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書面と、土の下の気配

オーヌからの書面は、約束通り一週間で届いた。

 

ガラムが持ってきた。定期的に商隊を豊村へ回しているついでに、王都からの郵便も引き受けているらしい。


「王都の監察局の封蠟ですよ」とガラムは言った。「受け取るのが少し緊張しましたが」


「ありがとう。他には」


「王宮からも一通。こちらは差出人がありません」


「王宮から」


「はい。封蠟は王家のものですが、名前がない。……不思議に思いながら持ってきました」

 

ロルフは二通を受け取り、テーブルに並べた。

 

シオンが隣から覗き込んだ。


「開けますか」


「ええ」

 

オーヌのものから開けた。

 

几帳面な字が、びっしりと並んでいた。調査内容の整理、ロルフの証言の記録、今後の対応についての行政側の考え。読んでいくと、二ページ目に要点が来た。


「……オーヌさんらしいな」


「どんな内容ですか」

 

シオンが聞くので、ロルフは読み上げた。


「『ロルフ殿の王都への帰還については強制する権限を持たない。ただし、王都の土壌回復のために協力できる場合は、手法の書面化と、現地調査員への技術指導という形での参加を検討していただきたい。謝礼については別途交渉の用意がある』」


「謝礼」


「俺には必要ないけど、悪い話じゃない」

 

シオンが少し考えた。


「受けるんですか」


「書面で指導するだけなら。現地へ行くのは別の話だ」


「別の話、とは」


「王都の土地がどこまで荒れているかによる。書面で直せる範囲なら書面でやる。直せない状態なら、そこで考える」


「そこで考える、ということは」


「まだわからないということです」


シオンは黙って、ロルフが書面を畳むのを見ていた。

 

次に王宮の封書を開けた。

 

短い文面だった。オーヌの几帳面な長文とは真逆で、数行しかない。

 

ロルフは一度読んで、もう一度読んだ。


「どんな内容ですか」

 

シオンが聞いた。


「王宮付きの魔導師団から。技術研究として、ロルフの固有スキルに関する文献調査をしたい。本人への取材を希望する。日程は相手に合わせる、と」


「それは……調べる気ですね、スキルを」


「利用しようとしているのか、純粋に研究したいのかは、この文面だけではわからない」


「差出人が書いていないのは」


「王宮内の政治的な話なんでしょう。名前を出したくない立場の人間が動いている」

 

シオンの表情がわずかに固くなった。


「……怪しくないですか」


「怪しいな。だから今すぐ返事はしない」


「しばらく保留に」


「ガラムに、王都の情勢を確かめてもらってから決める」

 

シオンはそれを聞いて、少し肩の力を抜いた。

 

ガラムを引き止めて、昼食を出した。

 

リゼットが気を利かせて、豊村の果実を使った料理を出してくれた。ガラムは「いつ来ても豊村の飯は別格だ」と言いながら、よく食べた。


「王宮の封書の件ですが」とロルフが言った。


「はい、気になっていました」


「王宮の中で、今誰が力を持っているか、知っているか」

 

ガラムは少し考えた。


「表向きは国王陛下がご回復になられて、宰相が実務を仕切っています。ただ、魔導師団は従来から独自の派閥を持っていて、宰相派とは距離がある」


「魔導師団の中で、誰が主導しているか」


「団長は高齢で、実質的には副団長のゼファー殿が動かしているという話です。若い方ですが、手腕は確かとの評判で」


「ゼファー、か」


「ロルフ殿に接触を試みたとしたら、その方かもしれません。表に名前を出したくない理由もある。魔導師団と監察局は仲が良くない。オーヌ殿が先に接触したことを知って、競うように動いた可能性があります」


「なるほど」

 

シオンが「政治的ですね」と言った。


「王都はいつもそうですよ」とガラムが言った。「ロルフ殿のような方が豊村にいると知られてから、向こうは動きが慌ただしい。あの金冠草の件がきっかけで、ロルフ殿の技術の価値を理解した者が増えた」


「利用しようとする者も」


「もちろん」

 

ガラムは果実を一口食べた。


「率直に申し上げると、今の状況は少し危うい。オーヌ殿は信用できる部類の人間ですが、王宮全体がそうとは言えない。ロルフ殿が自分から動けば動くほど、向こうにとって都合がいい局面が生まれます」


「つまり、動くなと」


「動く時と方向を、慎重に選んでほしいということです。商人の感覚から言えば」

 

ロルフは少し考えた。


「ガラム、王都の土地の状況はどうだ。実際のところ」


「植物が戻り始めています。ただし、王立植物園の区画はまだ回復しきれていない。バラ園は完全に死んでいるとのことです」


「庭師は何人いる」


「残った庭師は四人。若い者ばかりで、知識がない」


「やれることはある」

 

ロルフはそう言って、オーヌの書面をもう一度広げた。


「オーヌへの返事をここで書いてしまいたい。ガラム、持ち帰ってもらえるか」


「承知しました」

 

ロルフは紙を取り出した。

 

シオンが「何を書くんですか」と聞いた。


「植物園の庭師への指導書と、土壌回復の手順書。王都まで行かなくても書ける内容を先に送る」


「今日、書けますか」


「草案だけ。仕上げは明日でいい」

 

シオンはしばらく見ていて、それから立ち上がった。


「果樹の手入れをしてきます。夕方に手伝います、書面」


「助かる」

 

夕方、ロルフが指導書の草案を書いていると、シオンが戻ってきた。

 

土のついた手のまま、縁側に腰を下ろした。


「北の列、根元に水が回ってきていました。水路を直してから変わってきてますね」


「そうか」


「西の方は、まだ少し白い粉が残ってます。時間がかかりそうです」


「急がなくていい。少しずつ戻ればいい」

 

シオンはそれを聞いて、少し顔を和らせた。


「……旦那様は、王都の土地も同じように思っているんですか」


「同じですよ。急がなくていい。ただ、正しい方向に手を入れ続ければ戻る」


「だから指導書を書く」


「ええ。行かなくても、やれることはある」

 

シオンは足元の土を、手の甲で軽く触れた。豊村の地面だ。自分たちが手入れしてきた土の感触が返ってくる。


「……旦那様」


「ん」


「教団の上に何かいるという話、ヴェルン様が言っていたことですけど」

 

ロルフは筆を止めなかった。


「覚えてる」


「最近、なにか感じますか。土から」

 

ロルフは少し間を置いた。


「少し」


「少し、というのは」


「白い野原が閉じてから、土の下が静かになった。でも、静かすぎる時が時々ある」


「静かすぎる」


「音がないのと、音を潜めているのは違う。畑でも、完全に死んだ土と、耳を澄ませている土は感触が違う」

 

シオンが顔を上げた。


「……何かが、いるということですか」


「断言はできないけど、無視はしていない」

 

シオンは黙った。

 

ヴェルンが警告していたことを、二人とも覚えている。毒と癒しの統合を恐れる何か。白い野原はロルフとシオンで閉じた。その結果、統合が一歩進んだ。そうなれば、恐れている側は次の手を打つかもしれない。


「……来ますか、そういうものが」


「わからない。ただ、来るとしたらこちらが知らない形で来る」


「対処できますか」


「土の問題なら、なんとかなる。土の問題じゃなければ、また考える」

 

シオンは少しだけ笑った。


「農夫の言い方ですね」


「農夫だから」


「でも、その言い方が一番落ち着きます」

 

ロルフは指導書の続きを書いた。

 

シオンは縁側に座ったまま、土に手を当てていた。

 

豊村の土は静かだった。

 

白い野原が閉じた後の土の巡りが、少しずつ戻っている。一日一日、わずかずつだが確実に変わっていく。それがわかる。

 

ただ、シオンも感じていた。

 

土の奥の、遠い場所で。

 

何かが、様子を見ている。

 

形はない。声もない。ただ、そこにある気配だけがある。

 

白い野原のものとは違う。もっと冷たくて、もっと静かで、もっと待ち慣れた何かの気配だった。


「旦那様」


「ん」


「土の奥で、何かが見てる気がします」

 

ロルフは筆を置いた。


「どの方向から」


「どこからというより……下から」


「深い場所か」


「はい。白い野原より深い。ずっと深い場所から」

 

ロルフは土に掌を当てた。

 

シオンの言う通りだった。

 

白い野原の圧とは質が違う。欲しがる感じでも、奪う感じでもない。ただ、確かめている。こちらが今どこにいて、何をしているかを。静かに、長く、そうし続けているものの気配だ。


「気づかせてくれてよかった」


「対処できますか」


「今すぐは何もしなくていい」


「なぜですか」


「こちらが動いたことに気づいている。ならば、こちらも気づいているとわかれば、向こうは次の手を選び直す。今は待つ方がいい」


「待つ」


「ええ。土の仕事は、急いで掘るより、時期を見た方がいいことがある」

 

シオンはそれを聞いて、少しだけ緊張をほぐした。完全にではない。でも、今夜どうにかしなければならないという焦りが、和らいだ。


「……わかりました。旦那様がそう言うなら」


「ただし、また感じたら教えてくれ。変化があれば知りたい」


「はい」

 

ロルフは指導書の続きを手に取った。

 

夜が来た。

 

豊村の霧が濃くなる。果樹の輪郭が霧の中に溶けていく。

 

土の奥の気配は、まだそこにあった。

 

深く、静かに、こちらを見ている。

 

ロルフはそれを感じながら、指導書の文字を書き続けた。

 

何かが来るとしても、今夜ではない。

 

今夜は、書くべきことを書く。

 

土の仕事は、目の前のことから始まる。

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