手にそう声をかけると、向こう側で誰かが笑う気配を感じた。『意外と気さくな連中なんだよ、あいつら』
穴が消えると共に、家屋を包んでいた邪念が急速に晴れていくのを感じる。邪念の元となる存在を地獄送りにしたから当然ではあるが、急激すぎる変化に家自体がきしみ始めるのを感じる。
あ、これヤバイな。長い年月封じられていた月日の経過が一気に襲い掛かってる奴だ。やっぱりあの邪念、中の時間にも干渉してたのか。思った以上に強い霊だったのかもしれん。
「田井中さん、ヤバイこれ。家が崩れる!」
「え、ええ!? いや、そんな。嘘でしょ!?」
「ちょっとこっちのお母さんの身体持って! そこのリビングの窓突き破って外出るぞ!」
「え、ええ!? はい、はいぃ……」
軋み始めた家から慌てて家族の遺体を運び出し、ひいこら言いながら家屋から距離を取る。やがて家の急速な劣化に耐え切れず、呪われた家は沈み込むように崩れていった。
ざわざわと騒ぎに周辺の家から人が出てくる中、俺と田井中さんは寝かせた遺体の傍でへたり込むように座って崩れた家屋を見る。どこからか通報があったのだろう、サイレンの音も聞こえてくる。
「……不動産屋って大変っすねぇ」
「こんなの、10年不動産屋やってて初めてですがね」
俺がボソリと呟くと、田井中さんはそう言って、ニチャア、と笑顔を浮かべてケラケラ笑い始めた。
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山里一也(男)25歳
視聴履歴
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