第130話 これだ。これが見たかった。
とある事情で本日二度目
ケイトリン・テイラー。VVVアメリカ支社の第一号Vタレであり、Vタレとしての名前はケシー・チャン。同じくVVVアメリカ支社のVタレとしてデビューした祖母、グランマの実の孫であり、デビュー自体はすでに済ませていたが祖母の体調の回復を待ってから正式に配信活動を始める予定。
それがこれまでの彼女の肩書だった。
この日までは。
~~~~♪
歌声は、人が創り出した最も原始的で、最も人を感動させてきた楽器である。その事実を、彼女の歌声はこの日世界に知らしめた。祖母から声の出し方だけを教わった彼女が、これまで家族にだけ向けてきた歌声を高品質なマイクが拾い上げ、世界中のこの配信を見ている人間たちに知らしめた。
歌には天使が宿る。その事をただ歌うだけで体現する彼女のどこまでも届くかのように透き通る歌声に、涙する視聴者すらいた。
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そしてそれに比する彼女はなんだろうか。父親譲りだという古めかしいアコギを弾きながら、魂を揺さぶるようこの歌声の持ち主はなんと呼ぶべきなんだろうか。
桃源郷ろくこの歌声はケシーとは真逆の代物だった。ケシーの歌声がどこまでも天高く羽ばたいていくような、透き通った空のような歌声だとしたら、ろっこの歌声は低く、体の隅まで染み渡り響くものだ。ろっこが時折がなるように叫ぶ瞬間、聴く者の魂に震えが走るような歌声だった。
ケイトの歌声が天使だというなら、ろっこの歌声はどこまでも人。人の魂が、歌声に宿っている。
二人の歌は全く同じ曲を歌っているというのに対照的で、正反対で、けれども何故か重なって聞こえる。全く別の色をした熱と熱が、炎となって混ざり合い燃え広がっていく。
二人の歌い合いは『マネージャー』の思惑を飛び越え、視聴者を、この場に居る競い合っていた筈の相手すらも巻き込んで、大きなうねりとなってインターネットの海へと拡散されていく。SNSでは瞬く間にトレンド入りを果たし、同時接続数は加速度的に跳ね上がっていく。凄い事が起きていると、あのVVVがまたやらかしているという軽い期待を声の暴力で上書きし、VVVという企業ではなく桃源郷ろくことケシーという個人が、世界を歌でねじ伏せようとしている。
これだ。これが見たかった。どこかこうなると期待していた、そして、それ以上が起きた。身体を操作する『マネージャー』の思念が、歓喜と羨望に塗れた思念が頭の中に響いてくる。思わず演奏に混ざってしまい、視聴者たちから邪魔だと袋叩きにされながらも、恐らく最も天才に近い所まで実力を磨いた『マネージャー』ですら雑音に感じるその天才同士の競演は、この場に居るもう一人の天才の手によって幕を閉じた。
ピガァァン、だったと思う。
その時、ケイトの祖母であるグランマがピアノを用いて出した音は、誰の耳にも耳障りで、不穏で、そして怒りに満ち溢れたものだった。
『貴方達。折角の料理が冷めてしまうでしょう? いい加減遊んでないで、手を洗ってきなさい!!』
『は、はぁい!』
「はいぃぃ!」
『クマコーさん。貴方には沢山、返しきれないほどの恩がありますがそれとこれとは話は別です。折角用意して頂いた食事を美味しいうちに食べないなんて、それは作ってくれた方への冒涜ではありませんか?』
「あ、はい。あ、マネージャー逃げふんげふん。マネージャーとして、つい彼女たちの演奏に夢中になってしまったのは私の失態です。申し訳ない」
『謝罪はよろしい! さ、貴方達も楽器を置いて手を洗ってテーブルにつきなさい。食事の時間ですよ』
「「「あ、あらほらさっさー!」」」
結論だけを言うならば、怒ったお祖母ちゃんに勝てる存在は居ない、というべきだろうか。その理由も至極尤もなもので、最高潮に温まったライブ配信を中断させられたというのにコメント欄の視聴者たちは一様に「これはお祖母ちゃんが正しい」「実家の祖母ちゃんに叱られた気分になった」「グランマ、お祖母ちゃん。ぐすん」と何かを思い出すような反応だったため、ある意味最高の幕引きだったのかもしれない。
この結末も含めて、VVVアメリカ支社の正式始動は大きな話題となり。世界にVVVに桃源郷ろくことケシー、そしてお祖母ちゃんという存在が居る事を知らしめる結果となったのだ。
『なんでヴァーイもその場に呼んでくれなかったかなぁ! この後のヴァーイのVタレデビューが霞んじゃったらどうするの!?』
「それに関しては考慮してたんですがね。インターフェースの問題に拘り過ぎですって」
『くっそぉ! だって可愛いヴァーイの声を出す機材だよ!? 生半可なものじゃダメでしょ!!? 責任取ってカズヤはうちに来てよ!』
「俺にどんな責任が???」
さて、VVVアメリカ支社はマックス氏が経営するスター社の広大な敷地内に存在する。という事はVVVアメリカ支社にふらっとこの大富豪がやってくることもあるわけで。この間引き抜きをけんもほろろに断ってるし顔を合わせたらちょっと気まずいなぁと思っていたら、当の本人がそんな事おかまいなしって感じでヴァーイ・タブレットを持って掘立小屋に突撃してきた。
そして隙を見てはこういう感じで引き抜き工作をしてくるため、徐々に俺の対応もぞんざいになっていく。嫌だっていったじゃん?
『一度断られたくらいで諦められるほど僕の熱量は温くないんだよ。君とアキラが居れば僕が存命中に火星に降り立つ事だって可能だと僕は思ってるんだから、諦める理由はないだろ?』
「いや、『あきら』は兎も角俺は貴方が望むような技術者じゃないですよ」
『そうかい? アキラについていけるのは僕が知る限り君と一握りの天才だけだよ。つまり君は、僕が知りえる限りアキラに届かないだけのぶっちぎりの天才の一人で、生身で宇宙に放り出されても生きて帰ってきそうなくらいにタフな男だ。僕の作るロケットのオペレーターに君ほど相応しい男はいないでしょ!?』
「いないでしょ!? って力説されても、その。困ります」
『カズヤは一緒に火星に行ってくれないのか?』
「ヴァーイくん、そんな悲しそうな目で見上げるって動作誰に教わった? 怒らないからお兄さんに教えてね???」
前回、断った時よりも明らかに熱意の籠ったマックス氏の言葉に、本気で困りながらそう返す。部屋の隅のソファーで寝っ転がる『ひばり』の野郎がぷーくすくすと笑ってやがるが、今は鉄拳制裁する心理的な余裕もない。ダメなんだよ、こう、本気の熱意で来られるとさ。好きになっちゃうんだよ、俺。なんとかしてやりたいって思っちゃうんだよなぁ。
『多分、先方もお前の性格分かっててこう来てるからな?』
――分かってる。分かってはいるんだけどね
マックス氏と同じく経営者としての側面を持つ『勇作』の言葉に、心の中では頷いて返してるんだけどもね。何かを夢見る人は俺にとって、最高に輝いて見えるんだよ。
まぁでもVVVを離れる気は本当にないんで、それを踏まえた上で協力を要請してくる分には良いんだけどね。これだけ求められてるってのもあるけど火星開発しよう! なんて言われて心が震えない男の子は居ないでしょ。
ただ一々米国に来るのも大変だから協力は限定的になる……え、それなら日本に打ち上げ施設作る?
うそでしょアンタ。
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