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その奇譚(きたん)、叶えるのは難あり  作者: あみの よもやま
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もろびとこぞりて 六

 気づいたら、もうあれから一週間ほど経っていた。


 歳月人を待たずとはよく申したもの。時間はほんとに俺の都合に関係なく過ぎて行きやがる。

 慶将(ちかまさ)くん(いわ)く、俺たちの脳内には、時間を刻むメトロノームのような仕組みがあるらしく、疲労がたまると、脳のエネルギー (ブドウ糖など)が枯渇し、このメトロノームのテンポが不安定になるらしい。その結果、脳のクロックスピードが落ち、外界の出来事を拾い上げる間隔がまばらになって、時間の経過を正確に知ることができなくなるというのである。

 思えば、確かに自覚はあった。

 三学期は中間テストがないので、それを補うための小テストがやたらと多く、このところ(とみ)に疲労を感じていたのだから。


 その上、さらに希人としての厄介な責務もきっちり果たさねばならないのだから、もう勘弁してほしいわ。


 それで土曜日の早朝、出立前は、あれもいる、これもいるといった気の揉みようで、陽葵(ひまり)ちゃんから借りたピンクの手提げ鞄の中に、道中、目を通しておくべきアニメのパンフレットなどを詰め込むと、この俺と従者(ズサ)のふたりを乗せた公安さんのバンは出発した。

 先月解散したばかりの衆議院議員選挙も(たけなわ)となり、その選挙カーが行き交う国道を、俺たちを乗せた公安さんの車が一般車両に紛れて走ってゆくのである。


 今回、俺たちの行く先はやや遠く、千葉県のとある民間倉庫であった。

 そして運転手は木村氏―――俺がいつもこの中年男性を「氏」と敬うのは妹を助けてくれた恩があるからで、ちなみに先生は「女史」、ミカンコは「お嬢様」、他は「さん」付けか呼び捨てと決めていた。

 運転席の後ろに、まずは俺、そして隣の席に、お昼を奢ってくれるのなら(たま)には付き合ってもいいよとの申し出で、飛鳥(あすか)が座っている。

 久場といえば、そのでかい図体を構えてひとり、もう最後部で鎌倉の大仏のように鎮座していた。公安さんにいつものセダンではなくバンにしてもらったのも、この大男の図体を考慮してのことである。



 さて、今回わざわざ俺たちが東京湾を挟んで隣県にまで赴くのも、倉庫でバラバラに解体された状態で保管されている、とあるロボットアニメの宣伝用筐体に用があったからだ。


「ほら、領域の中だったらそれを自在に操れるし、もし外に洩れたとしても、そうしたロボットなら、誰が見たって宣伝プロモーションの一環にしか見えないからね」

「おまえも、いろいろ考えてくれてんだな」

「模型同好会に入ってから、秋葉部長がよくそういう情報を教えてくれるんだよ」

 久場は楽しそうに話している。

 昨年のアスファルト巨人も(しか)り、そこからまたさらにバフの乗った現在のこいつならば、巨大なスケールのフィギュアも容易く動かすことができるという。


 こうした用心も、あの神話級の魔人とやらが上陸してきた場合に備えてのことだった。

 久場の操る巨大フィギュアのすることは、地上にできるだけ被害の及ばないよう、その魔人を海へ突き落とすなり、時間を稼いで自衛隊に任せるなり―――とはいえ、頼みの自衛隊も法令上の問題をきっちり済ませておかないと、(おか)では発砲することすらままならないようだ。

 それでも、その後の責任の一切を国に丸投げできると考えれば、俺たちもいくらかは気が安らぐというものである。


「ま、こちらとしたら、あのトンデモ魔人なんぞは海の中にいるうちに、豪勢な兵装をお持ちになられる米軍さんに仕留めてもらうのが一番なんだけどな」


 あの房総沖の騒ぎのあと、目に見えない海の脅威をデータで可視化するため、市ヶ谷もその解析に一役買うことになった。

 米軍の駆逐艦やソノブイによって、生物学的にはありえない巨大な音波 (バイオシグネチャー)などはすでに解析されており、推定ではその魔人、全長五十メートル、重さ九百トン弱で、ちょっとした潜水艦並みでもあるという。

 米軍さんは無人潜水艇を送り込み、ノイズ混じりの映像で体の一部を捉えることにも成功していたようだ。


「最初見たとき、彼らも驚いたそうだよ。その巨体はメーカーのロゴもそのままに、まるで甲虫の殻のように重機でまんべんなく覆われていたというから」

 と、これは昨日の慶将(ちかまさ)くん。


 近海にまで来る途中、かつて沿岸部で稼働していた、数多くの重機や車両を海の底で拾っては、その体にくっつけていたらしい。そういえば、東北地方の沿岸部では、あの大地震でかなりの機材が海の底へ持っていかれたと聞いている。

 その津波の凄まじさを物語るものとして、仙台港や小名浜港などでは、岸壁に設置されていた大型のガントリークレーンが倒壊したり、基礎ごと海へ引きずり込まれたなんて話もあるほどだ。

「各重機のメーカーさんも、自分の会社のロゴが入った体で大暴れでもされた日には、たまったモンじゃねーだろうな」

「でも、僕としては残念だ。それほどの大怪獣なんだから、あらかじめ海底の光ケーブルを噛みちぎっておいたり、地元の漁師に伝わる伝承や、古い地図に描かれた絵なんかを作成しておいたら、晴れてC級を卒業できたと思うんだけどね」

「テメーはいったいなんの話をしてやがる?」


 そんでまあ今回の話に繋がるわけで、大怪獣から世界の平和を守るためのロボットの筐体は、とあるアニメのプロデュース会社が所有しており、実写プロジェクト終了後も、その会社が版権管理と(あわ)せて機体の維持管理を行っていた。

 筐体の全高は約十メートル、重量も四、五トンはあるため、常設展示できる施設は限られており、企画の終わった現在はこうして屋外倉庫群の一角に保管されている。


 車をその敷地内に入れると、建物にいる管理組合の人が注視してきた。木村氏が窓を下げてちょいと挨拶をしたら、むこうも笑って会釈を返してくる。

 それで駐車スペースに車をつけると、やっとの思いで俺たちは地に降り立つのだ。

 俺も長いこと席に座ってじっとしていたので、おぼつかない足取りで転びそうになっていたら、飛鳥が笑った。しかし笑った後はそのことなんぞ忘れて、久場と一緒に半開きになったシャッターの暗がりへ、腕を広げて楽しそうに駆け出してゆく。


 木村氏は降りると、やっぱり公安の人らしく乗ってきた車の周囲をぐるりと確認していた。そうしているうちに、もう久場と飛鳥の姿は見えなくなった。

 俺だけは木村氏を待って、その背広の後ろについてゆく。薄暗い倉庫の中にある配電盤の小屋のスイッチを入れたら、ジィンと音を立ててぽつぽつ天井の照明が灯りだした。

 倉庫の中が明るくはっきりしてくると、この小屋のすぐ手前に、ロボの頭部がデンと置いてあることに気がつく。そこから倉庫の奥の方まで、はるばる筐体の手足が伸びていた。

「うはっ、パねぇ、こんなにでっけぇのかよっ」

 俺が叫んだら、筐体の腰のあたりから飛鳥が顔をのぞかせ笑ってくる。久場はその全体像を確かめるために、今は遠く足のあたりを巡っているようだ。


「ボクも、一般的な大型路線バスくらいって聞かされていたから、実物を初めて見て、びっくりしたよ」

 楽しそうな飛鳥の声が、四方八方から反射してきた。

 その飛鳥を見て、木村氏は笑った。

「キミたちのイメージが湧くように、実物に近いカタチに部品を並べて置いてもらったけれど、どうかな?」

「わざわざすみません、ホントに」

 俺が頭を下げていると、倉庫の奥からも大男の感謝の声がほそぼそ聞こえてきた。


 このロボット、アニメの作中では現実的な技術の延長線上にある工業製品として扱われていた。一般建設現場でも多足歩行型ロボが使われるようになった近い未来に、それを使って法を犯す犯罪者を取り締まるために開発された、警察用のロボットという設定らしいのだ。


「業者さんによれば、野外イベントでのデッキアップを繰り返したことで、だいぶ傷んでいるらしくてね」

「かまいませんよ。強度の足りないところは、僕がなんとかしますから」

 久場にしては妙に明るく、軽快な声。そのときにはもう、大男はロボットの腰と大腿部のすき間に立っていた。その隣には、狭い梯子段が掛けられている。

「なんとか?」

 目をぱちくりさせる木村氏をよそに、従者(ズサ)のふたりは話を続けた。

「へえ、もう動かせるの? 久場くん」

「秋葉部長から借りた3Dモデリングソフトで、細かなパーツはもうぜんぶ頭に入れてあるよ。これだけの重量だと、過負荷のかかるパーツは全部入れ替えておかないと、普通に動かしただけで簡単に潰れてしまうだろうしね」


 久場はロボットの上に登ると、逆光になって(すす)けた墨のようにみえる身体をこちらへ振り向け、頭をかきながら遠慮がちに申してくる。

「あのう、ちょっと危ないので、みなさん外で待っていてもらえますか?」

 そして、下から仰ぎ見てくる飛鳥にもご注意をした。

 その飛鳥は上を見たまま二、三歩離れると、(きびす)を返してこちらに戻ってくる。

 木村氏の方は何かを尋ねようとして、にわかにその言葉が作れないでいた。

 飛鳥はすばしっこい動作でその木村氏の背中にまわると、大きな樽を押すようにしてベルトからはみ出たお腹を外にまで連れ出してゆく。俺もそそくさついていった。


 俺たちが外へ出ると、建物の方から管理組合の責任者の人と一緒に、背広を着た細身の男性もやって来る。

「おはようございます、お役人の(かた)もたいへんですね」

「いや、その節はどうも…」

 そうして頭を下げる木村氏から、この人はプロデュース会社の担当者だと紹介された。

 その担当者は、俺たちにも四角張った挨拶をしながら、そのあとで、

「いやもう、こちらとしても番組が終わってしまいますと、どうにも維持費が(かさ)むばかりで。それでどこか借り受け先を探していたところ、これまた奇遇と申しましょうか、手を挙げていただいたのが警察の方なんですから、私たちも驚きましたよ―――」

 と、機嫌はすこぶるいい。


 警察が民間から物を借り受ける場合、それが公務に必要であることを証明して、予算を確保する必要があった。今回は木村氏が中心となって必要な書類を作成し、急ぎ会計責任者の決裁を仰いだのである。

 その契約方法も、特殊な機材のためその業者しか扱っていないので、随意(ずいい)契約となり、そのための口実が、交通安全教育に関する支援らしかった。


「最近のお巡りさんは交通安全教育にも、またずいぶん力を入れるものですなあ。私の子供の頃なんて、それはもう形式だけのおざなりで。やはり今の首相になってから、いろいろ人事を刷新した影響もあるのでしょうか。本日は検収(けんしゅう)で?」

 嬉々として語る担当者を前に、木村氏も自分が興行主になった気分で、心持ち、目を白黒。

「あ、はい、そうです。それと―――」


 そのとき―――やはりこの場にいた皆が感じたのだろう、何かがさっと身体の中を通り抜けてゆく感覚がした。

 ついで、倉庫の内部に銀色の光が灯る。その光は淡く広がり、すぐさま倉庫の隅々にまで満ちていた。

 配電盤がショートでも起こしたのか、中でパンっと乾いた音を立てたのち、金属の焼けるような臭いがあたりを漂う。皆が呆然として倉庫を見つめる中、まっさきに我に返った木村氏は、俺たちに距離をとるよう申し付けると、自分だけは倉庫の中へと駆け込んでいった。

「うわぁ、大丈夫かなあ」

 心配する飛鳥の声に、業者の人たちもはっとして、慌てて木村氏の後を追う。

 倉庫の内部を満たす銀光はいよいよ濃くなり、それと同時に、ぶわっとあふれ出てきた強い熱風になぶられ、後から来た大人たちは前へ進めず、転びそうになって地に伏せた。フェンスわきの幟旗もばたばたと、今や千切れんばかりの有様である。


 しばらく我慢していると、得体のしれない光はようやく薄れてくる。

「キミたち、大丈夫ですかあ?」

 風がだいぶ納まりかけている中、未成年の俺たちを心配して、業者の人たちが声をかけてきた。

 あの奇妙な光のせいで、まだ軽い眩暈(めまい)は続いていたが、その俺の代わりに飛鳥が返事をする。従者(ズサ)ともなると普通の人間よりもかなりタフになるらしく、あの程度のことなど、負担にもならないようだ。

「なんでおまえだけ、そんな丈夫なんだよ」

 だからつい、そんな愚痴も(こぼ)れてしまう。

「よく分からないけど、これも役得ってやつじゃないのかな?」

 飛鳥はおどけて言った。

 そして風もやんで落ち着いた頃に、足元から、奇妙な地響きが伝わってくる。ついで、独特な機械音まで聞こえてきた。


「おほおっ!」と、木村氏が悲鳴のような声をあげて、倉庫から文字通り転がり出てくる。

 その彼が、入り口でへたり込む業者さんたちと合流し、口をあんぐりとさせて見上げるその先に―――照明の落とされた倉庫の暗がりから、なんと巨大なロボットが自力でのっそり現れ出るのだ。


 そのロボ、正面から見せられた頭部はヒトのそれに模したゴーグルタイプで、両脇に飾りのようなアンテナが立っていた。胴体の方も人型に近くしなやかな造りで、各関節は布状のカバーで覆われており、内部の複雑な機構を保護している。

 それよりもなによりも、パトカーを強く意識した白と黒のモノトーンで、筐体が美しく塗装されているのが斬新であった。


「う、動いてる!」

 驚嘆する業者さんたちの前で、(かが)めた姿勢から這い出てきたロボットは、全身を倉庫から現すと、いちど頭部をまわして周囲を確認したのち、ゆっくり膝を伸ばして立ち上がった。


「へえ、立ち上がると、いっそう見栄えがするもンだなあ」

「ねえ久場くん、見晴らしはどうだい?」


 空にそびえる黒鉄(くろがね)の巨体は、心持ち首を少し下げて、右腕を胸の位置にまで引き上げると、もの珍しそうに騒ぐ俺たちへ向け、指で器用にオーケーサインを作ってみせた。

 そのまま(ロボ)は足元にいる大人たちに神経を配りつつ、まるで生き物のように滑らかな足運びですこし移動すると、そこを居場所と定めて格好良く屹立(きつりつ)するのである。


『あのう、業者さん、トレーラーはどこでしょうか? いつでも移動させやすいように、もうこのまま載せてしまおうと思うんですけど』


 天から久場の太い声が響いてきた。

 この荒唐無稽な現実をまえに、管理組合の人も思考力を奪われたような顔つきになって、指先を一本、うつろに宙へ差し向ける。

「あっちの、この倉庫の裏に、まだシートを被せたままなんだけど…」

『わかりました。それも僕がやっておきます。けっこう器用そうなんですよ、このマニュピレーター』

 そして大人たちは、滴り落ちる汗を拭う気力もないままに、裏手へのしのし踏み歩いてゆく巨大ロボを、茫然と見送るのであった。


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