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10話 執念

 

 トリッタ食堂で腹ごなしをした後、俺はいつもの如くリグル森林に来ていた。


「今日からはもう少し、森の奥の方へ行ってみるかな」


 今日も選んだクエストは「ポーション原料の薬草採集」。このクエストがあれば、基本的に選ぶようにしている。何度もこなしてきたが、まだ森の奥の方の薬草は確認できていなかった。


 そのため、本日は奥まで進んでみようという考えだ。


「迷子にならないように気を付けよう」


 こんな森の中で遭難したら生きて出られる気がしない。そんなネガティブなことを考えながら、俺は森の奥へと進んでいった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「おいおい…。これ星3つの薬草じゃないか??」


 20分ほど歩いたところで、クエスト時に配布された資料に掲載されている薬草を見つけた。資料と見比べてみると、なんと星3つ評価の薬草だった。最高評価である。しかも驚くべきことはそれだけではない。


 その星3つの薬草が、眼前に雑草のように大量に生えていた。


「狩り放題じゃんか!穴場スポットなのかな?」


 袋に詰めこめるだけ詰め込もう。これは相当な報酬が期待できる。


 そんなことを考えながら、俺は夢中で薬草を詰め込んでいた。


 事態が急変したのは、袋の3分の2以上を回収した薬草で埋めたときだった……。


「ん?」


 背後で何か草むらをかき分けるような音がしたので、振り返った。


 すると、そこには蛇がいた。しかし、ただの蛇ではない。


「待て待て待て…なんだよそのデカさ……」


 明らかに日本にいたころに見た蛇の5倍以上の大きさがある。外国映画とかでよく見るアナコンダとかよりもさらに大きい。誇張表現抜きで人間を丸呑みできるサイズだ。


 そんな大蛇がこちらを見据えていた。


 俺は睨み合いながらゆっくりと後ずさる。この世界に来た当初であれば、腰が抜けて動けなかったかもしれない。しかし、現在では対魔獣との場数をある程度踏んでいるため、少しは冷静な判断ができていた。


 あの大蛇はマズい。今日まで狩ってきた魔獣どもとは間違いなくレベルが違う。


 ここは、下手に刺激せずにこのままじっくり後ずさりながら、タイミングを見て全力疾走で逃げよう。


 そう考えながら、3歩ほど後退したときだった。


 こちらを見据えていた大蛇が、突然ミサイルのようにこちらに突っ込んできた。


「うおおおおお!??」


 あまりに突然のことすぎて、素っ頓狂な声が出てしまったが何とか躱すことができた。しかし、同時に戦慄した。てっきり地面を這って移動するものとばかり思っていた。しかもあの巨体で恐ろしいスピードである。


 攻撃を躱された大蛇はそのまま、俺の背後の草むらへダイブした。


 最悪だ…見失ってしまった。


 俺は剣を構えて、大蛇が飛び込んだ草むらを警戒した。


 1分ほど経過したが、大蛇が再び出てくる様子はない。まさか、諦めたのだろうか……?


 大蛇の撤退が頭を過り、緊張が緩んだ ―――――――――― まさにその瞬間だった。


「なんだ?」


 両足で踏みしめている地面が軽く盛り上がり、違和感から下を見た。


 その直後、地面から先ほどの大蛇が口を大きく開けて飛び出してきた。


「っ!!!!!!!!」


 もはや奇跡というほかない。奴の牙が顔面に届く寸前に、俺は上半身を後ろに反り返して、ギリギリで回避した。


「っぶねぇええええええ!」


 本気で死ぬかと思った。多分この世界に来た当初であれば、確実に躱せなかった。鍛えていて良かった……。


 またしても攻撃を躱された大蛇は、俺の背後にあった大木にそのまま巻き付き、すぐに幹を伝いながら降りて再び草むらに消えた。流れるような動作である。


 恐ろしい。草むらだけではなく、地面まで警戒しないといけないとは。


 地面を見ながらそう考えていると、今度は草むらから再びこちらへ飛び出してきた。


 だが最初の飛び込みよりも距離があったので、さきほどよりは少しだけ余裕をもって躱せた。


 躱した際に、下から斬り上げるように剣を振った。


「硬い…!」


 しかし、思いのほか皮膚が硬く、傷は浅い。


 再び大蛇は草むらの中へ姿を消した。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「くそ……執拗すぎるだろ…!」


 戦闘開始から10分は経過しただろう。


 さきほどから、大蛇は草むらや地面から俺に向かって突進を繰り返している。躱してもすぐに隠れ、再びこちらを狙ってくる。これが何度も続いている。


 完全に防戦一方である。大蛇の攻撃は躱せているし、俺に怪我は無い。しかし、明らかに疲労が溜まってきている。加えて、大蛇がどのタイミングで、どこから飛び出してるかも分からないため、常に神経を集中させなければならない。精神的な負担も溜まっていた。


 このままでは、躱せなくなるのは時間の問題であり、その時は確実に喰われてしまうだろう。


 だが、俺もただ闇雲に躱し続けていたわけではない。大蛇の動きから、ある策が頭に浮かんでいた。ここまではそれを実行する勇気が無かったが……。


「このままじゃジリ貧だな」


 一か八か、俺はその作戦を実行することにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 俺はさきほど大蛇が飛び込んだ草むら警戒する。


 すると、もう何度目かも分からない足元の盛り上がりを察知し、後ろに飛び退いた。


 コンマ遅れで大蛇が地面から口を開けて飛び出してきた。


 この大蛇、俺の意識が草むらに向いたら地面から、そして意識が地面に向けば草むらから飛び出してきている。恐らく俺の顔の動きなどを見ているのだろう。そして、地面からの攻撃を躱された後は


「背後に木があれば、巻き付くんだよなぁ!!」


 俺は飛び退いた勢いそのままに、剣で背後の木をぶった斬った。


 地面から飛び出した先に木があれば、ぶつからないように器用に巻き付いて、そのまま幹を伝って降り、草むらに隠れるという動作。ほとんど流れるような無駄の無い動きであり、これが奴の狩りの手順なのだろう。


 しかし、パターン化されているおかげで、こちらとしては先の行動を予測できた。


 巻き付く予定だったはずの木が倒されるという予定外の事象もあり、大蛇はそのまま木に激突し、墜落した。


 これが最初で最後の好機(チャンス)である。


 地面に落ちた大蛇の頭部に、俺はすかさず剣を振り下ろした。


 そのまま頭部と体を真っ二つに叩き斬るつもりで、力を込める。


「硬ぇな畜生!!」


 やはり硬い。一撃振り下ろしたくらいでは簡単に斬れない。


 俺は全体重を剣に乗せた。しかし、大蛇はかなりしぶとかった。


「痛っ!…」


 突如、背中に激痛を感じた。剣を離さず、チラリと背中のほうを見てみると、なんと大蛇の尾が背中に突き刺さっていた。長い身体をこんな形で活かしてくるとは…。しかし、まだ深くは刺さっていない。大蛇のほうも限界が近いのだろう。


 お互い、ここで力を緩めたほうが敗北し、死ぬ。絶対に引くわけにはいかない!


「おおおおおおおお!猛虎魂(もうこだましい)ぃぃぃぃぃ!!」


 日本にいた頃の贔屓のチームに由来する魂を叫びながら、痛みを堪え、俺は力の限り剣を振り下ろした。



 そして………大蛇の頭と体を真っ二つに叩き斬った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ハァ…ハァ…」


 目の前に横たわる大蛇の死体を見ながら、俺は凄まじい疲労感に襲われていた。


 思った以上に長期戦になってしまった。本当に勝てて良かった。


「……うっ」


 少し安堵したと同時に、背中の傷を思い出した。


 俺はすぐにポーションを飲んだ。すると、いつものように傷も痛みも綺麗さっぱり無くなった。


「少し、休憩するか」


 今回は疲労回復効果のあるポーションは持参していない。傷は癒えても、流石にこの疲労感は無視できないものであった。なので、少し休憩することにした。


「ここはコイツの縄張りだったのかなぁ」


 あの戦い慣れた感じ、恐らくここで何度も狩りをしていたのだろう。本拠地的な場所なのかもしれない。取り放題状態の高級な星3つの薬草がほとんど手つかずのままだったのも、コイツの存在が関係してるんだろうな。


 大蛇の死体を見ながらそんな感想を抱いていると、ある考えが浮かんだ。


「……………コイツって食べると美味しいのかな」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 もはや慣れた手つきで大蛇を火で焼く。


 流石に丸ごとは焼けないので、胴体の部分を斬って焼いてみることにした。


 魔獣を狩って最初にやることが「焼いて食す」というのは、なんだか蛮族の気分である。しかし、もしかしたら新しい味に会えるかもしれない。少しワクワクしながら、大蛇の肉が焼けるのを待った。


「よしよし。良い感じに焼けたな」


 じっくり20分ほど焼き、中まで火が通っていることを確認した。


 見た目は肉厚でなかなか美味しそうである。


「………では、いただきます」


 早速、かぶりつき、じっくり味わうように咀嚼した。


「これは…………美味い!」


 衝撃的だった。


 強さだけでなく、味も他の魔獣とは一線を画していた。


 流石にニナさんとこの味には遠く及ばないが、それでもかなり美味しい。日本にいた頃で言えば、タレをかけたウナギに近い味だ。焼いただけであの味に近いのは素晴らしい。


「これは大発見だな…!」


 食事問題の解決の兆しが見えたこともあり、俺はその後のガツガツと焼いた大蛇を食べ続けていた。


「いやぁ、苦労して戦った甲斐があった……ゲホッ」


 焦って食べ過ぎたせいか、むせてしまった。


 ゆっくり食べなくては、と苦笑しながら咳き込んだ先の地面を見ると ――――― 血があった。


「え……血?誰の」


 誰の血だ?と呟こうとして鼻の付近に違和感を覚え、手で拭うと、そこにも血が付着していた。


「鼻血か?」


 そう考えた次の瞬間。


「あ゛あ゛っ!???」


 腹部と頭部に激痛が走った。


「ぐ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 地面に倒れこみ、そのまま苦しんだ。これまでに経験したことのない痛みが腹部と頭部の内部から襲ってくる。ホーン・ボアに嚙みつかれた時も、さきほど大蛇の尾で刺された際も、これほどまでの痛みは無かった。


 すぐにポーションを2本がぶ飲みした。


 しかし、全く痛みが引かない。


「かっ…………」


 激痛で意識が朦朧としてきた。目も霞んできており、眼前がぼやけ始めている。


 消えそうな意識の中で、俺は大蛇の死体を見ながら、自分が初歩的な見落としをしていることに気が付いた。


「毒か………」


 蛇と言えば、体内に毒を持っている生物としてのイメージが強い。


 先の戦いでの疲労もあったかもしれないが、そんなことも考えずに食べてしまうとは……。 


「も゛う゛無理だ………」


 とうとう俺は、痛みで意識を失った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「……はっ!!」


 どれほど時間が経ったのだろうか。俺は突如目を醒ました。


「え?生きてんのか、俺?」


 今しがた自分が起きた場所を見渡すと、意識を失う前の状態と全く変わっていなかった。


「単純に気を失ってただけだったのか」


 時計が無いから分からないが、日が傾いているところを見ると、2~3時間は気を失っていた可能性がある。よく他の魔獣に襲われなかったものだ。いやそれよりも驚くべきは……


「我ながらよく生きていたな……」


 本気で死を覚悟するほどの激痛だった。よくもまぁ耐えたものだ。


「それにしても」


 チラリと大蛇の死体を見た。巨体であるぶん、まだ肉は大量に残っている。


 確かに痛みはあった。しかし、それでもあの魅力的な味が頭から離れない。


「……さっき食べた箇所に毒が集中していたのかもしれない」


 気づけば再び大蛇の肉を焼き始めていた。


 もはや意地である。せっかく見つけた美味なる魔獣。コイツを食すことができれば、魔獣の味問題が多少解決するのだ。まぁぶっちゃけさっきの味の中毒になっている感も否めない。


「それでは改めて、いただきます」


 さきほどよりもさらにじっくり焼き、再び食す。


「やっぱり美味ぇ…!!」


 改めて味を噛みしめながら、大蛇の肉を食べていく。


 俺には謎の自信があった。


 最初に食べたのは運悪く、毒が集中していた場所だったのだろう。


 だから今度は問題なく食すことができ……


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


 ダメだった!!全っっっ然ダメだったよ!!!


 再び激痛が俺の身体を襲う。


 『喉元過ぎれば熱さを忘れる』という諺がある。まさに今の俺である。使用例選手権があったら優勝争いできる自信がある。


 と、ここで俺はあることに気づく。


「ざっぎよ゛り゛も゛痛ぐな゛い゛??」


 下らないことを思考できるくらいには、頭が働いている。なんなら、血も吐いていないし、意識も朦朧としていない。


 とりあえずポーションを飲んだ。やはりあまり効果が見られないが。


 しかし、それでも時間をおくと、明らかに痛みが引いていくのが分かった。これはもしかすると


「体が慣れてきたのか?」


 この大蛇を食したいという執念が毒の激痛に打ち勝ったのだろうか……いやそんなアホな。


「でも、コイツ食えるのは最高だな」



 そうして俺は、「時間を置いて食べる」「激痛に苦しむ」というパターンを数度繰り返し、大蛇の肉を完食した。



 

 

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