義弟の誤算
雑貨屋の夜は長い。閉め切りのリビングで、メモを貼り付けたボードを前に長い会議が始まった。
「残念だ」
これまで収集した調査資料を、直近で得た情報の束が押しつぶす。
「領主と今の代官を要注意人物のリストから外すと?」
イルが感情のない表情でボスを見遣った。
「王都で死んだソーン市の元役人。彼の握っていた金貨が指し示しているものは、人というより“事件そのもの”のようですね」
デルが紙袋の中から金貨を取り出した。これは貨幣としてではなく、証拠品として遺されたもの。
事の発端は、王都の川で発見された男の水死体だった。何より重要なのは、男が前ソーン市代官の甥だと判明したことだ。
「二年前に暴ききれなかった、前代官とカドマス本家の癒着ですね! デルが説明していたの、私ちゃんと覚えています!」
メンバーの一員であるレビィは、“主に褒めて欲しいワンコの顔”でデルを見つめる。そんな彼女に対し、イルは資料をぶん投げて答えた。
「それはただの前提!
犯罪者の親族が分不相応な物を持って死んだ。だからボクたちが仕方なく 、田舎くんだりまで足を運んだんだろう!」
金貨など、前代官の失脚で巻き添えを食って身分を失った男が、到底 持てるものではない。
「二年だ」
我らがボス・アルカンの発言に総員傾聴。
「二年もの間、前代官の甥は姿をくらましていた。身を隠さねばならない理由があった。それは二年前に麻薬カルテルが下した殺人依頼が、今も有効だったからだ。しかし殺し屋は、彼から奪えたものは命以外に何も無かった」
麻薬カルテルが前代官の親族を狙う理由は何か。それは殺し屋も知らなかった。
「ゆえに今回のターゲットは、麻薬カルテルにする」
「途方もない話です。全容も規模も未だ掴めない組織なのに……」
「なに。半端な真似はしないさ。敵は分断して叩くのが基本。今が絶好のチャンスとも言える」
叩いたそばから落ちる埃は、山のように降り積もるだろう。その中にきっと、アルカンらの粛清対象になる者もいる。
「カドマス本家はデューガルドに譲るのですね?」
デルが そう問うと、アルカンは つまらなそうに鼻を鳴らした。彼にしては実に穏当な判断だ。
「でもでも。表に出せる潔白の証拠、見つかるでしょうか?」
イルは小悪魔な上目遣いで、煽るようにボスを見上げた。内心うんざりするデルはもちろん、一片も表情に出しはしない。
(身内から犯罪者が出たとなれば、早めの対応が吉。誰かがリークしない限り、中央に漏れる事はない……のだがな)
敵が多い特殊部隊ゆえに、能吏から要らぬ恨みを買うのは避けたいところだ。
「さあな。
麻薬カルテルを挟んで、国境警備隊の内部告発と、犯罪者とつるむカドマス家。揺さぶりをかけるのならココ、犯罪者の巣窟しかない」
会議の場がシンと静まる。もうすぐ騒乱が始まるーーいや、彼が起こすのだと思った。
「ボス。あと二時間もすればジニィさんが帰ってきます」
「ん。デルは食事の支度を。イルは地下室の施錠を確認して、仕事の痕跡を消せ」
「「ハッ」」
「私はジニィさんをお出迎えしましょう!」
食い気味に自己推薦するレビィに、ボスは無情な一言を放った。
「拠点に帰れ」
「キューン」
✦✦✦
その後。夜が更ける前にジニィはバスカルを迎えに行き、三人で無事に屯所へ戻ることができた。その夜は何事も起こらないのを祈って過ごし、無事に朝を迎える。
「良かった……何も起こんなくて」
戦々恐々と夜を明かしたトサカ後輩は、ガッツリ疲弊していた。
「まぁとにかく、眠いぜ……俺ぁ、ほとんど寝れなかったんだ」
「自業自得だろ、大馬鹿野郎!」
太陽が空の主として返り咲く頃には、街は淡々と通常運転を行なっていた。遠慮のない日差しは目を突き刺すし、鶏は元気に地面を突々いている。あくせく行き交う人々、騒々しい荷車の走行音。
「パパ。ゆうべは野犬が吠えてたね」
「ああ。夜はしばらく外に出ない方がいいな」
荷運びの親子が、屯所の外に出てきたジニィに目を留めた。
「隊長さん! ゆうべ野犬が吠えててさーー」
(野犬……そういえば、屯所に戻る時に遠吠えが聞こえたな)
ジニィは脳内メモに“野犬注意”と書き込み、彼らを安心させるよう見回りの約束をした。
「あ゙〜、疲れた」
ここ数日、とにかく忙しかった。一日挟んで明後日から日勤。何があったとしても、今日は寝る。帰りがけに飯を食べていき、帰路につく。
(バスカルは屯所に寝泊まりすればいいが、俺は……)
ジニィは歩いてきた道を振り返った。普段と何一つ変わらぬ街。自分を『隊長』と呼んで親しんでくれた、守るべき友人たち。そして消失したアパート。皆に何か言いたくとも、言葉にならない。俯いて、踵を返した。
「兄さん!」
雑貨屋の前で、アルカンが こちらに向けて手を振っている。
「おはよう。おつかれさま」
「……ん」
ジニィの足は自然と、アルカンに吸い寄せられていった。
「ジニィ?」
義弟の目の前で立ち止まる。何も言わずに立ちすくむジニィの肩に、優しい手が触れた。
「アルカン」
「どうしたの、ジニィ。顔を見せて?」
「……ごめん」
「中に入ろうか」
背中に回された手が、店の中へジニィを誘う。棚に並ぶ商品の間をすり抜け、カウンターに差し掛かって、ようやく人目が途切れた。ジニィは振り返り、アルカンを見上げる。
「ジニィ?」
そして、思い切り抱きしめた。身長差で つま先立ちになりながら、手触りの良い髪に指を差し込み、頭を引き寄せる。
「ごめんな」
「なにか叱られるような事を?」
アルカンは苦笑しながらジニィの肩に手を添え、密着した体を僅かにずらした。さあ白状しろと促す伏し目がちの紫。瞬きで音がしそうなほど長い睫毛。今にも触れそうな鼻先。
「ジニィ……」
吐息が唇に触れる。
「俺とカドマス本家の因縁は、先代隊長の頃から始まっていた……」
アルカンの動きがピタリと止まった。
「先代隊長はな、俺を弟みたいに思って、親切にしてくれたんだ。俺も先代を兄貴みたいに思って、とても慕ってた」
今のアルカンを表すのなら、虚を突かれた猫である。また怪我を負ったのがバレてしまったなと、ジニィは つまらない事が気になった。
「彼はカドマス本家の専横を嫌って、事あるごとに反抗的な態度を取っていた。俺はずっとヒヤヒヤしてたよ。いや、期待もしてた。強く訴え続ければ、悪事を暴きさえすれば、カドマス本家は静かになるんじゃないか、なんてな」
小さな吐息が額にかかり、ジニィは面を上げた。なぜか義弟氏は、ひどく落胆したような顔で義兄を見下ろしている。
「それで?」
投げやりか。ダルいのか。
「それ、先代隊長が好きだったって話?」
「どうしてそうなる!?」
強く腰を引き寄せられ、ジニィの胸の鼓動が跳ねた。この距離感よ……。
「先代は体を壊して引退した。カドマス本家の差し金でな」
とりあえず雰囲気を変えようと、会話の軌道修正を図る。
「ああ。ならず者を使った嫌がらせーー脅迫か」
その時 一瞬、アルカンの瞳に宿った危うい光に、腹がスッと冷えた。気圧されている場合じゃない。唾を飲んで気を込める。
「そうだ……俺も先代の二の舞になる。だから、俺はこの街を離れるよ」
「……」
さっきの謝罪も、全て ここへ収束する。
「せっかく再会できたのに、兄貴らしいこと全然してやれなくて、ゴメンな」
頭から頬への美しいラインに指を滑らす。昔そうしたように、愛を込めて。
アルカンの不貞腐れはどこかへ消えて、血色の薄い肌がフワリと上気した。
「ジニィは この街が好き?」
「ん? うん」
「ここに残りたい?」
「そりゃあ、できるなら。結婚もしたいし」
「……へぇ。結婚したいの」
また変な拗ね方をする。義兄は義弟氏の地雷が心底わからん。
「子どもを育てるなら、金を稼げるうちがいい」
「金は ぼくが稼ぐ。養子を取ろう。ジニィは ぼくの家に骨を埋めるといい」
義弟氏は重大な誤解をしている。義兄として、ジニィには それを正す義務があった。
「なんだそれ。兄弟じゃ ただの同居だよ!」
いつか こんなブラコンも普通の男に戻る。ジニィは そう固く信じている。




