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12:体育祭 -後編-


「俺便所寄ってから行くわ」

「りょーかい、じゃあオレ先に行ってるね」


 昼休憩の時間が終わって午後の種目が始まる前、俺は千蔵と別れて男子トイレへと向かう。その途中、女子が三人固まって何かを話しているのが視界に入る。そのうちの一人が妙に深刻そうな顔をしていて自然と耳が話題を拾ってしまった。


「あたし、千蔵くんに告白する」

「ッ……」


 聞こえてきた名前に思わず足を止めそうになるが、立ち聞きをしていると思われたくなくてトイレへ向かう足取りはそのままに、けれど歩調は意図せず少し緩まってしまう。


「借り物競争だよね?」

「そう。お題に必ず『好きな人』が入ってるから、それ引いて告白するの」

「引けなかったらどーすんの?」

「その時は……今じゃないんだって思うことにする」

「運任せじゃ~ん!」

(……この間のラブレターといい、千蔵ってやっぱモテるよな)


 今さらのようにそんなことを実感しつつ、それ以上話を聞いていることもできない俺は今度こそトイレを済ませて校庭に向かう。想像してみれば確かに盛り上がるお題ではあるのだろうし、告白をしたい人間にとっては決心する絶好の機会なのかもしれない。


(つっても公衆の面前とか俺なら無理。先に振られる想像しちまいそうだし……女子って勇気あるよな)


 別に俺には関係の無いことだというのに、そこから午後の種目に参加した俺の気持ちは妙に落ち着かないまま後半戦に挑み、やがて(くだん)の借り物競争の時間になる。


 俺は出場しないので完全に傍観するだけだが、あんな話を聞いてしまった以上はどうしてもあの女子の動向が気になってしまった。


(あ……千蔵も一緒の走者なのか)


 スタートラインに並ぶ選手の中には千蔵の姿がある。その隣に例の女子が並んでいるのだが、千蔵を見る瞳は誰が見ても恋をしているのが丸わかりだ。


(あれ、告白するまでもなくバレバレじゃねーか)


 視線を受ける千蔵自身は気づいているのかわからないが、目ざとい男のことだからわからないはずもないだろう。むしろそんな好意は向けられ慣れているからこそ、いつものことと気にかけていない可能性だってあるかもしれないが。


――――パンッ


 スターターピストルの合図が鳴り響く。一斉に駆け出した走者たちは数メートル先にあるお題の札を目指し、到着した者から各々が好きな札を手に取っていく。裏返しになったそれを捲ってお題を確認した人間から、会場内に視線を巡らせてお題に合うものを探し始める。


 脚力には自信があったのか、お題をいち早く手に取ったあの女子が頬を紅潮させているのがわかった。次に視線が向いたのは、自分のお題を確認している最中の千蔵の方だ。


(あれ、もしかしてマジであのお題引いた?)


 そうだとしか思えない動きで、彼女は千蔵に声を掛けようと腕を伸ばしているのが見える。その腕が千蔵に触れそうになった直後、自分の札を確認した千蔵が素早く(きびす)を返したために、彼女は標的を取り逃がしてしまった。その様子になぜだか安堵してしまった俺は慌てて頭を横に振り、両手で自分の顔を覆う。


(安心するって性格悪すぎんだろ……! ラブレターの時といい、俺なんかおかしいぞ……!?)


 自分自身のことだというのに感情が理解できない。そんなにも誰かに今のポジションを奪われるのが不満だというのか、まるでお気に入りのおもちゃに執着する子どもじゃないか。


 ぐるぐると考え込んでいた時、俺の周囲で突如として黄色い悲鳴が上がり始める。何事かと思って顔を上げた先には、こちらに駆け寄ってくる千蔵の姿があった。


「橙、来て!」

「えっ、うわ……ッ!?」


 千蔵はシートに座っていた俺の腕を引っ張って立ち上がらせたかと思うと、有無を言わさずに走り出していく。わけもわからず俺はその後について走るしかなく、隣には同様にお題をゲットしたらしい男子生徒が走っているのが見える。


 お題はわからないが先にゴールをした方が一着なのだということだけは理解できた俺は、負けじと速度を上げて千蔵と共にゴールテープを切った。


「お題お願いします」


 ゴールでお題の確認を担当しているらしい女子生徒が、千蔵に札の提出を促す。それを差し出した千蔵は繋いだままの俺の腕を持ち上げて、これが自分のお題なのだとアピールをした。


「オレの好きな人です」

「……は……?」


 はっきりとそう告げられたのだが思考が追い付かず、それは周囲も同じだったようで、隣の走者も確認を担当する女子生徒も目を丸くしている。千蔵の札には見間違いようもなくはっきりと、『好きな人』という文字が書かれていた。


「……あっ、えーと、好きって別に恋愛限定のお題じゃないですもんね!」

「えっ……ああ!」


 判定担当の女子生徒の一声で、俺はようやく好意にも種類があるのだということを思い出す。判定は成功とされたので千蔵は一着でゴールとなり、遅れてやってきたあの女子が不服そうな顔でこちらを見ているのが視界に入る。彼女の手にしている札には『かっこいい人』と書かれていて、確かに顔のいい別の男子生徒を引き連れてきていた。


(確かにあのお題なら、千蔵連れてける絶好のチャンスだったよな)


 意図せず駆り出された俺は、役割を果たして用済みとなったために元いたシートの方へと戻っていく。道中では女子たちの話し声が聞こえてきて、どうやら千蔵のお題についての話をしているらしかった。


「私も千蔵くんに連れ出されたかった~」

「羨ましいよね、手も繋げるおまけ付きだったし」

「でもさ、女子じゃなくて良かったよね。自分以外の女子連れた姿なんて見たらあたし発狂しちゃう……!」

「それそれ、男で良かった~!」


 もしもあそこで千蔵が連れ出した相手が女子生徒だったら、おそらく多くの千蔵ファンから反感を買っていたことだろう。好意の種類が様々だというのなら、連れ出された相手はなにも俺ではない別の男子だった可能性もあるのだが。


(良かった、って思ってんのか……俺も)


 お題を見た千蔵は、真っ先に俺を目掛けて走り出してきたようだった。いや、直前まで顔を隠していた俺にはそう見えただけの話で、実際にはもっと違った動きをしていたのかもしれないが。


 好きな人なんて嘘か本当かを確認する術はないのだから、勝負に勝とうというのならもっと手近にいた人間を引き連れたって良かったはずなのに。千蔵にとって一番近いのは俺だと言われたような気がして、感じてしまう歪んだ優越感に俺は顔が熱を帯びるのを感じていた。







「はーっ、あっという間の一日だったな」


 帰宅するための電車の中。打ち上げと称して寄り道をする生徒も多いためか、いつもより人の少ない車内で俺は座席にゆったりと背を預ける。惜しくも総合優勝は逃してしまったものの、どの競技も心残りは無いといえるくらいには楽しむことができたと思っている。全力で挑んだこともあって、体力的にはとっくに限界を迎えているのだが。


「ふふ、橙すっごい眠そう」

「あー、眠い。首が座らねえ」


 油断するとかくんかくんと舟を漕いでしまう自覚はあるので、どうにか意識を保とうとするのだが、丸一日をフルパワーで動き回ってすっかり気が抜けてしまったのだろう。電車の揺れがあまりにも心地良すぎて、いっそ座ったことが失敗だったのかもしれないとさえ思う。


「寝てもいいよ、着いたら起こすから」

「ん~……」


 俺は必死に抗おうとしているというのに、あろうことか千蔵が俺の頭を引き寄せて丁度いい位置に肩枕をあてがうものだから、とうとう眠気に勝てなくなって瞼が閉じてしまう。


(そうやっておまえが俺を甘やかしたりするから、いつの間にか変な独占欲がついてきちまってるってのに)


「……ありがとな、ちくら……」


 眠る体制が整ってしまったのだから、俺が誘惑に負けるのはもはや必然だった。少し前まで必須の安定剤だった首元のヘッドホンの感触は、思い出そうとしても曖昧な輪郭のまま形にならずにぼやけていく。


 こんな風に電車の中で気を抜くことがあるなんて、千蔵がいなければきっとあり得ないことだっただろう。ここはそれほどまでに呼吸がしやすい場所なのだ。



「……無防備すぎ。伝わってないよなあ」



 だから耳に届いた千蔵の呟きの意味も、髪に触れる掌の優しさの理由も、微睡みの中ではひとつも理解ができないままだった。


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