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第3話 「無職になったー!」

「無職になったー!」

「おつかれー!」

「うぇーい!」



 笑顔だ。誰も彼もがこの上もないほどに笑顔を浮かべている。


 かつて営業部という名前のクソ部署に配属されていた同僚たちと初めての宴会だ。平均帰宅時間が25時という俺達には閉店前の居酒屋に行く時間も余裕も財布の中身も存在しなかったんだから仕方ない。


 皆がそれぞれに「この酒って何味?」「俺大学以来かも」と言いながら酒を注文する中、俺はただ一人コーラを手に持っている。見た目が10代に見える上に身分証が使えないから仕方ない。女の身体になってからもうすぐ1週間くらいか。流石にこれだけ女をしてるとちょっとだけこの見た目にも慣れてきた気がする。


 というか正直な話、この身体は非常に生活が楽になるというか、この身体になってからは全身に活力がみなぎり、体の節々にあった痛みが無くなっているのだ。赤神さやかというキャラクターは原作の方でも基本的に体力お化けとして扱われており、疲れただとかそういうシーンは全編通して一切なかったからもしかしたらこの身体もそうなのかもしれない。


 あの主人公なのに一度も戦争に勝てなかったり、毎回一度は必ず死亡するネタキャラと同じ能力と言われてもちょっと、その。かなり困るんだけどもね。


『えー、治るからいいじゃん。太陽に突っ込んでも生き返れるしその都度強くなるんだから!』


 でも最終話でも結局ラスボスに勝てないんだけどな。赤神さやかはその不死身の再生能力と感情に合わせて炎が噴き出る体って以外は身体強化くらいしか無いパワー系の熱血少女で、時間を停めたり山を振らせてきたりする他の魔女に大体フルボッコにされるのだ。


 俺の感想としては弱いけど再生能力極振りした可愛いウル○ァリンだな。ただ、赤神さやかが居るからこそ作中では他に死亡する魔女は居らず、戦争というテーマを扱っているのに『ドキドキ! 魔女っ子大戦争』は終始軽めなノリで、最終的に赤神さやかが粘り負け続けて根負けしたラスボスが戦争を終了する事で話は終わっている。まぁ魔女以外は結構ポンポン死んでるけどな。赤神さやかだって敵兵殺したりしてるし。


 そう考えると一応最後は勝ちと言っても良いかもしれない。ただ、そのためだけに1万と2000回も惨殺され続けるのはちょっとネタキャラと言われても仕方ないだろう。


 あ、そういえば労基に突っ込んだ件だが、ちゃんと大事になってます。この時がある事を考えてうちの営業部では部内全体で証拠集めをやってたからな。引き金を引くやつが居ればすぐさま大事にする準備だけは済んでいたのだ。引き金を引くやつがいなかっただけで。


 ちなみに俺は労基に通報したその日に社長室に呼び出され、「え、なんでこんな可愛い子がうちの会社に?」って首をかしげる社長直々に解雇通達を受けた。解雇理由は会社を不当に貶めたからだとか。もちろんこれも追加で労基にチクってある。凄いよな、ここまで悪手しか打ってこないとは思わなかったよ。


 事実確認の調査の為に会社には昨日から労基の職員が大挙してきており、社長も部長もここ数日は会社に姿を見せていない。総務課の子の話しでは自宅にも帰ってないらしいから高跳びしたんじゃねぇかと実しやかに囁かれている。


 なんでその子は自宅を知ってるのかというと、まぁ、言わないでもいいよね。そう言う事だ。ちなみに総務課の子たちも数々のセクハラや業務外でのやり取りなんかを残していたため、そっちの方でも社長や部長連中は実刑になる可能性があるとかないとか。



「あの子等もね。あの環境に適応してああしてただけなのよ。拒否して営業部に飛ばされた私って実例がいるから、余計に逆らえなかったのもあるし」



 お局様兼紅一点の馬場さんがそう言うと、周囲で大学生みたいな酒の飲み方をしていた連中が複雑な表情で押し黙る。こいつらあの子たちを社長の喜び組だとか散々言ってたからな。まぁ俺らが地獄見ている時に総務課でお喋りだとかネイルの手入れだとかしてるの見てたらそう思うのは仕方ない事だろう。だが、同じ会社に居るんだから不幸なのが俺達だけって訳じゃない。等しく皆、社長や部長の被害にあってるわけだ。


 社長や部長はかなり高い確率で色々な法律に引っかかるみたいだし、近々ニュースを騒がすことになるかもしれないな。見かけたら指さして笑ってやろう。



「……俺達さ。なんで、逃げなかったのかな」



 馬場さんの言葉に湿っぽくなっていた所に、唐突に竹永がそう口にする。その言葉に誰も何も言わなかった。竹永の声が震えていたのと、自身もそう思っているからだ。



「俺達は、なんで……なんであんな、地獄を」

「そらぁ洗脳されてたからだろ。悪いのは俺達じゃなくて死ぬほど働くのが是とされる社会風土と社長どもだよ」



 俺はそう言って竹永の肩に腕を回し、ぐっと引き寄せると竹永が「一也ちゃぁぁん」と泣きながら抱き着いてきた。誰が一也ちゃんだ。身体は女になっても中身は男のままだっつぅの。



「うわぁ。竹永くん、こんな若い子に縋り付いて」

「中身が一也でも羨ましいなぁ。な、一也。後でちょっとこう、頭を撫でて膝枕してくれないか?」

「その要求は流石にキショい」



 竹永と俺のやり取りに、重くなりかけた空気が少し明るくなる。あのままじゃ折角の酒が不味くなる事間違いなしだったしなぁ。こういう場の空気的なものがこの身体になってからはなんだか良く分かるようになったんだよな。後は死にそうな疲労感もこの身体になってからは一切なくなった。疲労感が一気に無くなったため、随分と頭がすっきりした気がするからもしかしたらそれが影響してるのかもしれない。


 そしてこの頭がすっきりとした状態で改めて考えてみたんだが、やっぱりうちの会社はかなりおかしかった。労基の調査次第だけど、多分このまま会社は無くなるんじゃないかな。もう立て直せないでしょ、アレは。


 でも、たとえ会社が無くなって、俺以外の面々が路頭に迷う事になったとしても、それでも俺は通報して良かったと思っている。あのままだと多分、そのうち誰かが過労死してそこで問題発覚からの倒産パターンだったはずだ。どうせ潰れる未来なら、その犠牲者が出る前に潰れた方がナンボかマシだろ。それにあのクソッタレ社長や上司が痛い目を見ているのを生で見る事が出来たのは非常に気分が良いからな! 復讐万歳!


 ……明日から再就職、頑張ろう。





『みんないい人だったねー』


「そうでもないぞ。普段はもっとうるさかったり細かかったりする連中だよ。ただ、今日は皆機嫌が良かっただけだよ。上司が居ないし」



 飲み会からの帰り道。酒を飲むことは出来なかったが、ただあの場に居るだけでも楽しいと思える飲み会だった。この仕事になってからの飲み会ってのは上司のご機嫌取りと自慢話を延々聞かされるだけの業務外労働みたいなもんだったから、飲み会があんなに楽しいものだと思ったのは初めてだ。


 皆が口にする愚痴が、どんどん積み重なっていき、最後には酒と共に流れて消えていく。本来、お酒を飲むってのはああいうものなんだろう。


 近くのコンビニでチューハイでも買って来ようかな。いや、でも身分証出せって言われたら困るよな。自宅の安アパートに到着し、階段を上りながらポケットのカギを探る。エレベーターなんて洒落たものはもちろんこの賃料3万8千円のぼろ物件にはついてない。


 金があったら引っ越すんだけどな。でも無職になったしな。ていうかこの顔でどうやって就職すればいいんだ、身分証使えねーぞ。そんな事を考えながら2階への階段を上り切った時、背後からダダダッと誰かが階段を駆け上るような音が耳に入ってくる。


 あ、危ないかな。そう思って振り返ろうとした瞬間、ズンッと腹部から重い衝撃が全身を貫き、ついで広がってくる焼けるような熱さ。荒い息を吐きながら、階段の下段から俺を見上げてくる鼻の辺りにでかい包帯?を付けた元上司の姿と彼が手に持ったナイフを見て、ああ、と俺の中で声が上がるのを感じた。


 刺されたんだ、俺。



「クソ女、死ね。テメェのせいだ死ね、死ね!」



 ぶるぶると震えながら、俺の血を浴びて体を真っ赤に染めながら上司はそう口にして、俺の腹部からナイフを抜き取り、それをもう一度腹に刺した。



「ギャッ」



 自分の口から漏れ出たとは思えないうめき声が周囲に響く。殺される、逃げないと。がむしゃらに振り回した手が上司の顔に当たり、ボグッと鈍い音を立てる。殴り飛ばされた元上司が吹き飛ばされるように階段から転げ落ちていった。逃げないと。今のうちに家に逃げないと。足に力が入らなくなった俺は2階の床に倒れ込む。痛みはない。ただ熱くて、足に力が入らないだけ。


 這うように2階の廊下を進み、自分の部屋の前にたどり着く。鍵。鍵はどこだ。ドアにもたれかかり、ポケットの中をまさぐる。あった。ポケットの中のカギを取り出し、ドアのカギ穴に差し込んで回すとかちりとドアの開く音がする。助かる。そう頭に思い浮かんだ瞬間、強い衝撃が腹部を襲う。


 たまらず2階の廊下に倒れ込むと、口から血を流した上司が俺を上司が見下ろして立っていた。そして手に持ったナイフを逆手に持ち、頭上に振り上げた後、俺の胸に向かって振り下ろす。


 体の中心の、一番大事な部分に、鉄の塊が刺し込まれる。


 自分の大事なものが、ぐちゃぐちゃにされる感触がした。



「ひ、ヒヒッ」



 胸にナイフを生やした俺の姿を見て、元上司は引きつったような笑顔を浮かべてジーパンのベルトをカチャカチャと弄り始めた。



「クソ女、死ね。クソ女。ああ、でもいい女だなぁ。勿体ねぇなぁ。あったかいうちにやるかぁ」



 ブツブツとつぶやくようにそう言いながら。震える手先でベルトを外そうとしながら俺の両足の間に座り込み、元上司は俺の全身を舐めるような視線で眺めた。ああ、こいつなら、やるんだろうな。そう心の奥で、冷えた感情の中でそう結論付けて、じゃあ、良いか。と思った。


 こいつは死んでも、良いかって。


『うんうん、そうだよ一也! 世の中にはね、生きてるだけで害になる奴ってのが存在するんだから! それにここまできたらじこぼーえいだよじこぼーえい! 殺しに来たら殺し返すのが戦争のりんりだよ!』


 お前の作品と一緒にすんじゃねぇよ。心の中で語り掛けてくるナニカにそう返しながら、俺は元上司へと手を伸ばす。俺の突然の行動に元上司が反応する前に彼の首元を掴み、万力のような力で締め上げると元上司がうめき声のような悲鳴を上げた。ああ、苦しそうだな。可哀そうに。抱きしめてやるよ。クソ野郎。


 そのまま元上司を引き寄せて、背中に手を回す。可愛い美少女に抱きしめられて嬉しいだろう? そう耳元で囁きながら少しずつ、少しずつ力を咥えていく。めきめきと上司の上半身が音を立てて軋む中、俺の身体のナイフで刺された場所と漏れ出た血液から炎が広がっていく。



「ギャアアアアングッ!」



 叫ぼうとした上司の口に優しく血まみれの手を伸ばすと、そこから生まれた焔が上司の口と鼻を焼き焦がしていく。ああ、すまん。今のは本当に善意だったんだが。口づけは流石に嫌だったからさ。お前の口、臭そうだし。


 俺に抱きしめられた上司はなんとか炎から逃れようとするも、俺の血液を媒介に燃え続ける焔は上司の全身に広がっている。肉の焼ける臭いが周囲に広がる中、やがて上司の身体から力が抜けていくのを感じて、俺は抱きしめていた元上司の身体を突き放した。


 上体を起こすとコロン、と胸元のナイフが溶けて2階の廊下に落ちる。胸元の傷は完全に無くなっていた。そしてなんなら、服も燃えてなくなっていた。


『いやー、時間ギリギリだったね! でも最後に悪い奴を懲らしめる事もできたしさやかは満足でした!』


 うっせーよ。これどうすんだよ。廊下中に焦げ跡残ってるじゃねぇか。アパートがコンクリート製じゃなかったら大火事だったぞこれ。


 そう頭の中で思い浮かべるも、返事は返ってこない。身体を見ると、何故か女になっていた体が男に戻っている。溜息を吐きながら、近くに落ちていた傷一つないスマホを拾い上げる。時刻は午前0時を回ったばかりだ。


 とりあえず通報するか。あと、服を着とかないと。このまま誰かに見られたら焼死体と裸の男とかいう訳の分からん構図で見られちまう。元上司とそういう関係だったと噂されるのは流石に嫌だからな。



――――――――――――――――――――――――――――――

山里一也(男)25歳


視聴履歴

『ドキドキ! 魔女っ子大戦争』(レンタル終了)

プレミアムレンタル権『不死鳥の魔女』を獲得しました。(レンタル料金10万円)


10話までは毎日更新。それ以降は不定期です。

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