酒のお供は塩からい
アルカンは蒸留酒の入ったグラスを傾けながら、脳内に散りばめた情報を寄せ集め、全体像を把握することから始めた。
(密輸入は囮。タレコミの情報源。我が国の上層部。領主。国境警備隊。それらが関わる、欠けた起点が存在する)
酒場での彼は非常に目立つ。場末のバーに現れた高嶺の花。周囲から向けられる秋波が鬱陶しいほどだ。なのに声をかける猛者は なかなか現れなかった。
「よう、キレイなにいちゃん。おれ あんた知ってるぜ」
というわけで、怖いもの知らず第一号は酔っ払いとなった。
(彼らはカドマス家や麻薬カルテルの目を 『最も重要な情報』から逸らす為に、わざわざ秘密機関を動かした。そこまでして隠したかったものは、一体 何だ?)
視線を遣ると、ヘラヘラしていた男の顔からスッと血の気が引いた。お手本のように引き下がる様は、外野からするとコントだった。
(役者の一ツはカドマス家。違法な商品の生産拠点ーー廃工場を含む中区全体を抱える地元名士。次に麻薬カルテル。カドマス家から卸された『商品』を闇ルートで売却し、膨大な利益を上げている。そして両者の動きに釣られてバタつく、末端の犯罪者共)
そこに美しい女が現れた。二十代半ばの蠱惑的な女だ。
「となり、いい?」
「……ああ」
片田舎の酒場では滅多に見ない、垢抜けたカップルの爆誕である。
(それらに欠けた起点を重ねれば、隣国に本拠地を持つ犯罪組織 対 我が国の防衛機関の構図が出来上がる)
女はアルカンと同じものを頼んだ。なかなか剛毅なチョイスだ。
「アナタ、どうしてココで飲んでるの?」
「安酒が飲みたいから」
女は笑った。
「気難しいのね」
カウンターに滑り出るグラス。そこに三分の一も注がれる琥珀色。女は躊躇なくグラスを手に取り、一口飲んだ。
「ねえ、タバコ吸ってもいい?」
アルカンは無言でアゴをしゃくった。
(タダで利用されてやるつもりはないぞ?)
そして残りを飲み干すと、グラスを返し席を立った。
「あら、タバコ嫌い?」
「禁煙してる」
「フフッ。恋人が嫌がるとか?」
アルカンの指から弾かれたコインが、マスターの手に収まる。彼がフッと微笑むと、熱が膨らむようなざわめきが周囲から上がった。
「まあ。アナタから そこまで想われるなんて、よほどの美人なのね?」
女は踵を返すアルカンの背中に語りかけた。彼は振り返らずにひと言。
「ああ。とんでもない魔性さ」
ドアベルが鳴り、美しい男は去っていった。女はしばらく そのドアを見つめていた。
それから十分ほどして、女は酒場を出た。足取りに不安はなく、酔っている様子は無い。一区画も歩ききらぬ内に、街灯の灯りを背負った女の影は こつ然と消えた。
「“マグノリア”」
「何!? 私には接触しないって約束だったじゃない!」
男と女。闇の中で交わされる会話は、痴情のもつれというには剣呑な様相を呈している。
「計画が漏れた気配がある」
「! アンタらがアーロンを殺そうとするから」
「アレは我々じゃない!」
「なにを!」
女は信じない。男は焦る。
「とにかく聞けっ。決行は間近だ。早く“男”の居場所を特定しなければ、我々が処罰される」
「そんなこと言ったって、私は縄張りから離れられなーー」
「ぐっ!?」
突然 男が呻き、体が崩折れる。路地の暗がりで なお黒い影が動いた。
異変に気づいた女は身を翻すが、横から伸びた腕が進路を塞いだ。
「待ってたよ。マイレディ」
「アンターー」
口に濡れた布が押し当てられ、強烈な薬剤のニオイが呼気と共に肺に流れ込む。強い目眩に視界がぶれ、膝から力が抜け落ちる。最後。僅かに見えたのは、忘れようにも忘れられない魔性の目。
「!」
女は溺れるような苦しさを覚えて目を醒ました。視界に入った景色に血の気が引く。地下牢獄を思わせる石積みの壁。足元に沈む冷気。整然と壁に陳列されている禍々しい道具の数々。
「目覚めの気分はどうだい?」
「……サイアク」
女は己の失敗を悟った。街の異物を誘い出したつもりが、誘い出されたのだ。
「雑貨屋店主。アンタ何者?」
女は両腕を開くように壁の拘束具に固定され、スリップ一枚で吊るされている。頭痛と吐き気でコンディションも最悪だ。
「お前こそ何者だ。マグノリア嬢」
「っ、アタシはマルティナよ!」
「ああそうだ。お前は『兵士を堕落させる ふしだらな女』」
女は唇を噛んだ。
「マグノリアは天を仰いで咲く、敬虔にして清純なる信徒の名。お前にはふさわしくない」
女は壁に食い込む鉄具が軋むほど暴れた。豹のように唸り、暗い目でアルカンを睨む。
「急な誘いに応じてくれたお前に、一ツだけサービスしよう。カドマス元士長を殺したのはカドマス本家で間違いない」
女は瞠目し、息を詰めた。
「本家の温情に気づかない愚かな弟。“君たち”にとっても利用価値の無い男に?」
「知らないわ」
「憐れだな。この国の教義を踏みつけにする女よ」
みるみる内に女の顔色が悪くなっていく。
「アンタ代官の差し金? まさか国教会!?」
女は更に焦りを募らせる。
「アーロンは何も出来ない男よ。でも私に家をくれた。感謝してるわ」
アルカンは薄く嗤う。
「お前も あの男にはウンザリしていた。でも離れられない。お前達は命令を達成していなかったからだ」
「アンタもアタシと同類なんでしょう。隊長サンを利用して、まんまと中区の住人になったじゃない。だってココじゃあ、よそ者は警戒されるものね」
アルカンは彼女を見直した。状況説明と辻褄は合っている。
「ならば同類のよしみで取り引きをしよう。洗いざらい吐けば、その命 助けてやってもいい」
「ハッ。誘拐犯の台詞なんて誰が信じるの」
「ゲームならどうだ?」
白い指先が女の顎にかかり、アゴを強く固定する。
「“もう一人”とお前で、先に吐いた方を解放する」
女の瞳孔がギュッと絞られた。
「負けた方が二人分のツケを払う。スパイなら得意だろう。損得勘定は」
✦✦✦
ジニィの目覚めは、存外 悪く無かった。そのタイミングで腹の虫が鳴く。寝巻き代わりの半袖シャツとパンツのまま一階へ。
「誰かいる?」
誰何しても返事はない。ダイニングには軽食が用意されていた。片手鍋の蓋を開けると、麦の薄塩スープが。やや酸味のある黒パンにチーズを挟んで一口、モソモソと咀嚼する。スープで口を湿らせれば、干し肉の出汁と繊維質が薄っすらと感じ取れた。シンプルがウマい。贅沢な食事は心が弾むが、慣れた味はストレスがない。だが今は、口を動かす度に腫れた頬が痛む。蹴りが食い込んだ腹も同じく。シャツをめくると、やはりアザになっていた。
「鍛えなおすか」
久しぶりの接近戦はブランクを感じた。勘は鈍ってない。ただ体が追いつかない。
「あ」
「あ?」
ダイニングにアルカンが現れた。なにやらジニィを見て固まっている。
「どした?」
「……腹」
ジニィは出しっぱなしの腹をシャツの下にしまった。
「ストリップでも始めるのかと」
「ばーか。誰得だよ」
「下着姿で一階に降りるから」
「へえ、すんませんね」
義弟の様子を見て、ジニィは首を傾げた。
「なんか忙しい?」
「そう見える?」
アルカンの表情が微妙に硬い。何より目が いつもと違う気がした。そもそも否定しないし。
「開店したばっかだからって無理すんなよ」
「……心外だ。ジニィだって」
ジニィは おやと片眉を上げた。
「俺は兵士だぞ。これが普通ってモンよ」
タフに笑う。何一つ変わらない日常だと うそぶく。そうだ。笑ってなきゃやってられない人生。悲観なんかしてる場合じゃない。
「もう平気なの?」
「ああ。えーと、心配かけて悪かったな」
今更ながら気まずい。朝は精神的に参ってた。変に気遣われるのもキツい。
「たま〜に落ち込むけど、兄貴は元気です」
目の前の食事に向き直ると、アルカンが真横に片手を突いた。
「行儀が悪いぞ」
義弟氏はなぜこう、いちいち義兄に圧をかけてくるのか。やっぱりソッチの人なのか。
「暇ならデートしようよ」
言葉のチョイスも、いちいち不適切である。
くっそ情報が増えると文字数




