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第6話 矢場杉不動産

 一度ある事は二度あるって言うしな。一晩で半額になったバッグの中身を確認してそう自己弁護しながら、電車を乗り継いで目的の駅に到着する。スマホで住所を確認する感じだと、ここの駅から徒歩で10分くらいの場所にあるはずなんだが……



「お、あったあった。ええと、矢場杉不動産。ここだな……明いてるよな?」



 住宅街の中にポツンとたたずむボロ屋の前で、今にも落ちてきそうな看板を見上げてそう呟く。スマホで調べた感じまだ閉業はしてない筈なんだが、外から見る感じ電気がついているように見えない。二時間かけてここまで来たんだから、流石に営業してないです、となったらへこむぞ。


 ま、まぁここまで来た以上はまず確認くらいはしないとな。シャッターは閉まっていないようだし、単にこの建物だけ停電してる可能性もあるだろう。入り口らしき引き戸に手をかけ、ガラリとドアを横に開ける。


 その瞬間。引き戸の向こう側から漏れ出た濃密な負の気配が、生温い風のように全身を撫でまわしていく。



「お、『おお!』 あっぶねぇ」



 その感触に思わず坂東メンチとして声を上げてしまったが首を振って息を整える。開かれた引き戸からは殺人事件の現場に近い濃厚な負の気配が漏れ続けている。子供が中てられると少し不味いと、慌てて室内に入って引き戸を閉じる。途端に押し込められたような負の念が体を包んでいくが、そこは坂東メンチというその道のプロの身体だ。軽く気を張れば影響を受けることはない。


 さて、と気を取り直して不動産屋の中を見渡す。外からは良く分からなかったが、内装は一般的な不動産屋に近いように感じる。どうやら引き戸のガラス事態に遮光フィルターが貼ってあるのと明かりが外に漏れないように工夫された証明のために暗く見えていただけのようだ。壁に張り付けられた物件の詳細などが並んでいて、中央には顧客と係の者が相談する為だろうテーブルが置かれている。奥の方に通路が見えるが、手前に敷居がありその先は見えない。


 内側は外から見たほどボロくはない。むしろ、良く清掃が行き届いたように思える。壁の物件詳細にも汚れなどは見えず……23区内の3LDKで家賃5万!!? やっす!!?



「おや、珍しい。いらっしゃいませ、お客様」



 紹介されている物件に驚愕していると、通路の方から声がかけられる。そちらに視線を向けると、30前半くらいのスーツを着た色白の男性が、にこやかな表情を浮かべている。


 『能面だ』。特に理由もなく頭の中でそう思いながら、口を開く。



「珍しいってのは面白い冗談だな。営業してる店舗だろ、ここは」

「あ、まぁそれはそうなんですがね。お恥ずかしい事にうちはメインのお客様がネット経由でして。ほら、うちは悪ぅい噂がございますでしょう? 直接来る方はうちの外観をみるだけで帰ってしまわれるみたいでして」

「ぼろっちい外観の不動産屋には入りたくないわな」

「ごもっともで」



 にこにことした笑顔でそう言いながら、彼は困ったなぁ、と頭を掻く。彼が現れてから、負の念は掻き消えるように消えた。まるで彼から逃れるように。



「『面白いな。封じ手か?』」



 ぽつりとそう坂東メンチが呟くと、にこにことした笑顔を浮かべていた目の前の彼がピタリと動きを止める。


 一秒、二秒。こちらを眺めながら数回の瞬きをした後、彼はニコニコとした能面のような表情を動かし、ニチャア、と口角を釣り上げた。



「なんだ。ご同輩でございましたか。ようこそ矢場杉不動産へ。店主の田井中と申します」

「いや、矢場杉じゃないんかい」

「……私は二代目でして。店を譲られた条件のせいで、名前を変えられないんですよねぇ。おかげでまともなお客はさっぱりです」

「ああ、その先代が矢場杉って名前で」

「いえ。三島さんです」

「どっから持ってきたんだよ矢場杉は」

「……どっから持ってきたんでしょうねぇ」



 田井中と名乗った店主に思わずそう口にすると、気持ちの悪い笑顔を引っ込めた田井中は痛い所を突かれた、と乾いた笑いを浮かべて天を仰いだ。あれ、この人思った以上に話しやすい奴かもしれないな?






 さて、俺が不動産会社にやってきたのは住居を確保するためだが、この矢場杉不動産までやってきた理由はただ一つ。金だ。今の俺は確かに、一千万ほどが手元にある。昨日までは二千万だった気がするけど、一千万だ。大金だが、今後継続的に入ってくる収入という訳ではない、あぶく銭だ。


 この金は『今回はたまたま上手くいった』から手に入っただけで、これはあくまでも俺ではなく坂東メンチの直感によるもので手に入ったものだ。持続的に稼ぐ手段、仕事がない以上はこの金は出来る限り温存するべきだろう。半額にしちゃったけど。まぁそれはそれ。『五千円から一千万になったと考えれば良い結果だろ』と考える事にして、次は当座の目標である新しい住居を手に入れるべきだろう。


 そして、そのために俺はこの不動産会社まで電車で二時間ほど乗り継いでやってきたわけだ。家の近くの不動産屋で良いだろうって? 確かに手間を考えれば近場で済ませるのが一番なんだが、この矢場杉不動産は都内でもある種の物件紹介に関して随一と言っても良い会社なんだ(スマホ調べ)



「こちらの物件は○○区の駅から徒歩10分。1LDKと手ごろな大きさで月に4万円となっています」

「とってもリーズナブルな物件ですね。前の借主はどうなりました?」

「1月ほど住まわれた後に発狂してしまいまして、今は精神病院に居住されていますね。大きめの物件というのであればこちらがお勧めですよ。一家が惨殺された一軒家なのですが、こちらこれまでに借主が3人居たのですが皆さま居住されてから数年で惨殺されていまして家主も手放したいのですが買い手がつかず。取り壊そうとする度に事故が起きるため宙ぶらりんの状態でして。○○区の一等地にある2階建て一軒家がお値段なんと2000万! 潰して土地を販売するだけでも大幅に利益が出ます!」

「そいつは予算オーバーだなぁ」

「それは残念ですねぇ。私も封じられず少し困った状態の場所なんですが。でしたらこちらの一軒家はどうですか? 23区内では外れの方ですが土地込みで1200万。交通の利便も悪くありません」



 田井中さんの口からあふれ出るように出てくる信じられない価格の不動産情報たち。最初の物件は同じ建物の部屋の値段が10数万円でこの部屋だけがこの価格だし、二件目の一軒家は土地だけでも億以上の価値がある場所が土地に建屋込みで2000万だ。明らかに値付けがおかしい場所ばっかりだが、この矢場杉不動産が取り扱う物件ではこれが普通。


 なぜならここが取り扱う物件は所謂事故物件。色々な理由でまともな借り手も買い手も見つけられない塩漬けの物件を処理して適切な相手に紹介する事で収益を上げている会社なのだ。



「まぁ、不動産というのはただ所持しているだけでもお金がかかるものでして。特に都内の土地含めの物件だと固定資産税というのもバカにならないんですよねぇ」

「ああ、だから一軒家ばっかり推してくるんだ?」

「ええ。まぁ、普通のお客様には絶対にお勧めしない質の悪い物件ばかりですがご同輩なら問題もなさそうですから。それに、都内でこっちの仕事をするなら一軒家を抑えておく方が良いですよぉ。集合住宅だと色々面倒が起きますので」

「そっちの仕事をメインじゃ考えてねぇんだわなぁ」

「ああ。それは勿体ない。貴方が開業してくれるなら色々ご相談したい事があったんですが」

「結構大変そうね。不動産やりながらそっちも?」

「はいぃ……ちゃんとした人が少ない業界ですんで……不動産よりもそっちの方が収益があるんで、頑張って取った宅建が……3回も落ちたのに……」



 田井中さんは物件の事を話すときは文字通りにちゃあって音がしそうな笑顔で応対してくるが、拝み屋関連の話しを振ると途端にスンっと顔から表情が消えて眼の光を失っていく。初対面では胡散臭いオカルト系の人間かと思ったらいきなり社会に疲れた歯車みたいな顔になるのは止めて欲しい。キャラの乱高下に頭が追いついていかないんだけどね?


 だが、まぁ。話を聞いていると正に今の俺向きの物件ばかりがピックされてるから不動産屋としての田井中さんは優秀な人物なのだろう。アキコちゃんが正気に戻った時に仕える予算はあるが、アキコちゃんがどれくらいで正気に戻るかは分からないしあんだけお金があったらそのまま消えてもおかしくないしな。その為に最初に2000万ほど現金で貰ってるわけだし。あ、今は1000万か。


 『ま、金なんてまた稼げばいいのさ』。目の前にいる田井中さん曰く、『拝み屋はこの世界でも仕事は多そうだしもし文無しになってしまった時は、安く借りられてやるよ』。


 ま、そのためにも仕事と新しい住居は確保しないとなぁ。という訳で、田井中さんと相談だ。一千万の予算は住居費に全て充てる。これはそのための金だ。その金で数年は問題なく暮らせる、出来るだけ住み心地の良い物件。賃貸でも借家でもどちらでもいい。


 この条件を話した時、田井中さんは真剣な表情を浮かべて仕事用だろう書類が詰められたファイルを取り出し、暫く吟味する。



「ええ、ございますよぉ。坂東さまにお勧めの、最高の物件が」



 そして田井中さんはあるページでニチャアと笑顔を浮かべた後、こちらが見やすいようにファイルの向きを変えてそのページを見せてきた。


『東京都○○区。80平米。土地建屋込み100万。内部状況不明』



「内部状況不明で売りに出すってどうなん?」

「入った人がまともに会話できないか覚えてないんですよねぇ。私も初見で無理だと思いましたんで入ってません。勧めといてなんですが、弊社が紹介する物件は手に負えない場合が多いので無理しないでくださいね」



 俺の質問に田井中さんはニチャアと笑ってそう返す。そんな物件を押し付けてくるって人としてどうかとおもうんですがね?


 でも、まぁ。


 『面白そうじゃないの』


 ファイルが開かれた瞬間、その書類からすら漂う血と死の臭いに思わず胸を弾ませる。この身体になってから、初めてと言っていいほどに高揚する気分のまま田井中さんから資料を受け取った。




――――――――――――――――――――――――――――――

山里一也(男)25歳


視聴履歴

『ドキドキ! 魔女っ子大戦争』(レンタル終了)

プレミアムレンタル権『不死鳥の魔女』(料金10万円)

『煉獄列島』(レンタル期間7日)


10話までは毎日更新。それ以降は不定期です。

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