16:文化祭 -前編-
そうして迎えた文化祭当日。俺は何をするにも落ち着かずにイベント開始の合図を待っていた。
「橙ーっ、よく似合ってるぞー!」
「うっせーどっか行け野次馬どもが!」
穿き慣れないスカートのせいで、股の辺りが心許なくて仕方ない。男女逆転喫茶というコンセプトで俺が着ることになったのは、いわゆる王道のメイド服というやつだ。金髪メイドはちぐはぐな印象を与えている。
女装ならば服装は何でも良いというコンセプトのもと、セーラー服やナース服など様々な衣装が選択可能となっていた。だからこそ教室内は今やカオスな状態となっている。さすがに女子のサイズは入らない奴も多かったので、文化祭用に裁縫部が準備してくれたという特別製だ。
(執事とか白衣とか、女子はいい感じにカッコよくなっていいよな……俺もミニ丈限定とか言われないだけマシだったけどよ)
くるぶし近くまであるロングスカートの裾を軽く持ち上げ、生まれて初めて着用するストッキングを履いた己の脚を見下ろす。ちなみに一足は力を入れすぎて破れたのでこれは二足目だ。
「……橙、無理そうだったらいつでも言いなよ?」
キッチン担当のスペースからひょっこり顔を出してきた千蔵が、心配そうな顔をしてこちらにやってくる。キッチン担当は制服にエプロンを身に着けただけの格好だが、それでも様になるのだから逆に何を着せたらダサくなるのだろうかと思う。
普段はハーフアップの髪も、今日は一つ結びにしているからか少しだけ雰囲気が違って見える。案の定女子が騒いでいるようだが、本人は相変わらず気にも留めていない様子だ。
「俺の担当はそんなに長い時間じゃねーし、問題ない」
「わかってる。だけど、橙が呼んでくれたらいつでも助けに行くから」
そう言って、千蔵は俺に右の手のひらを向ける。そのまま曲げた親指を、残りの四本指で握り込んだ。
「これは手話じゃないんだけど、助けてって意味のハンドサイン。覚えておいて」
「……過保護だって」
(……なんで、突き放すようなことしてんのに)
俺の不安を察知して、困った時にいつでも傍にいてくれる千蔵。このままではダメだから自分から離れようとしたくせに、気にかけてくれていることが嬉しくてたまらない。
「それじゃあ男女逆転喫茶、開店しまーす!」
「っと、行かねーと。じゃあな」
「うん、また後でね」
委員長の声掛けで持ち場に戻った俺は、男女逆転喫茶と書かれた大きな看板を手に廊下に出る。教室内での接客より廊下での客引きの方が目を引く、という事実に気づいた時には後の祭りで、頭が回らなくなっていた己を何度でも恨みたい。
「だ、男女逆転喫茶よろしくおねしゃーす」
まずはどこに入ろうかと悩んでいる様子の客に声掛けをすると、驚くほど綺麗な二度見をされてしまう。
「えっ、男女逆転喫茶だって! 入る?」
「おもしろそー、入ろうよ!」
「メイドさんかわい~」
三人組の女性が興味を示して入店したのを合図に、同様に気になっていたらしい人々もじわじわと流れ込んでくる。一度流れができれば賑わってくるのに時間はかからず、30分もすれば教室の中は満席状態で廊下には待ちの列ができ始める。
入り口に案内すれば後は中の接客担当が引き継いでくれるので、俺はひたすら笑顔を作りながら呼び込みに専念した。
「男女逆転喫茶でーす、入店最後尾はこちらでーす」
「……真宙?」
呼び込みも多少板についてきたかと思った頃、名前を呼ばれて振り返ると、千蔵の妹の紫乃が怪訝そうな顔で俺を見ていた。
「妹……じゃなくて、紫乃か。お疲れ?」
「お疲れ……女装喫茶なんてやってたんだ」
「男女逆転喫茶な?」
紫乃からしてみればどちらでも大差ないのだろうが、俺は手にしている看板を指差して正しい名称に訂正する。
「ちく……兄貴から聞いてねえの?」
「何してるかは当日見ればわかるし。それに……最近はちょっと、上の空だったから」
「上の空……千蔵が?」
千蔵にしては珍しいこともあるものだと思うが、一緒にいなかった俺に最近の様子がわからないのは当然だ。
「なんか、悩み事とかか……?」
「さあね、あたしにはわかんないけど。直接聞いてみたら?」
「えっ……いや……」
「じゃあ、あたしは別のトコ回るから。紫稀にもよろしく」
退散していく紫乃から答えを得ることもできず、俺の中にはもやもやとした感情だけが残る。きっと家族だからこそ話せない悩みもあるだろうし、そんな時に友人としてそばにいられれば力になれることもあるのかもしれない。それが今の状態では叶わないことも理解している。
(千蔵本人にそう言われたわけじゃねーのに、急に距離置いたりして。やり方間違えたよな……)
結局俺はあの日からずっと人目を気にしたまま、大切なものを二の次にしてしまっている。同じ過ちを繰り返したくないと思いながら、自分が傷つくのが怖いだけなんだ。
(……アイツに、ちゃんと謝んねーと)
そう決意はしたものの、己に与えられた仕事を投げ出すような人間が千蔵の隣に立つ資格はないとも思う。その一心で呼び込みを続けた俺は、交代までの時間を全力でやり遂げたのだった。
「やっ……と交代だ……!」
「橙ちゃーん、お疲れ。後半もメイドしてくれてもいいんだぜー?」
「誰がするか! さっさと代われっての!」
ヘラヘラとしたクラスメイトに看板を押し付け、自分の仕事からようやく解放される。さほど人目を意識せずに済んだとはいえ、さすがに気疲れしたことに変わりない。早く着替えて千蔵のところに向かわなければ。
「あれ、もしかして真宙?」
「……っ」
不意に俺の名を呼ぶ人物を認識した途端、全身が凍り付いたように動かなくなる。
「……日高……」
中学時代の俺の想い人。俺にトラウマを植え付けた相手が、そこに立っていた。




