たそがれ時にサヨウナラ
忙しい仕事の合間にデートだなんて、アルカンは店主として気疲れしてるだろうにーー
ジニィが とりあえず選んだ行き先は墓地だった。ホラーデートが彼にとってのデフォではないので、そこは誤解無きよう。
「久しぶりだ。アルカン、ここには小母さんが眠ってる」
「小母さん?」
周りと似たり寄ったりの小さな石の前に、ジニィは迷いなく膝を突いた。布で土埃を拭って、先ほど買った小さな花束を供える。
「シッターだ。仕事で居ない親父の代わりに、しょっちゅう世話んなってた。親父が行ったっきりになっても、俺が兵士になるまで何かと気にかけてくれてな。良い人だった」
挨拶ついでにアルカンを紹介する。父親が再婚してから、彼女は家の出入りを遠慮するようになった。離婚して以前のような関係に戻ったが、彼女はアルカンの母が苦手だったようで……
「あの頃の弟は か弱かったけど、今は見違えるように元気になった」
「ジニィ」
「信じられない成長ぶりだ。兄貴よりモテるなんてけしからん」
「ジニィー」
「あの頃が一番のモテ期だったなあ」
「ジニィ?」
墓参りも済んだし、次はアルカンにバトンタッチ。
「さあ、どこに行く?」
尋ねると、アルカンが肘を曲げてジニィを誘った。
「おい、兄弟は腕を組まないぞ」
「都会ではやるよ」
「マジで!?」
中区に観光スポットなんぞ存在しない。どこに連れて行くのかと思えば、旅籠だった。グレードは富裕層向け。客層もスタッフも垢抜けて行儀が良い。
「なんて治安の良い場所だ」
ジニィには馴染みの無い場所だが、スタッフの方は“隊長代行”として彼を認識していた。
「こんにちは、隊長さん。ヒゲが無いのでドコのご子息かと思いました」
失礼な。ヒゲは まだ目立たないだけだ。
ひと言 余計な彼に、アルカンが小さく耳打ちした。スタッフは頷いて、バックヤードに入って行く。ロビーで待っていると、細長い木箱を抱えて戻って来た。その木箱はジニィの前へ押し出される。
「開けてみて」
「え、俺が?」
ばか丁寧に結ばれた紐を解き、箱の蓋を開ける。次に厚手の布を開くと、漆黒の鞘のサーベルが現れた。
「わ……すごい」
大切に磨かれた年代物のような落ち着いた色味。護拳の燻し銀がシビれるほどカッコいい。
「刀身も見て」
「え、いいの?」
微笑むアルカンに勧められ、サーベルを持ち上げて少しばかり鞘を抜く。思った通りに手に馴染む柄。優雅な半湾曲の刀身。美しいが、刃の厚みも形状も お飾りのそれではない。
「実戦用か」
実用性を意識した造りは、威圧感すら覚える。
「ふう。いいものを見せてもらった」
刀身を鞘に納めると、詰めていた息を吐いた。
「気に入ってくれたなら良かった」
「ああ。……え?」
アルカンの表情は、こう言っている。プレゼント フォー ユーと。
「恋人へのプレゼントにはチョット物騒ですよね?」
お前まだ居たのかとスタッフを軽く睨む。
「俺達は兄弟!」
怪訝な表情をしないで欲しい。勝手に間違えたのはそっちだ。
「アルカン。俺に こんな高価なものは」
「ジニィに合うと思ってぼくが見立てたんだ」
「今日 俺の誕生日か何か!?」
アルカンは義兄の肩に優しく手を置いた。
曰く、このサーベルは美術品として好事家に請われる逸品だが、持ち主が次から次へと災難に見舞われるので『呪われたサーベル』としてココに流れ着いたのだという。え?
「これはジニィが持っても大丈夫」
「ど、どゆこと?」
「このワンちゃんは飼い主を選ぶタイプだから」
なるほどわからん。
なんかヤバイ贈り物を貰った帰路。ジニィはアルカンに手を差し出した。
「何?」
「少し遠回りして帰ろうぜ」
義兄はキョトンとする義弟の手を引いて歩き出した。少し先に教会が見えてくる。昔 二人で通ったなと呟くと、アルカンが横に並んだ。教会の鐘楼に夕日が重なり、儚きノスタルジーを覚える。ジニィの手を握る力が不意に強まった。
「ジニィが言ってた先代隊長の事、聞いていい?」
世にも珍しい紫の瞳が夕日に中和され、仄暗い薄紅色に変わっていく。
「それは……」
曖昧模糊とした暮れの空に、夜魔の気配が忍び寄る。
「あの人は、黙って やられるような人間じゃなかった。彼には覚悟があった」
横顔に視線を感じる。針の先端で柔い皮膚を撫でるような。十字路に差し掛かり、足が止まる。建物の陰になって一層暗い。辻に棲むといわれる精霊が、ジニィの首に冷えた息吹を吹きかけた。サーベルを強く握る。
(俺は何を恐れてる)
繋いだ手には、いまだ人の温もりがある。
「俺は」
ふと目の前が かげって、唇に温かいものが触れた。気づくと、もう教会の前だ。
「ねえ兄さん。秘密を暴いたからには、もう元には戻れないよ」
「……え?」
天から鐘の音が降り注ぐ。太陽の時間が終わる合図だ。甲高い金属音が鼓膜を刺す。月の時間を警告するように。
「どうして」
夕闇が体に絡みつく。地面に縫い付けられたように足が動かない。
「ーー隊長!!」
耳馴染みのあるハスキーボイスが、ジニィの怯えを吹き飛ばした。
「支部から早馬です!」
「グレイズ、どうして」
「急いで来てください、代官より武装指示が」
ジニィは義弟を振り返った。
「兄さん、気をつけて。行ってらっしゃい」
手を振る彼の その表情から、心中を読み取る事は叶わなかった。
屯所に直行したジニィは、急ぎ予備の軍服に袖を通す。同じく非番のバスカルも、ゴロゴロしていた所を起こされて渋々 着替えを終えた。
「隊長、サーベル忘れてんぜ」
「あ」
バスカルは感心したようにサーベルを眺める。胡散臭い模造品とは違う、確かな代物が持つ気配を感じているようだ。
「あの弟がくれたんか?」
「なんで分かんだよ」
「まぁなんとなくな」
ジニィは肩をすくめる同僚を睨んだ。
「なんだよ。ずいぶん不機嫌じゃねえか」
「そういうお前は何か吹っ切れてないか?」
未だ傷痕が目立つ顔で、困ったように笑っている。
「悪い、隊長。俺はヘクターん所のガキ共を助けに行ってくる」
「……命令違反だぞ」
それだけの覚悟があるのかと問えば、真剣な眼差しが返ってくる。
「せめて誤魔化してくれって言えないのかよ」
「バッカ。お前、やっと昇進できんだぜ。少しは欲張れよ!」
ジニィは返事を保留して更衣室を出た。その時、物置き代わりになっているロッカーが目に留まった。中には先達らの残した備品が眠っている。
「何やってんだよ」
足を止めたバスカルは、ロッカーを漁る隊長を後ろから覗き込んだ。彼が手に取った物を見て、その心を知る。
「へえ。全然 使えそうだな」
それは先代隊長が愛用していた剣帯だった。ベルトを腰に巻き、ホルダーにサーベルを差し込む。ベルトの穴は二つばかり大きくて、ジニィは難しい顔を更に顰めた。
「いいじゃん」
「もっと筋肉があれば……」
「いい加減 小柄なの認めろよ」
「うるせー!」
隊員らは全員揃っている。例の二人組が、小走りでジニィに駆け寄った。
「隊長、あの」
「ああ。確かに届けたな?」
二人揃ってコクコクと頷く。
そうだ。だから緊急招集がかかっている。
「バスカル。今は とりあえず ついてこい」
「おい」
ジニィは有無を言わせぬ眼差しで彼の反論を封じる。
「行くぞ!」
「「「ハッ」」」
代官もジニィもバスカルも、大きく括れば目的とするものは同じなのだ。




