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第8話 どうやら今夜は眠れそうにない。

 差し出した俺の右手を、両手で包み込むように握って。老女は小さく呟く様に「ありがとうございます。ありがとうございます」と繰り返した。彼女は俺が除霊した呪われた家の持ち主で、惨殺された一家の親族だ。亡くなった父親は彼女の息子さんだという。


 家が崩壊した後は大変だった。


 騒ぎになった為駆けつけてきた警察に事情を説明し、俺と田井中さんは一晩警察署でお世話になる。ミイラ化した死体なんて出てきちゃったから死体遺棄の容疑がかけられちゃったんだよね。とはいえこの物件の事は近隣でも有名で、所轄の警察も把握していたのと田井中さんが警察内に存在するという対霊障専門の人に話を通して次の日には釈放されることに。



「ここまで大事になるのは珍しいですが、こっちの業界だと割とよくある事なんですよね。警察のお世話になるの」

「世知辛いなぁ」



 ああいう存在を放置すると周囲には甚大な被害が出る。それを封じたり祓ったりしているだけなのに不審者扱いをされたり死体遺棄の容疑で警察のお世話になるというのはなぁ、世知辛い。


 まぁ、それは兎も角としてだ。釈放されたその日に田井中さんと共に矢場杉不動産へ戻り家主に連絡を入れると、彼女はすぐに矢場杉不動産へとやってきた。そして買い手である俺の手を取り何度も何度も頭を下げて礼を言った。息子夫妻と孫たちの仇を取ってくれたと、涙ながらに。



「ご家族の遺体は○○警察署に安置されています。もう連絡はされていると思いますが」

「はい。昨日、息子たちと再会する事が出来ました。その時はご挨拶できず……」

「ああ、いえ。ちょっと変わった状況でしたので……」



 こういう湿っぽい雰囲気は苦手だし、田井中さんに応対は任せよう。俺は彼女の弱みに付け込んで安く物件を買い叩いたわけだし気まずいく感じてるのもある。家主は家屋の売買契約にサインをした後、何度も何度も頭を下げて矢場杉不動産を後にした。土地の購入代金を受け取ろうとしないのには少し困ったが、彼女にとっては今回の一件で金銭を受け取るのが嫌だったのだろう。これから30年ぶりに再会した家族を迎えて、そしてもう一度葬式を出すというから、その葬式代に充ててくれ。そう言ってようやく受け取ってもらえた。


 葬式というのは重要だ。見送る側にとっては区切りとなり、見送られる側にとっては現世との別れとなる。誰にも送られない者は天に上る事も出来ず、地上に縛り付けられる事になる。見送ってくれる彼女の存在によって、彼ら家族は今度こそ輪廻の輪に帰る事が出来るだろう。



「さて……と。田井中さん、相談があるんですが」

「はい? 改まってどうされました……あ、これ土地の権利書です。解体業者には知り合いがいますのでそちらに家屋の処理をお願いしておきますね」

「あ、お願いします。じゃなくて」



 彼女が去ってから少し。大きな仕事を成し遂げたという余韻に浸っていたらしい田井中さんに向き直ると、田井中さんは怪訝そうな顔を浮かべた後、ニチャアと笑って産廃業者の手配を請け負ってくれた。いやめっちゃ助かる。助かるんだけどそうじゃない。そうじゃないんだ。



「実はですね。俺、来月までに住める家を探してんですわ」

「……あ」

「土地を手に入れたのは良い。嬉しいだけどね。そこに家建てるとしたらどのくらいかかりますかねぇ……それに家建てるのと解体処理もお金かかりますよね」

「そうですねぇ…………合わせて、安く見積もっても3000万くらいで半年は見積もった方が良いかと」



 俺の言葉に頷き、田井中さんは電卓を取り出して少し考えた後にそう結論付ける。アキコちゃんに金を返してもらえれば払える金額だが、問題は金額じゃない。来月から住む家だ。俺の言いたい事が伝わったのだろう、田井中さんもニチャアとした笑顔を引っ込めてううむ、と腕を組んで考え込む。


 いや、まぁ。普通に今借りてるアパート近くの物件を借りれば良いだけの話なんだが。だがこれだけ色々やって最後に結局近くの不動産屋でも解決したな、ちゃんちゃん♪ じゃ徒労感が凄すぎる。逆に引けなくなっちまった。



「ええと、それじゃあ。問題が無ければすぐに入れる賃貸物件があるんですが。あ、問題ってのは霊障の言い換えですね」

「それ、最初に紹介しようぜ?」

「言ったじゃないですか。出来れば塩漬けの家屋を解決したいんですよぉ。というかなんですかあれ。地獄の穴なんて私初めて見たんですが。あんなこと出来るんならガンガン仕事回すんで一緒に事故物件王になりません? 儲かりますよぉ、事故物件は。あ、今日の物件の隣近所もですね。非常に物件のお値段安くなっておりまして。今なら格安で都心の住宅地に大きな土地を確保できますよぉ」

「ミリもなりたくねぇよそんな王様。でも土地に関してはもうちょっと詳しく教えてほしいなぁなんて」



 ニチャア、と笑顔を浮かべた田井中さんと二人して悪ぅい笑顔を浮かべて握手を交わす。霊障が解決したとはいえ悪い評判が立った土地だからな。いきなり値段が上がるなんて事はないだろうし、アキコちゃんを唆してあのあたりの土地を買ってしまえば間違いなく利益が出る。アキコちゃんも流石にそろそろ正気に戻ってると思うし、いきなり入ってきた巨額の資金を持て余してるはずだ。


 良い投資先を見つけたと言えば間違いなく喜んでくれるだろう。うんうん、面倒ごと(税金)を押し付けたお詫びとしては十分すぎるものじゃないかな?





 アキコちゃんはまだトリップしてたけど、金の使い道という言葉でハッと正気に返ってくれた。君、水商売してるのに本当にピュアなんだね。


 田井中さんの読み通り、呪いの家の周辺で売られていた土地はまだ格安の状態だったため田井中さんを介して周囲を購入。空き家ばかりだから俺が持ってる呪いの家と合わせて大体3億円くらいでそこそこ広大な土地を入手した。これを潰してでっかいマンションを建てるもよし、価値が上がった際に売り払うもよし。夢が広がるよね、とアキコちゃんに話を振ったらアキコちゃんは数年後の地価予想を聞いて放心していたため、少しそっとしておこうと思う(小並感)



「綺麗な方ですねぇ。恋人ですか? 腑抜けてらっしゃいますが」

「恩人なんだよ。急に大金が入っちゃったからねぇ、仕方ない仕方ない」



 男二人でケラケラと笑い合いながら売買契約は終了。アキコちゃんの口座から3億ちょっとのお金が消え、代わりに都心部にアキコちゃん名義のそこそこ広い土地の権利書が手元にやってきた。これで俺なりの一宿一飯の恩は返せたかな。あ、二宿だったわ。


 さて、田井中さんから紹介してもらったよさげなアパートのお祓いも昨日のうちにさくっと終わらせてある。いじめによって自殺した子供が住んでいた部屋で、残留した彼の負の念が住民に悪影響を及ぼすために借り手が現れなかった場所だ。子供の魂自体はすでに輪廻に帰っているため、負の念を取り除けば良いだけの簡単なお仕事。これくらいなら田井中さんでも対処が可能な筈だが、逆にこの程度の案件では使える拝み屋や霊能力者を動かすほどでもない、という事だ。


 家を借りる際、名義が『坂東メンチ』じゃない事に田井中さんが訝しんでいたがこれからしばらく日本を放浪するから弟分の名義でと適当に拭いたらまぁ、通った。こうして新しい住居を確保できた所で、俺が『坂東メンチ』になってからちょうど一週間が経過する事になる。新居はクリーニング済みの為、余った900万で一通りの家具を揃えたし、俺が『坂東メンチ』としてやらなきゃいけない事はこれでコンプリートって所だろうかな。


 まぁ、田井中さんからは何度も何度も「仕事を受けて欲しい」と頼み込まれたため断り切れず、気が向いたら手伝う、という事でとりあえずの矛を収めて貰ったから、また『坂東メンチ』をやらなきゃいけないだろうけども。『そっちの仕事もかなりギャラが良い案件があるらしいし、気が向いたら手伝ってやってくれ。田井中さん、ケッコー面白い兄ちゃんだしな!』


 『強ぇ奴と戦うのも嫌いじゃねぇが、こういうのもやっぱ楽しいよな。ま、気が向いたらまた俺を借りてくれ。俺はどこぞの太陽女と違ってお高くとまるつもりは無ぇからよ。ラーメン一杯で手を打つぜ?』


『またな、一也。一週間、楽しかったぜ!』










「俺も」



 新しい自宅の洗面所で、鏡を見る。自分の顔だ。つい数分前までそこにあった筈の自信満々な笑顔をしたヤンキー面は掻き消えて、不景気そうな顔色をした若造の顔が鏡には写し出されている。



「俺も、楽しかったよ」



 鑑に写る自分の顔に手を添えて、呟く。夢のような時間だった。山里一也では一生経験できないようなジェットコースターのような日々で。でも、楽しかったと純粋に言い切れる一週間だった。


 ブルっと震えたスマートフォンを見ると、アプリに新着情報が入ってきているという通知が来ていた。開いてみると、『NEET NOW』のマイページが開かれる。


 自分のプロフィールや履歴などが並ぶマイページの中で、見覚えのないプレミアムレンタルと書かれた項目とNEW!の文字。どうやら新しい機能が追加されたらしい。


 震える指で、プレミアムレンタルを開くと、そこにはつい最近借りた『ドキドキ! 魔女っ子大戦争』と『煉獄列島』の2作品が登録されている。作品の隣にはレンタルに掛かる費用が記載されていて、俺は思わずそこで笑ってしまった。



 『ドキドキ! 魔女っ子大戦争』は1日1万円で、『煉獄列島』は1日1000円。『ドキ魔女』が10分の1に値下げされてるのもそうだが、メンチの奴だよ。あの野郎。


 

「ラーメン一杯ってそれかよ」



 そう言って、またくつくつと笑いがこみ上げてきたのでスマホを閉じてポケットに入れる。あんだけ散々飲み食いしまくってそれで良いのかとか、色々と言葉が湧いてきたけれど、まぁそれはまた次回に。あいつを『借りた』時の笑い話に取っておこう。


 明日からは新しい仕事を探さないといけないし、色々と手続きもある。さっさと寝て、やる事をやらないといけない。


 でも、正直寝られる気がしない。目を閉じると鮮明に思い出されてしまう。坂東メンチとして過ごした1週間。俺の人生において、恐らく一度も味わう事が無かった日々。山里一也じゃ一生味わえなかった光景。


 そして、なによりも。



 俺、もうDTじゃない!!!!!!



 すまねぇ竹永! 俺、お先に大人の階段登っちまった!! お前も早くこっちにこいよな!!! 大人の景色は、良いぞぉ!!!


 買ったばかりのベッドに飛び込み、ごろんごろんと体をのたうち回らせながら鮮明に頭に残る一週間の想い出を受け止める。無理。受け止められない。身体を捻じってぐりんぐりんしている内に夜が更けていく。


 どうやら今夜は眠れそうにない。



――――――――――――――――――――――――――――――


山里一也(男)25歳


視聴履歴

『ドキドキ! 魔女っ子大戦争』(レンタル終了)

プレミアムレンタル権『不死鳥の魔女』(料金1万円)

『煉獄列島』(レンタル終了)

プレミアムレンタル権『閻魔の地上代行人』を獲得しました(料金1000円)


10話までは毎日更新。それ以降は不定期です。


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