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両親の離婚で別れた兄弟、波乱の再会を果たす  作者: 垣花 やお


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17/21

酒のお供は塩からい

挿絵(By みてみん)

 アルカンは蒸留酒の入ったグラスを傾けながら、脳内に散りばめた情報パズルを寄せ集め、全体像を把握することから始めた。

(密輸入は囮。タレコミの情報源。我が国の上層部。領主。国境警備隊。それらが関わる、欠けた起点ピースが存在する)

 酒場での彼は非常に目立つ。場末のバーに現れた高嶺の花。周囲から向けられる秋波が鬱陶しいほどだ。なのに声をかける猛者は なかなか現れなかった。

「よう、キレイなにいちゃん。おれ あんた知ってるぜ」

 というわけで、怖いもの知らず第一号は酔っ払いとなった。

(彼らはカドマス家や麻薬カルテルの目を 『最も重要な情報』から逸らす為に、わざわざ秘密機関を動かした。そこまでして隠したかったものは、一体 何だ?)

 視線を遣ると、ヘラヘラしていた男の顔からスッと血の気が引いた。お手本のように引き下がる様は、外野からするとコントだった。

役者キャストの一ツはカドマス家。違法な商品の生産拠点ーー廃工場を含む中区全体を抱える地元名士。次に麻薬カルテル。カドマス家から卸された『商品』を闇ルートで売却し、膨大な利益を上げている。そして両者の動きに釣られてバタつく、末端の犯罪者共)

 そこに美しい女が現れた。二十代半ばの蠱惑的な女だ。

「となり、いい?」

「……ああ」

 片田舎の酒場では滅多に見ない、垢抜けたカップルの爆誕である。

(それらに欠けた起点ピースを重ねれば、隣国に本拠地を持つ犯罪組織 対 我が国の防衛機関の構図が出来上がる)

 女はアルカンと同じものを頼んだ。なかなか剛毅なチョイスだ。

「アナタ、どうしてココで飲んでるの?」

「安酒が飲みたいから」

 女は笑った。

「気難しいのね」

 カウンターに滑り出るグラス。そこに三分の一も注がれる琥珀色。女は躊躇なくグラスを手に取り、一口飲んだ。

「ねえ、タバコ吸ってもいい?」

 アルカンは無言でアゴをしゃくった。

(タダで利用されてやるつもりはないぞ?)

 そして残りを飲み干すと、グラスを返し席を立った。

「あら、タバコ嫌い?」

「禁煙してる」

「フフッ。恋人が嫌がるとか?」

 アルカンの指から弾かれたコインが、マスターの手に収まる。彼がフッと微笑むと、熱が膨らむようなざわめきが周囲から上がった。

「まあ。アナタから そこまで想われるなんて、よほどの美人なのね?」

 女は踵を返すアルカンの背中に語りかけた。彼は振り返らずにひと言。

「ああ。とんでもない魔性さ」

 ドアベルが鳴り、美しい男は去っていった。女はしばらく そのドアを見つめていた。

 それから十分ほどして、女は酒場を出た。足取りに不安はなく、酔っている様子は無い。一区画も歩ききらぬ内に、街灯の灯りを背負った女の影は こつ然と消えた。

「“マグノリア”」

「何!? 私には接触しないって約束だったじゃない!」

 男と女。闇の中で交わされる会話は、痴情のもつれというには剣呑な様相を呈している。

「計画が漏れた気配がある」

「! アンタらがアーロンを殺そうとするから」

「アレは我々じゃない!」

「なにを!」

 女は信じない。男は焦る。

「とにかく聞けっ。決行は間近だ。早く“男”の居場所を特定しなければ、我々が処罰される」

「そんなこと言ったって、私は縄張りから離れられなーー」

「ぐっ!?」

 突然 男が呻き、体が崩折れる。路地の暗がりで なお黒い影が動いた。

 異変に気づいた女は身を翻すが、横から伸びた腕が進路を塞いだ。

「待ってたよ。マイレディ」

「アンターー」

 口に濡れた布が押し当てられ、強烈な薬剤のニオイが呼気と共に肺に流れ込む。強い目眩に視界がぶれ、膝から力が抜け落ちる。最後。僅かに見えたのは、忘れようにも忘れられない魔性の目。


「!」

 女は溺れるような苦しさを覚えて目を醒ました。視界に入った景色に血の気が引く。地下牢獄を思わせる石積みの壁。足元に沈む冷気。整然と壁に陳列されている禍々しい道具の数々。

「目覚めの気分はどうだい?」

「……サイアク」

 女は己の失敗を悟った。街の異物を誘い出したつもりが、誘い出されたのだ。

「雑貨屋店主。アンタ何者?」

 女は両腕を開くように壁の拘束具に固定され、スリップ一枚で吊るされている。頭痛と吐き気でコンディションも最悪だ。

「お前こそ何者だ。マグノリア嬢」

「っ、アタシはマルティナよ!」

「ああそうだ。お前は『兵士を堕落させる ふしだらな女』」

 女は唇を噛んだ。

「マグノリアは天を仰いで咲く、敬虔にして清純なる信徒の名。お前にはふさわしくない」

 女は壁に食い込む鉄具が軋むほど暴れた。豹のように唸り、暗い目でアルカンを睨む。

「急な誘いに応じてくれたお前に、一ツだけサービスしよう。カドマス元士長を殺したのはカドマス本家で間違いない」

 女は瞠目し、息を詰めた。

「本家の温情に気づかない愚かな弟。“君たち”にとっても利用価値の無い男に?」

「知らないわ」

「憐れだな。この国の教義を踏みつけにする女よ」

 みるみる内に女の顔色が悪くなっていく。

「アンタ代官の差し金? まさか国教会!?」

 女は更に焦りを募らせる。

「アーロンは何も出来ない男よ。でも私に家をくれた。感謝してるわ」

 アルカンは薄く嗤う。

「お前も あの男にはウンザリしていた。でも離れられない。お前達は命令を達成していなかったからだ」

「アンタもアタシと同類なんでしょう。隊長サンを利用して、まんまと中区の住人になったじゃない。だってココじゃあ、よそ者は警戒されるものね」

 アルカンは彼女を見直した。状況説明と辻褄は合っている。

「ならば同類のよしみで取り引きをしよう。洗いざらい吐けば、その命 助けてやってもいい」

「ハッ。誘拐犯の台詞なんて誰が信じるの」   

「ゲームならどうだ?」

 白い指先が女の顎にかかり、アゴを強く固定する。

「“もう一人”とお前で、先に吐いた方を解放する」

 女の瞳孔がギュッと絞られた。

「負けた方が二人分のツケを払う。スパイなら得意だろう。損得勘定は」


 ✦✦✦


 ジニィの目覚めは、存外 悪く無かった。そのタイミングで腹の虫が鳴く。寝巻き代わりの半袖シャツとパンツのまま一階へ。

「誰かいる?」

 誰何しても返事はない。ダイニングには軽食が用意されていた。片手鍋の蓋を開けると、麦の薄塩スープが。やや酸味のある黒パンにチーズを挟んで一口、モソモソと咀嚼する。スープで口を湿らせれば、干し肉の出汁と繊維質が薄っすらと感じ取れた。シンプルがウマい。贅沢な食事は心が弾むが、慣れた味はストレスがない。だが今は、口を動かす度に腫れた頬が痛む。蹴りが食い込んだ腹も同じく。シャツをめくると、やはりアザになっていた。

「鍛えなおすか」

 久しぶりの接近戦はブランクを感じた。勘は鈍ってない。ただ体が追いつかない。

「あ」

「あ?」

 ダイニングにアルカンが現れた。なにやらジニィを見て固まっている。

「どした?」

「……腹」

 ジニィは出しっぱなしの腹をシャツの下にしまった。

「ストリップでも始めるのかと」

「ばーか。誰得だよ」

「下着姿で一階に降りるから」

「へえ、すんませんね」

 義弟の様子を見て、ジニィは首を傾げた。

「なんか忙しい?」

「そう見える?」

 アルカンの表情が微妙に硬い。何より目が いつもと違う気がした。そもそも否定しないし。

「開店したばっかだからって無理すんなよ」

「……心外だ。ジニィだって」

 ジニィは おやと片眉を上げた。

「俺は兵士だぞ。これが普通ってモンよ」

 タフに笑う。何一つ変わらない日常だと うそぶく。そうだ。笑ってなきゃやってられない人生。悲観なんかしてる場合じゃない。

「もう平気なの?」

「ああ。えーと、心配かけて悪かったな」

 今更ながら気まずい。朝は精神的に参ってた。変に気遣われるのもキツい。

「たま〜に落ち込むけど、兄貴は元気です」

 目の前の食事に向き直ると、アルカンが真横に片手を突いた。

「行儀が悪いぞ」

 義弟氏はなぜこう、いちいち義兄に圧をかけてくるのか。やっぱりソッチの人なのか。

「暇ならデートしようよ」

 言葉のチョイスも、いちいち不適切である。 

くっそ情報が増えると文字数

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