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15:消えない過去


(あっという間に夏休みが終わっちまった……)


 千蔵との登下校を止めてから一学期が終わり、夏休みに突入するのはあっという間だった。一度嘘をついてしまった手前、家の用事などというものがいつになれば終わるのか俺にもわからず、結果として千蔵に声を掛けるタイミングを失ってしまったのだ。


(結局……千蔵には一回も連絡できなかったな)


 どのツラを下げて、と思ってしまったのだ。千蔵からも連絡は無かったから、なおさら俺からどんな風に連絡したらいいかもわからなくなっていた。そうして迎えた二学期はやけに空虚で、未だ纏わりつく罪悪感もどうすれば消えてくれるのかわからない。


(かぶち)さぁ、最近王子と一緒じゃないよな」

「え? ……ああ、そうだな」


 教室の自分の席でぼんやりとしていた俺を見て、やけに心配そうな顔をしてそんなことを尋ねてくる塚本に曖昧に頷く。


「なんだよ、もしかして喧嘩でもした?」

「別にしてねーけど……」


 新学期の始まり、ホームに滑り込んできた電車の中に千蔵の姿は無かった。俺が拒絶したのだから当然だとはいえ、車内にアイツの姿を探してしまう自分が滑稽だった。


 教室で顔を合わせた千蔵は、いつも通りに挨拶をしてくれた。俺も挨拶は返せたと思う。けれどそれだけで、その日も帰りは別々に電車に乗ったし、翌日も千蔵のいない電車に揺られて学校に来た。


(思えば……一学期はアイツと一緒にいる時間の方が多かったんだな)


 入学当初は一緒じゃない方が普通だったのに、俺の中の当たり前はいつの間にか変わってしまっていた。いつまでもそんな風に過ごせるはずないのに、安心できる俺だけの猫ちぐらを、無意識にでも手放したくなかったのだろう。


 中学時代。俺が恋心を抱いた相手は、どうしてだか同性の友人だった。可愛い女の子は好きだし、これまで男相手に特別な興味を抱いたこともなかったのに。


 ただ、ずっと後ろめたさを抱えながら友人関係を続けていた。この気持ちがバレないようにと気遣って、友達のままでいようと思ったんだ。だというのに、俺の気持ちを知られたのはふとしたことがきっかけだった。


『橙、おまえゲイだったのかよ! キモすぎ! 俺のことずっと狙ってたわけ!?』


 違う、そうじゃない、そんなつもりじゃなかった。必死に弁明しようとする俺の声なんて届くはずもなくて、揺れる電車の中で友人から、周囲から、様々な感情を乗せて向けられる視線に耐えられなかった。


 逃げ場のない車内で隣の車両に駆け込んでも、どこまでも視線が追いかけてくるような感覚。誰かを好きになるのはこんなにも罪深いことなのか。


 植え付けられたトラウマはすぐには払拭できず、絶望の中で地元から離れた学校を受験した俺は、せめて高校では別人になろうと思った。結局は意味のない行いだったのかもしれないが。


(千蔵は優しいから、あんな拒絶の仕方はしないかもしれない。けど……俺の身勝手で、千蔵を困らせるとこだった)


 優しい時間に満たされながら間違いを繰り返そうとしていた愚かな自分に、担任は現実を突きつけてくれたのだ。


「……では、以上で役割分担は終了します!」


 ぐるぐると考え込んでいた俺は、教室内に響いたひと際大きな声に意識を呼び戻される。そういえば文化祭についての話し合いをしていたんだった。今やるべきことを思い出して、顔を上げた俺は黒板に書かれた名前に固まる。


「え……?」


 先ほどまでは確か、お化け屋敷や出店のような候補がいくつか挙げられていたと記憶している。しかし黒板に大きく書かれているのは、「男女逆転喫茶」の文字。そしてフロアを担当する者の中に、間違いなく俺の名前が書かれているのだ。


「ちょ、待てよ、男女逆転のフロアって……!?」

「橙くん聞いてなかったの? さっき挙手して意見しなかったんだから、もう拒否権はありませーん」

「橙の女装姿、楽しみにしてるぜー」

「ッ……!!?」


 こんな時にぼんやりと考え事をしている場合ではなかった。そう思っても時すでに遅し、クラスは次の話し合いのターンに入ってしまっている。


(女装って……マジか……っ)


 よりにもよって大勢の目を向けられることになるであろう、女装してのフロア担当を割り振られているだなんて。ノリノリで立候補した者も多いようだが、女装をしたくない男子陣はキッチン担当に回っている。俺だって本来はそちらに挙手すべきだったのだ。


「橙……大丈夫?」

「っ、千蔵……」


 賑やかな教室内で敢えて声を潜めて近づいてきた千蔵に、ドキリとしつつも平静を装ってそちらに向き直る。


「しんどかったら、オレが代わろうか?」


 俺が単純に女装を嫌がっているのではなく、それによって視線を集めることを危惧しているということに、千蔵は気がついている。面白くなりそうだと茶化してくるクラスメイトたちは、俺の事情など知るはずもないのだから仕方がないのだが。


「オレは女装しても構わないよ、キッチン担当だから入れ替わっても人数は問題無いし」

「サンキュ……けど、いい。自分でやる」

「……平気なの?」

「一回決めたことだし、ぼーっとしてた俺が悪いし」


 そう思っているのも事実ではあるのだが、実際には千蔵に迷惑をかけたくないという方が理由としては大きい。ちゃんとした説明も無しに距離を置いたというのに、千蔵は相変わらず俺のことを気遣ってくれている。


(嬉しいとか思うな、バカ……)


 ずっと守られてはいられない。いい加減に独り立ちをしろと自分に言い聞かせて、俺は文化祭に臨むことを決めた。


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