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両親の離婚で別れた兄弟、波乱の再会を果たす  作者: 垣花 やお


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青年は回顧する

挿絵(By みてみん)

 アルカンは とある施設の“さる部署”に所属する技官である。それは綱紀粛正を主な任務とした団体の、秘された一部署だ。活動内容は公にされておらず、人の言上に挙がる事さえ稀な存在だ。それを知る人は、この部署を 揶揄して この様に称する。

幽霊騎士ファントム・ナイト


 ✦✦騎士の灰色時間✦✦


 ああ、退屈だ。

 このところ大きな仕事のないアルカンは、ウンザリと天井を仰いだ。

 手許にあるのは、『調査継続中』或いは『保留中』の、次のアクションを待つ案件ばかり。

(あの人は今、何をしてるのか)

 執務室の窓から、ぼんやりと王都の街並みを眺める。想うのは昨夜の夢に出てきた、懐かしい顔。なぜ今ごろ、十年以上前に別れた義兄を思い出すのか。ちょうど顔も忘れた頃合いだった。

(近々、何かあるのか)

 アルカンは勘が良い。他人に話せば、恐がられるか怒りだすか、とにかく気味が悪いと距離を取られる。とはいえ、彼自身は己の性質を毛ほども気にしてない。何せ生粋のリアリストである。“勘”などという曖昧極まりない才能など過信はしない。とはいえ、余りにも突拍子の無い夢は さすがに気になった。

(調べるか)

 暇を持て余したアルカンが気まぐれを発動した後、しばらくして上長からお呼びが掛かった。

 曰く、王都で死んだ男が、昔の汚職事件に関わりの深い人物だったそうで、“ある筋”から密輸入のタレコミもあって再捜査を決めたという。資料に目を通した時、アルカンは確信を得た。

(なるほど、これか)

 今回の派遣先ーーソーン市では 各地に活動拠点を作り、隊員を分散して運用する計画を立てた。準備期間のスキマ時間に、元兄の調査報告書を開く。元兄に対して、期待は皆無だった。

 ▶ジニィ・ブレシュ。□□□□□暦〇〇年生まれ。満二十二歳。

(なんだ。ぼくと歳が変わらないのか)

 幼少期は体格差があって、過去の印象よりも歳が近いのが意外だった。

 ▶ソーン市 衛兵隊所属 中区 隊長代行。

(衛兵隊とは また。……代行?)

 その後は、元兄の素行や能力、人柄などが続く。

(現在 恋人なし、配偶者なし、結婚/離婚歴なし、子ども無し。酒、ギャンブル、女性トラブル無し。品行方正というか、極めて健全な、まるで修道士……本当に人間か? しかし部下の経歴を見ると、それだけでもない……妙な面子ばかり揃っている)

 取ってつけたような善人像が、怪しさ満点である。とはいえ拠点を置く上で、地元に親しい者がいる事は信用度の高さに繋がる。

(ツマラナイ人間なのかも知れないな。優秀な悪党ほど正体を隠すのが上手いものだが……まさかね)

 我ながら他人ひとの事は言えない。

 現地に着くと間もなく、元兄攻略の為に観察を開始した。

 彼について、出発前に上長から詰まらない疑いをかけられた。

「仕事の内容を知っていたのか?」

 と。個人的な調査内容が漏れるのは想定内だ。昔 家族関係にあった者だと説明したら、不承不承 納得していた。こういう面倒が度々起こるので、勘だけで動く事は極力控えている。

(ふん。いっそ霊感とでも言ってやろうか)

 翌日から胡乱気げな目を向けられるだろう。その時は適当にあしらってやればよい。

 目的の人物に双眼鏡を向ける。久しぶりに見た元兄は、無愛想な男だった。


 店の下見をするついでに、衛兵隊の巡回経路を一通り見て回った。報告書通りなら、そろそろ元兄と鉢合わせする時間帯。ジニィ・ブレシュを発見。体毛濃ゆい大柄な男とバディを組んで、さりげなく周囲に注意を払っている。

(ふむ……)

 旅商人に扮したアルカンは、さりげなく元兄に近づいた。距離が縮まっていくにつれて、古い記憶の輪郭が明瞭になっていく。成人した元兄は、ヒゲを伸ばしているが童顔だ。面影がちゃんと残っている。忘却の彼方へ置き去りにした記憶が、徐々に蘇ってくる。

(……これは、本当に ぼくの記憶?)

 湧き上がる違和感と疑念。まるで穏やかな白昼夢。ふらり、軽い目眩を覚える。

(なんだこれ。きもちわるい……)

 何かが おかしい。胸が騒ぐ。

(ぼくがストレスを感じてる? 何に?)

 息を整え、動悸が収まるのをジッと待つ。もう一度。今度は慎重に観察を続ける。

(そうか。これは子どもの頃のトラウマだ)

 見ている内に分かった。昔のアルカンは他人の心の機微に敏感で、見つめていれば対象の心の声さえ聞こえた。苦痛しかない あの頃。生存本能から心を閉ざしていたアルカンは、彼を見ている時だけ穏やかに過ごせた。

「ジニィ……」

 彼の名が唇からまろび出る。

 隣の男に冗談を振られたのか、ジニィがフッと顔を綻ばせた。

(なんだ。ジニィも“そう”なのか)

 ジニィに向けて開かれたアルカンの心窓風景に、一陣の風が吹いた。ぱらり。鮮やかな一枚の花弁が舞う。

「ジニィ」

 記憶に残る、甘やかな香り。その余韻が消える前に、急ぎ拠点へ戻った。部下に店の準備を進めるよう命じ、部屋に籠もる。アルカンは人形のように微動だにせず、記憶の迷宮を少しずつ降っていった。また一ツ、転がっていた思い出を見つけて拾い上げる。

「アレはどこだ」

 両親が別れるにあたり、血の繋がらない兄弟は離れ離れになった。別れ際にジニィは、木彫りの人形をアルカンに渡した。

「これを おれだと思って持ってて。ずっと一緒だからね」

 と。不格好ながら丁寧にヤスリがけされ、ジニィの瞳と髪の色を乗せた笑顔の男の子。初めて見た時は、呪いの人形かと思ったのを覚えてる。

「実家」

 そうだ。記憶と同じように奥に詰めこみ、埃をかぶっている宝物。

 アルカンは何もない手のひらを強く握り締めた。記憶はなびらは一枚だけじゃない。全てを見つければ分かる。己の心を かき乱すノイズの正体が。

「鬼が出るか、蛇が出るか……」


 ✦✦騎士の不満✦✦

 

 さて。現在のアルカンは、少々不機嫌である。

(薄情な人だ。昔は あんなにべったりしてたクセに、スッカリぼくを忘れてるなんて)

 君子危うきに近寄らず。アルカンの機嫌の悪さを察し、部下らは気配を消して遠巻きに仕事をしていた。店が繁盛し接客に忙しいお陰で、目立った不自然もない。

(お互い大人になった、ということか)

 だが納得いかない。こんなのフェアじゃない。急ぐ気持ちはあったが、拙速に近づけば警戒される。だが胸のモヤモヤは晴れそうにない。

「フフン。ボスの“兄上”はチョロそうだよね」

「そういう言い方は良くありませんよ」

 商品完売により閉店作業をしていると、イルとデルの雑談が耳に入ってきた。イルの台詞が、残響となってアルカンの耳にこびりつく。

(たしかにジニィは天然。だからといってチョロいは……)


 ✦✦兄の懺悔✦✦


 ジニィが泣いている。何を そんなに謝る必要があるのか、アルカンには理解できない。他人の感情まで引き受けて嘆くなんて。

(だから ぼくは他人が大嫌いなんだよ)

 彼の後悔と自虐に抱くのは、憐憫と不満。そして怒り。

 剃ってから一日以上経つのに、未だにヒゲの目立たない頬を 指の腹で撫でる。赤く潤んだ眦。弱った子猫のような表情。アルカンの腹の底で熱が煮え滾る。この感情はどこに向かって走るのだろう。好奇心とドス黒い愛着に、心がくすぐられる。

「ジニィ……」

 伏し目がちの一重が震えている。発声をためらう薄い唇が、はく、とアルカンの吐いた息を吸った。言葉カタチにならない情動が、体を突き動かす。

「俺とカドマス本家の因縁はーー」

 ふと、我に返った。

(馬鹿な。何を焦っているんだ)

 自制もそこそこに、焼け付くような悔しさを持て余す。

(ぼくの気持ちも知らないで……)

 疲労と寝不足でマイナス思考に陥っているジニィに、引っ張られていたかも知れない。

 素っ気ない義弟に困惑する義兄を寝かすべく、背中に腕を回して強引に屋内へと押し込む。

「あ」

 売り場と住居スペースを仕切るドアの前で、イルとデルが隠れて立っていた。まぁアルカンは そいつらに気づいてたので構わない。問題はジニィだ。彼らの存在に気づくや否や、真っ赤に熟れたトマトと化す。その初々しい様子に、抑えた感情が再び首をもたげた。なんだこの。なんだこのっ……。

「ち、ちが!」

「いーんですよー仲良きことは美しきかなですしいー」

 イルの下手くそ敬語に煽られ、ジニィはパニックを起こした。潤んだ瞳が、助けを求めるようにアルカンを仰ぐ。これはこれで悪くない。むしろいい。

「兄弟 水入らずのところ悪いんですけど、そろそろ開店作業してもいいですか?」

 珍しいことだ。慇懃無礼なデルでも、ジニィには気を使うらしい。

「……っ」

 いけない。ジニィの息が止まっている。この二人と違って、ジニィのメンタルは陶器のように繊細なのだ。

(か弱いクセに強情なんだから)

 この義兄を己に依存させるには、まだ越えねばならないハードルが幾つもありそうだ。

揶揄→幽霊部員

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