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監察官は、土を見ない

 オーヌが豊村へ来たのは、ガラムの報告から四日後だった。


 予告はなかった。


 ロルフが果樹の北の列を確かめていた午前中、村の入り口の方から馬の蹄の音がした。一頭ではない。複数だ。騎士が来る時の音とも違う。もっと少なく、整っている。


 リゼットが先に気づいて、広場に出てきた。


 馬が三頭、村の入り口で止まった。


 先頭の男が馬を降りた。四十代半ば、短く切った灰色の髪、動きに無駄のない体つき。腰に剣はあるが、騎士の格好ではない。王都の官服だった。紋章は監察局のものだ。


 男はあたりを見渡し、広場へ歩いてきた。


「ロルフという者はいますか」


 声は低く、感情の色が薄かった。仕事の声だ。


 シオンがロルフの袖を軽く引いた。


「来ました」


「わかってる」


 ロルフは鍬を肩に担いだまま、広場へ出た。


 男がこちらを見た。ロルフを頭から足まで一度見て、それで終わった。何かを確認したというより、記録した目つきだった。


「少しお時間をいただけますか。調査です」


「何の調査だ」


「金冠草の出所と、豊村の現状について」



 ロルフは特に表情を変えなかった。


「構いません。ただし、立ち話は嫌いだから座って話す」


「承知しました」


 縁側に椅子を出した。


 オーヌは部下二人を外で待たせて、一人で座った。手帳と羽根ペンを持っている。書く気でいる。


 シオンがお茶を持ってきた。オーヌはそれを一瞥して、受け取った。礼を言ったが、飲まなかった。


「金冠草の件から聞きます。市井で広まっていた薬草で、王都の瘴気症に効果があったものです。これを、商人ガラムを通じて配布したのはロルフ殿ですか」


「そうです」


「目的は」


「瘴気症で苦しんでいる人間がいると聞いたから」


「対価は受け取っていない」


「ガラムが判断して値をつけたのは知ってますが、俺が直接受け取ったものはない」


 オーヌは淡々と書き留めた。


「金冠草の術式を分析しました。王立植物園の記録と照合した結果、ロルフ殿が在籍中に開発されていた改良品種の延長線上にある技術だと判断しています」


「そうです」


「独自に改良したものですか」


「はい」


「豊村に来てから」


「ここの土が王都とは違うので、合わせた」


 オーヌはまた書いた。


 質問が無駄なく、順番が論理的で、答えが予測できているものは確認で済ませる。感情が仕事に出ない。


 話しやすい部類の人間だ。


「次に、王立植物園在籍時の件について聞きます」


「どうぞ」


「ロルフ殿が在籍していた十年間、バラ園の魔力純度は毎年向上していました。退職翌日から数値が下落し始め、一週間で測定不能域に入った。この件についての証言を求めています」


「退職、ではなく追放ですが」


「失礼。追放ですね」


 オーヌは一字書き直した。細かいところで誤魔化さない人間だとわかった。


「ロルフ殿が在籍中に行っていた作業の具体的な内容を教えていただけますか。公式記録には記載がなかったため」


「バルトロ主任が公式記録に書かなかったんだろ」


「そのようです」


「なぜ書かなかったか、心当たりはありますか」


「俺の仕事が成果として見えにくい類のものだったから。そして、見えにくいものに功績を認めると、自分の立場が薄くなると思ったから」


 オーヌはそれを書いた。手が止まらない。


「具体的に何をしていましたか」


「王立植物園の奥区画にある毒草の管理です。あそこは王都の魔力汚染を吸収する機能を持った植物が自生していた。俺はそれを、適切な状態に保ち続けていた」


「その植物は今」


「バルトロが除草剤で焼き払った。俺が出た翌日に」


 短い沈黙が落ちた。


 オーヌは書く手を止めなかった。


「進言の記録は見つかっていません。ただ、庭師数人の証言が取れています。ロルフ殿が定期的に主任へ報告書を提出していたと」


「提出した。内容は覚えてない」


「提出先のバルトロ主任の手元にも記録がありません」


「そうでしょうね」


 オーヌはロルフを見た。感情を動かさない目だったが、何かを測っていた。


「ロルフ殿は、王都に対して、何か要求はありますか」


「特にない」


「謝罪や、補償についての意向は」


「ここでの生活に満足してます」


「ここ、とは豊村ですか」


「そうです」


「戻る意思は」


「ない」


 オーヌはそれを書いて、少しだけ間を置いた。次の質問を選んでいる間だった。


「豊村の現状について聞きます。着いた時から気になっていたのですが、この村の土地は、本来は死の地と呼ばれる地域のはずです。それが現在、かなりの農業生産が行われているように見えます。どのような手を入れましたか」


「土の浄化と、毒素の等価交換です」


「等価交換、というのは」


「俺の固有スキルです。体に害をなす毒素を、別のエネルギーに変換できる。それを使って、この土地の毒を農業に利用できる形に変えた」


「農業に利用する」


「毒草を燃料として使う。毒を肥料として使う。有害なものを無害なものに変換して、土に返す」

 オーヌは少しだけ書く速度が上がった。


「具体的な作物名と、生産量は」


「リゼット、来てくれ」


 ロルフが声を上げると、縁側の影でそれとなく聞いていたリゼットが出てきた。少し顔が赤い。


「リゼットが管理台帳を持っている。詳細はそちらに聞いてほしい」


 リゼットはオーヌに向かって頭を下げた。


「豊村管理補佐のリゼットです。台帳をお見せします」


 オーヌはリゼットへ向き直り、台帳を受け取った。ページをめくる。しばらく黙って読んでから、顔を上げた。


「……これは、ロルフ殿が一人で整えたものですか」


「最初の土台はそうです。今は村の人間全員で管理している」


「一人で、死の地をここまで変えた」


「シオンも一緒だった」


 オーヌがシオンを見た。シオンは縁側の端に座ったまま、静かにオーヌを見返した。


「一緒にやっています。ロルフさん一人の仕事ではない」


 オーヌはそれを書いた。


 書き終えてから、手帳を閉じた。


「一旦ここで調査を切ります。記録を整理してから、改めて書面を送ります」


「そうしてください」


「ロルフ殿」


「はい」


「率直に聞きます。なぜ豊村にいるんですか」


 ロルフは少し間を置いた。


「畑があるから」


「それだけですか」


「それで十分です」


 オーヌはロルフを見た。


「王都は今も、魔力汚染の後遺症から回復しきれていません。ロルフ殿の技術があれば、早期に解決できる可能性がある」


「知っています」


「それでも戻る気はない」


「はい」


「理由を聞いてもいいですか」


「戻れと言われて追放されたのだから、戻れと言われても行きません」


 オーヌは一拍置いた。


「……それは、感情的な理由ですか」


「半分は。もう半分は現実的な理由」


「現実的な理由とは」


「王都には俺を支える土がない。ここには土がある。仕事は土がある場所でやるもの」


 オーヌはそれを、今度は書かなかった。


 ただ、聞いていた。


 しばらく沈黙した後、椅子から立ち上がった。


「ご協力ありがとうございました。書面は一週間以内に届きます。追加の質問が出た場合、再度伺うことになりますが」


「いつでもどうぞ」


「……」


 オーヌは何か言いかけて、止めた。仕事の範囲を出る言葉は言わない、という止め方だった。


 馬が蹄を鳴らして、村の出口へ向かった。


 砂埃が少し立って、消えた。


 オーヌが来て、そして去った。それだけだ。


 ロルフは鍬を肩に戻した。


「北の列ですか」


「乾きが気になってたから」


 シオンが並んで歩いた。


 豊村の午前が、静かに続いていた。

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