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9話 トリッタ食堂

 

  俺がこの世界に来てから、早くも1ヵ月が過ぎた。


  今では、『日中はクエストや魔獣を狩って戦闘訓練。夜は筋トレ、文字の勉強、魔法の挑戦』というルーティーンが完成していた。


  食事は基本的に露店のパンや狩った魔獣を食べている。魔獣を食べるのは目論見通り食費の節約に繋がっている。不味いけど。クエスト初日のチャージ・ピッグ以外にも複数の魔獣を狩って食べてみたが、やはり全て不味かった。


  この世界の文字も努力の甲斐あって、だいぶ読めるようになった。


  ただ、この世界に来てから一番目覚ましい変化を遂げたのは肉体である。明らかに筋力や敏捷などの身体能力が向上している。今なら剣を使えばある程度の大木は一撃で斬れるし、素手で岩を殴っても痛くない。確かに筋トレはしているが、ここまで急激に効果があるはずがない。


  考えられるとすれば、それは恐らく……


「魔獣を食べていることが関係してるのかなぁ」


  特別な栄養素というか、身体能力向上に大きな効果がある何かが魔獣の肉には含まれているのかもしれない。このまま頑張れば、もう少し楽に魔獣を狩ることができ、楽に稼げるかもしれない。


  一方、魔法の方は全く進捗無しである。以前買った魔導書を頑張って解読しながら練習しているが、まるで発動できる兆しもない。いつか魔導士に直接教えてもらった方がいいかもしれない。


  それはそれとして、今日も今日とて俺はクエストのためにリグル森林に向かっていた。


  しかし、いつもリグル森林に向かう道に人だかりができていた。集まっている人たちの隙間から先を見てると、この街の衛兵が道を封鎖していた。


「何かあったんですか?」


「ああ、冒険者同士の喧嘩があったらしい。その影響で倒壊しかけてる建物があるから封鎖されてるみてぇだ。片方の冒険者は瀕死の重傷なんだとさ」


  近くの野次馬らしき人に訊いてみたところ、そんな答えが返ってきた。喧嘩でこの規模なのか……。野蛮すぎるだろ。


  仕方ないので別の道から森に向かうことにした。


「お、こんなところに飲食店があったのか」


  慣れない道を歩いていると、小さめのカフェのような店を見つけた。店の外にはメニューらしき料理の絵が置いてあった。どれも実に美味しそうである……特にこのタンドリーチキンのようなメニュー。


「たまには贅沢しますか」


  せっかく心惹かれるお店を見つけたので、クエストに行く前に腹ごしらえすることにした。というわけで、いざ入店。


「いらっしゃいませ~!空いてる席にどーぞ」


  中に入ると、カウンターの奥からポニーテールの女性店員さんが元気に対応してくれた。


  とりあえず奥のテーブル席が空いていたので、そこに座り、早速さきほど店の前で見たメニューを注文した。


  それから約20分後……


「はい!お待ちどおさま」


  さきほどの店員さんが、注文したメニューを運んできてくれた。


  目の前に置かれた料理を改めて見てみると、思ってた以上にタンドリーチキンに近い見た目をしている。やはり美味しそうである。こんなしっかりした食事は久しぶりだ。


「いただきます…!」


  このまま見ていてはせっかくの料理が冷めてしまう。なので、手元のフォークのような食器を使い、一口食べてみた。


  その時、凄まじい衝撃が走った。


「めちゃくちゃ美味い…美味すぎる」


  俺がこの世界に食べてきた物は一体何だったのか、と一瞬考えてしまうほどの美味さに思わず驚愕してしまった。恐らく魔獣の肉の味に慣れてしまったせいかもしれない。とにかく美味い…。


「お客さん、美味しそうに食べるね~」


  味を噛みしめながらじっくり食べていると、店員さんに声をかけられた。声の方を向くと、微笑ましそうにこちらを見ている。………そんなに分かりやすく美味しそうに食べていたのか俺は。少し恥ずかしい。


「あ、ゴメンね。あまりにも美味しそうに食べてくれてたから嬉しくて」


「いやいや、実際めちゃくちゃ美味いです」


  これは事実なので、率直に伝えておくことにする。


「そ、そう?ありがとう~」


  思わぬ高評価だったからか、店員さんは恥ずかしそうに笑った。


「そういえば、この店って他に店員さんの姿が見えないんですが」


  お互い恥ずかしい姿を見られたので、話題を変えるつもりで訊ねてみた。


「そうよ。ここはトリッタ食堂。そして私は二代目店主兼従業員のニナ・トリッタ。他に従業員はいないの」


「え?ひとり?……それかなり大変じゃないですか?」


  調理、接客、配膳、会計……これらを全て1人で行うなんて大変すぎる。いわゆるワンオペというやつである。重労働すぎないか……?


「そんなことないよ。そんなに大きいお店じゃないし、来るとしても大体常連さんが多いからね。これでもちゃんとお店は回ってるよ」


  疲労が全く見えない快活な笑顔でそう答えてくれた。見た目は俺と変わらない年齢なのに……めちゃくちゃ立派だなぁ。




  その後は、引き続き料理をじっくり堪能してお店を出た。


  ここを選んで大正解だった。

 

  本当であれば、毎日でも通いたいところだが、残念ながらそれはできない。


  何故か?


  その理由は、この店の料理が美味すぎるからである。


  こんな料理に舌が慣れて味を覚えてしまえば、もう魔獣の肉なんで食べられない。一度甘えた環境に慣れてしまえば、もうあの地獄の環境には戻れないのだ。


  食費を節約している身としては、それは非常に困るのだ。


  以上の理由で、俺は高頻度でこのお店に通うことはできないだろう。




  それでもいつか毎日通えるくらいになろうと心に誓った。

 





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