第4話 『煉獄列島』
「つまり何か? 君の証言を信じると件の上司は全身を灯油まみれにして君のアパート前で自らに火を放ち、燃え盛りながら階段を駆け上がって君の部屋に入ろうとして失敗し玄関前で燃え尽きた異常者という事になるんだが」
「現場を見た警官の方々がそう判断するならそうなのではないでしょうか。元上司がどういう人物だったかは他の社員に聞いてみて頂ければ」
「確認した。色々、その。常識的にどうかと思われる人物だったとは伺っているけれどね」
市民の義務として死体を見つけたために通報した、という体で話していると警察官の方々が入れ代わり立ち代わり証言を求めてくる。いや、まぁ分かるよ。俺も彼らの立場だったら2,3回は確認すると思うし、確認した後やっぱり信じられなくてもう一回確認するかもしれない。
うちのアパートの状況は酷いもんらしい。階段から俺の部屋にかけてが所々焦げた状態で、俺の家の玄関ドアなんて下半分が真っ黒に焦げてる状態だ。まるで人が倒れ込んだような状態だから警官は上司が燃えながら俺の家のドアを開けようとして失敗したという説が濃厚なんだとか。ただ、上司が可燃性の液体を被っていたのは間違いないがそれが何なのかはまだ分かってないんだとか。
まぁ、普通は分からんよな。ぶっ刺された俺の血が燃え上がったなんて予想した奴がいたらそいつの正気が疑われるレベルだ。普通、血液は燃えないんだよ。
そういう現場状況の為、俺に対する取り調べも一番最初は第一発見者=容疑者って事で結構厳しめだったが、被害者と俺との関わり合いなどの取り調べが進むにつれて警官たちの様子がおかしくなり、途中からは「150連勤!? それ、なんで耐えてたんですか?」だとか「ジャージで出勤かぁ……」だとかの会社に纏わる話と元上司の人格についても深堀されていき、最終的には「仕事を辞めた人に言うべきじゃないんでしょうが、お疲れさまでした山里さん」「折角辞められたのに災難でしたね……無理心中かなぁ」という具合に警察官たちの間でストーリーが出来上がっていったようだ。
人が死んでる案件なため複数回において聞き取り調査を行われたが、初回以降は現場の状況と元上司がどういう人物であったかの確認作業だけになり、担当になった警察官の田宮さんも「労基に通報した山里さんへの報復の可能性が高いとうちらも考えてるんですよねぇ」と言っていたので、まぁ、そう言う事に落ち着いたんだろう。
つまり、晴れて俺は無罪放免となり、お天道様の下でのびのび生きていける身分を守り通した訳である。いやー、疲れた。何度も警察署に行くのはやっぱり気が重かったからね!
人を殺したのに軽くないかと言われるかもしれない。だがね、アレは野郎に三回刺された上での結果だ。仮に反撃で殺したとバレても正当防衛だと俺は主張するし、それに相手は俺の数年を奴隷のようにこき使ったクソ野郎だぞ。そいつがくたばったんだから気分は最高に決まってんじゃねぇか。むしろ最後に美少女に抱きしめられながら息絶えるなんてご褒美まで用意してやったんだから十分温情を与えただろ?
復讐は虚しい、結果は変わらない、なんて言葉を言う人は多いけどな。それを言っていいのは自身の尊厳をぐちゃぐちゃに破壊されて、なお相手を許せるような聖人君主みたいな奴だけだ。結果が変わらないんならスッキリした方がなんぼか前向きになれるだろ。
さて、元上司の事はもうどうでもいいとして、だ。これからの問題にそろそろ向き合わないといけないだろう。
住むところが無くなるという、重大な問題だ。
「いやね、山里さんが悪いわけじゃないんだけどねぇ。保険金も入るし」
「はぁ……」
「ただねぇ。建て替えは必要になるから、申し訳ないけど来月までに立ち退いて欲しいのよぉ。敷金礼金は返すからね」
「はい……」
大家さんの言葉に深々と頭を下げて返答すると、大家さんは何度も「ごめんねぇ」と口にしながら階段を下りて行った。まぁ、つまり、なんだ。コンクリ造りの建物とはいえ、だ。焦げ跡は思い切りついているし、人が死んだという事実は変わらないわけで。結果として住人たちが一斉に出ていく事になり、大家さんもそれならとこのふっるいアパートを建て替える事を決意したらしい。敷金と礼金が返ってくるなら俺としてもその点はやぶさかではないんだが、問題は俺は現在無職という点だった。
仕事がないと家を借りるのはかなり難しいのだ。それに保証人も必要になるんだが、俺の場合親とは絶縁に近い状態で東京に出てきたから保証人なんて頼めないし、仕事仕事の毎日だったため友人なんて職場の同僚くらいしか居ない。
職場の同僚に事情を説明して頼むというのが一番無難なんだが、あいつらも会社が無くなりそうなタイミングの者ばかり。自分の事で手いっぱいで俺の方まで手を伸ばす余裕はないだろう。
貯金があれば保証会社を頼んだりすることも出来るんだが、手取り10万にもいかない貧乏会社員だった俺にそんな貯金があるわけがない。やべぇな、これ詰んだか?
世の中やっぱり金なんだな。金金金。金が無いとなーんもできない。生きていく事すら出来ない。ハロワで申請した雇用保険もまだ支給されないしどうすっぺかなぁ。新しい仕事を探すにも住むところがないと何もできないぞ。
やる事もなく、かといって家に引きこもっていても気が滅入るばかりだ。気分転換に散歩するかと街中をぶらついて駅前に出る。買い物と通勤以外でここに来る事が無いから結構新鮮な気分だ。へぇ、あんなところにパチンコ屋があったんだな。結構人の入りはあるみたいだ。ワンチャン、手持ちの千円で最後の賭けに出てみるか? パチンコなんてやった事ないけど。アニメとかでどういう遊びなのかはしってるんだけど…………
そこまで考えて、ピタリと足を止める。パチンコ、か。ようは運が良ければ金が貰える遊戯の名がついたギャンブルなわけだ。であれば、運が良ければ大量の金を手に入れる事が出来るんじゃなかろうか? ギャンブルなわけだし。
パチンコだけじゃない。日本にはたとえば競馬や競輪といった公営ギャンブルも存在する。儲けすぎると確定申告をしないといけない、とギャンブルで少ない手取りを補っていた竹永が言ってたから無制限に儲けるのは不味いんだろうが、急場である今をしのぐにはこれ以上ない手ではないか?
もちろん普通に考えればただ金をどぶに捨てる行為だというのは分かっている。だが。
スマホを手に取り、『NEET NOW』を起動する。あの『赤神さやか』の件から一度も使っていなかったアプリだ。俺が『彼女』になった原因は、どう考えてもコレにある、と俺は思っている。試しては無いけどな。警察に事情聴取受けてる最中に別人に変わってたら目も当てられないだろ?
だから、久しぶりにアプリを開いたんだがなんだか色んな部分が変更されているというか、アプリに表示されている画面は随分リニューアルされたものになっていた。あと、値段も大きくリニューアルされている。前回借りた『ドキドキ! 魔女っ子大戦争』は再度借りる際には10万円必要らしい。10万ってなんだよ。DVD全部買ってもここまでしないぞ?
いや、まぁそれは良……くは無いけど今は問題にしない。後回しだ。幸いなことに他の作品のレンタル料金は変化していないみたいだし、俺の目的の作品も一般的な一話100円の値付けだった。という訳で過去に見たことがあるアニメ作品の中から『煉獄列島』という作品をチョイスする。その作品は現代ファンタジー的な内容で、闇夜の中で暗躍する地獄やってくる亡者たちを主人公たち霊能力者が退治するという内容のものだ。
その作品の主人公、坂東メンチは喧嘩が強くて男前なひと昔前に良く居た感じの主人公キャラで最終的には作中最強にまで上り詰めて地獄の閻魔大王の地上代行者みたいな感じになるんだが、今回はそっち(強さ的な能力)はどうでもいい。バトルものの主人公なのに強さはどうでもいいとは何だと思うかもしれないが、現代日本でやたらめったら強くても、その。使いどころに困るだろ?
じゃあ、この作品を選んだ理由はなんだというと、ただ一つ。
この坂東メンチは、ギャンブルにくっっっっっそ強いのだ。
「3連単3-4-5! 120倍の大穴だぁ!」
「うおおおぉぉぉぉ! 本当に来た! 兄ちゃん、本当に来たぞこれ! 120万帰ってきた!」
「だろぉ! おっちゃん金ないって言ってたのに1万も突っ込んだのかよ! すげぇ勝負師だなぁ!」
「外れてたら首括るか悩んでたからなぁ! うはははは! 俺、俺まだ生きてられるわ! うはははは!」
隣に座ったスーツ姿のおっちゃんと、二人並んでバカ騒ぎ。競馬場でよくある光景の一つだろう。『煉獄列島』全13話のレンタルは〆て1300円。それらを全部寂れた公衆トイレの中で見終わった俺は、気づけば金髪の陽気そうなイケメンの姿になっていた。坂東メンチ。『煉獄列島』の主人公が現実に居たら、こんな顔になるだろう、という容姿だ。
彼に変わった瞬間、世界の色が変わったような感覚があった。錯覚だろうが、まぁそれくらいには衝撃的だった。姿が変わった事が、じゃない。視界の中に明らかに幽霊だと思わしき存在が頻繁に入ってくるからだ。
ああ、やっぱりそういうの居るんだ。別に信じても信じてなかったわけでもなく、居ても居なくてもどうでもいいって感じだったんだが、実際に目にするとやっぱり色々と心持が変わるもんだな。
まぁ、今はそんな事はどうでもいいんだ。このままじゃ俺が彼らの仲間入りをすることになるかもしれないからな。手持ちで使える金は5000円。雇用保険の金が入るまではこれで食いつなぐ必要があったが、事ここに至ってはそれも意味はない。この5000円を元手に、一発逆転するしか俺に未来はないのだ。
なぁに、『外れれば橋の下に段ボールを敷いて寝れば良い』。あ、蚊取り線香を買う金くらいは残しとくかな。
そんな気持ちで平日もやっている地方競馬場まで行き、移動費で元手が4000円になるというトラブルがあったものの早速一勝負。たまたま知り合った明らかに顔色の良くないサラリーマン風のおっちゃんと仲良くなり、互いの会社の悪口を言いながらレースを繰り返すうちにおっちゃんが俺の賭けた目に便乗するようになり、本日のメインレースに突入。結果、二人そろって馬券を振り回しながらの大喝采である。周囲の視線が痛いが、人生逆転を賭けた小さな大勝負の結果なんだ。多めにみてくれよ。
そのまま換金に行き、おっちゃんは120万円を。俺は700万ほどの帯止めされた現金を受け取り、競馬場を出る。帯馬券の受け取りには身分証が必要なんだが、何故か俺の財布の中には坂東メンチの身分証が入っていた。赤神さやかの時はそんなん無かったんだがな?
そして夢見心地なおっちゃんと肩を組んでもちろんこのまま飲み会だ。あと、ガラの悪そうな連中がこっちを見てたからメンチを飛ばしたら散っていった。『ありゃ付いてくるつもりだな。しつこそう』だ。大金持ってるって騒ぎすぎたからな。そこらで散財しておかねぇとよからぬ奴らがやってきそうだ。
という事で近くのそこそこ旨そうな居酒屋に入り、メニューの高そうなものを片っ端から頼んでいく。酒はもちろん日本酒の上物よ。
「家に帰ったらさぁ! 家族が誰も居なくてさぁ! 荷物も空っぽ口座も空っぽ! 土間に置いてた離婚届しか残ってなかったんだよ! 私がさぁ! 20年頑張ってきたのはさぁ! なんだったんだよ! 土日も仕事仕事で! 辛い思いをさせたとは思ってる! でもさぁ! 子供たちも大学まで出して! ようやく老後が見えてきた時に!」
「辛いよなぁ。そりゃ辛いよ。おっちゃん、飲め。飲め。俺もさぁ、月に1日も休みなしなんて平気でやらされて上司は週の半分も会社に顔出さねぇ。営業職なのに経理や総務の仕事まで兼任されてぼろ雑巾みたいに働かされて! 労基に訴え出たらその日に首だぜ! テメェらがおかしいんだろうが!」
「分かる! 分かるぞメンちゃん! 俺の会社も昔は酷いもんでなぁ!」
「あ、あの。お客様。申し訳ありません、他のお客様も居りますので……」
「おう、分かってる。すまねぇがそっちのお客さんの会計はこっちに回してくれ! すまねぇなお兄さん方! 俺ら人生逆転の一発に勝ったんで浮かれててよ! 今日は俺の奢りだから、それで許してくれ!」
居酒屋の中でほどほどに騒いで、他の客に迷惑を掛けたらその客の分の勘定も持つ。それにおっちゃんの不孝話や俺の不孝話を大声で話していると周囲の連中も随分と気の毒に思ったようで、徐々に話しかけてくる奴が増えていき居酒屋全体での宴会のような雰囲気になっていった。それくらいのバカ騒ぎを行っていると、俺とおっちゃんについてきた連中の剣呑な雰囲気も収まっていく。負けた腹いせに勝ってる奴を殴りたいとかその程度だろうし、それ以上に飲み食いすりゃあ気分良くなって忘れるもんだ。日本人ってのは割と単純な生き物だからな。
日付が変わる前くらいにはおっちゃんも随分と酔っぱらってしまったため、タクシーを呼んで事前に聞いていた住所に送ってもらうように頼み、ついでにチップとして万札を渡しておく。現ナマってのはな、こういう無茶を聞いてもらう時の為に存在するものなんだ。あるんなら惜しげなく使わねぇとな。
「ありがと、ありがとなメンちゃん。俺ぁ、今日死ぬつもりだったんだけどさ。会社も初めて無断で休んでさ。でもよ。人生ってこんなに楽しい時間もあるんだって、思い出せたよ。ありがと」
「いやな事ばっかだからよ。そういう日でつり合いが取れてんだと俺は思うぜ! おっちゃん、またな」
「ああ……また、またな! なんかあったら、いつでもそこに連絡してくれ!」
ああ、やっぱりそういう腹積もりで競馬場に来てたんだな。『おっちゃんの肩に、明らかにヤバそうなのがついてたから出会い頭に払っておいた』んだがそれが功を奏したらしい。ありゃ多分、質の悪い死神みたいな奴だったんだろうな。もしくは貧乏神かなんかか。まぁぶっ飛ばしちゃったからもうどっちだか分かんねぇけどよ。
おっちゃんは別れ際に高そうな名刺を取り出すと、俺の手に押し付けるようにして渡してきた。『別に楽しかったしこんなものいらねぇんだが』まぁくれるというなら貰っとこう。タクシーが発車した後も最後までこっちに手を振るおっちゃんを見送って、タクシーが見えなくなった後。ふぅ、と一つため息を吐いて、俺は踵を返した。
『よっし、風俗行くか』
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山里一也(男)25歳
視聴履歴
『ドキドキ! 魔女っ子大戦争』(レンタル終了)
プレミアムレンタル権『不死鳥の魔女』(料金10万円)
『煉獄列島』(レンタル期間7日)
10話までは毎日更新。それ以降は不定期です。
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